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大冒険者時代 11

忍野ダンジョンの払い下げがニュースで騒がれるようになる頃には、奥多摩はすっかり真冬だ。

忍野にはひとまずマニー達を派遣。

毎日がんばって冒険者資格の講習と試験を行ってくれている。


雪の降るなかを、奥多摩に前田円丈和尚が訪れていた。

「お久しぶりです」

俺の顔を見つけてそう微笑んだ和尚に俺は不安を感じた。

和尚に最初にあったのは冒険者協会設立の説明会だった。

あの頃の和尚さんは、小太りだけど品のいい、本当に姿のいいお坊さんだと思った。

それがほんの一年足らずで、まるで骨と皮のように痩せてしまった。

うちのオヤジより確か五つ六つ若いはずなのに。


「ヤマギシさんで、土肥のダンジョンを買い上げていただきたいのです」

和尚は真っ青な表情でそう言いに来た。

「……ウチは忍野を買ったばかりなんですが?」

オヤジがいきなりの話に顔を曇らせる。

第一、オヤジは未だに忍野を買ったのが正しかったのか疑問視してるからな。

兄貴も忍野の責任を1人でかぶる形になって、ほぼあっちに行ったきりだ。

そのため、シャーロットさんもここのところは忍野で仕事をこなしている。

「以前、国から買い上げの条件を聞かされました。とても檀家の納得を得られる金額ではありません。ヤマギシさんでしたら、適正な価格でお買い上げくださると思いまして、こうして厚かましくお願いに来た次第でして……」

真っ青な顔に冷や汗を浮かべている和尚さんの身体が心配だ。

オヤジも顔を引きつらせているが、その困惑は、俺と同じで和尚さんの心配のためのようだ。

「和尚さん。ウチはね、今のダンジョンのところに元々店があったんですよ」

オヤジがいきなり話を変えた。

和尚さんもきょとんとそれを聞いている。

「うちのオヤジが死んだあと、俺が脱サラして、コンビニに変えたんです。それまではまあ、地元相手の小さな酒店だったんです。ちょっとだけど雑貨も置いたりした、よくある感じのね」

ああ、時折いまでも思い出す。

ウチの前の青梅街道をダンプが走ると、風圧と振動でガラス戸がミシミシ揺れたっけ。

「俺の代でコンビニに変わって、まあこんな田舎ですけど、家族や親戚にも支えられてね、今日までやってこれました。もちろん、地元の地縁血縁もあるし、本当に地元の人たちにお世話になってね」

「……はい」

和尚さんは、オヤジのこの話の振りは良くないと察したようだ。

「だから、ウチがこのダンジョン管理することになって、まあやっぱりこう言うモンですからね。必ずしも安全とは言いがたいからと。古い街ですから、周りはみんな上をさかのぼればご縁がある。それで、ウチが土地を譲ってもらって、替わりの土地に越してもらったりで、気づけばこんな企業城下町みたいな格好になってますけど、それでもなんとかやってるわけです」

オヤジは一息、お茶を飲んでまた続ける。

「忍野はね。俺は反対したんです。でも、せがれがね、ああ、コイツじゃなくて長男のほうが。忍野なら何とかなるっていうんですよ。

土地の収用も国が引き受けてくれてますし、大本の部分は国有でしたしね。何しろ原野と山林です。しかも整地さえすればすぐ開発できるし、地元の理解も元々ある。

自衛隊の街ですしね。その自衛隊が管理していたわけですし」

「なるほど」

「ウチに取ってね。西伊豆はまあよその土地です。例えば、和尚さんのお寺さんを譲ってもらって、はい終わりってわけにはいかないんですよ。

ダンジョンを維持するために、大規模な投資をして、マンションやらオフィスビルやら、宿屋やら、まあいろいろ建てる必要があります。

当然、近隣の田畑や民家や土地も買い上げる必要がある。

何ヶ月も、場合によっちゃ何年も掛けて工事が続くし、国や県と相談して、道路を拡張したりもしなきゃなんない。土肥の人たちは、協力してくれますかね?」

「……」

「まあ、そんなわけで……」

オヤジが言いかけたところで、和尚さんは倒れてしまった。

「まずい! おい、病院から人を呼んでくれ!」

オヤジの言葉に俺は慌てて社長室を飛び出し、病院から人を呼んだ。


「倒れたのは過労ですね……一応全身検査しました。胃に大きな腫瘍が見つかっています。ご本人の許可が得られ次第、施術します」

外科の田辺先生という<リザレクション>持ちの先生が、和尚さんを診察してくれた。

「なんか、気の毒だな」

オヤジは、検査中に安定させるため麻酔を打たれて眠る和尚をみてつぶやいた。

「ウチには、お前達がいた。お前達はたいしたもんだ。やっかいごとを一つ一つつぶして、人を動かし、金を生んで、モノを作った」

オヤジは、和尚から俺に視線を移して続けた。

「もっとも、やっかいごとは俺にばっかり押しつけてるけどな。おかげで俺はダンジョンに潜れねえ」

「わりい、オヤジ」

「分かってたけどな……お前、西伊豆を買えっていうんだろ? その面みりゃ分かるよ」


和尚さんは、目覚めたあと治療同意書にサインした。

<リザレクション>で身体は回復した。

「おはようございます」

翌日、治療の効果判定の再検査の前に、俺は和尚さんを見舞った。

「調子はどうですか?」

「……恭二さん。今回はいろいろご迷惑をおかけしました」

和尚さんは、ベッドに正座すると俺に頭を下げた。

「迷惑だなんて。俺こそ、今までなんのお力になれなくてすいませんでした」

「とんでもない。お若いあなたにどれほど助けられたか……お恥ずかしい限りです」

和尚さんはうなだれて頭を下げる。

「和尚さん、元気を出してください。これから大変ですよ?

あなたには、がんばってウチと地元の檀家さんの間で調整していただかないとなりません。

お寺の移設も大工事になりますしね。早く候補地を選んでいただきませんと」

「! それでは?」

「ええ。ウチで引き取りますよ」

和尚さんは翌日、見違えるように元気になって帰って行った。


「今までの檀家総代は、例の身内の冒険者達が全く寺に金を入れず、魔石の売り上げを私物化していたことがバレて失脚したようだ。

本山との話もまとまったそうだから、寺の移設もうまくいきそうだな」

和尚からの報告を読んで、オヤジはほっと一安心、といった顔をした。


将来の巨大な利権を前に、本山では一部の層で、金づるを手放すことに強硬な勢力があった、と後に和尚さんが語ってくれた。

結局、ウチがこれまで投下したダンジョン維持のための資本。そして必要となる人材の質と量。

それを、宗教法人が維持できるのか?

という問いで彼らは沈黙したらしい。

「私がいくら、宗教家が殺生に関わる禁忌を説いても彼らは動じませんでした」

同じ僧籍にある人間として恥ずかしい。和尚さんはこぼしていたそうだ。

和尚さんは今でも、自身が無力だったために2人の命を失わせたことを悔やんでいる。

生きて帰った3人の人生も、破壊してしまった。とも。

あんな奴らの事まで気にすることは無いのにな。




兄貴とシャーロットさんは忍野、俺と沙織、ケイティは西伊豆の管理と運営に別れ、12月まで本当に細々とした事務仕事に追われた。

事務仕事といっても、会社の契約関係はちゃんと専門部署の各担当の人たちが出張してきてくれる。俺たちがするのは、たとえば県警の偉い人に会って、奥多摩のように機動隊員によるダンジョンの監視とかを行いますか? とか聞いたり、行うならウチのほうで施設用意しましょうか? などといったなんというか、根回しっぽいヤツだ。

正直これだって、会社から人を呼んでやったほうが良さそうなものではあるけど、要するに顔を知ってもらっとくのが大事なんだそうだ。つなぎ、ってやつだな。

もうこの頃には俺たちも、CMに出たり雑誌で特集されたりしてるんで、それなりにえらい人たちに会いに行くと喜ばれたりすることもあるんで、まあいいかとは思うけど。

やっぱり、ダンジョンに潜れなくなるのは不満が残る。

ただ、兄貴たちも俺たちも、結局わがままを通させてもらって忍野と西伊豆のダンジョンを手に入れた経緯があるんで、しばらくの辛抱だ。

今年も、クリスマス休暇にはヴァージン諸島で、世界冒険者協会のパーティやらがあるからな。


この年のクリスマス休暇は、シャーロットさんのご両親を招いた。兄貴とシャーロットさんが婚約を決めたからだ。

うちのオヤジもずいぶん緊張してお二人に挨拶していた。


世界冒険者協会では、日本の先進性が話題になっている。

各国、環境作りに追われてなかなか思うように進まないでいるが、それでも確かに「冒険者の時代」は確実に、そして足早に近づいてきている。

来年は、冒険者協会のメンバー達も数多くの人が「奥多摩に視察に行きたい」と口々にいってくれた。




冬場は、10層までの冒険者教官の育成、20層まで安定して任せられる冒険者の育成などに力を注いだ。

それに、忍野と西伊豆の各ダンジョンを維持するために、事務実務あわせて500人ずつの雇用、そして育成が急ピッチで進められた。

浸食の口(ゲート)の上部には、どちらも奥多摩ダンジョンで培ったノウハウ、つまりゲート自体を鉄筋鉄骨造りの施設で覆い、更に上階に冒険者のための設備――宿泊施設や食堂、浴場などを用意する――が計画された。

ダンジョン棟と公道の間に機動隊の派出施設。

周辺に従業員達の社宅、それにコンビニやショッピングモールなどの複合施設。

これらも、奥多摩ですでにノウハウがあるため、ゼネコンなども設計は早かった。

忍野や西伊豆の個人商店主なども積極的に奥多摩の視察に招いた。

そんなことをしているウチに3月になり、兄貴たちは結婚した。

結婚式が終わると二人はハネムーンに出かけた。


4月。

兄貴たちは俺たちを呼んで

「俺とチャーリーは冒険者を引退する」

と言い出した。


「会社が巨大化している現状、もうオヤジ達だけじゃ全くマンパワーが足りないんだ」

兄貴はそう言って理由を説明した。

それは確かにそうだろう。

でも、俺はおぼろげながらも、兄貴がこの頃ダンジョンに抱くようになった新しい感情に気づいてる。

怖れだ。

西伊豆の連中があんな結末になったこと。

それに、30層以下で俺たちが味わった危機。

そうしたことが、兄貴の足をダンジョンから遠ざけている。

俺はそれにうっすら気づきながら、ダンジョンより個別の仕事に精を出し、シャーロットさんとの結婚を急いだ兄貴につきあって、慣れもしない会社のほうの仕事を手伝った。

正直、俺なんかは店の前ではしゃいでる食い倒れ人形みたいなデコレーションだ。そんなことは自覚してる。

本当の実務は、沙織んちのおじさんのようなプロがやる。


俺がもし、人様に誇れるモノがあるとするなら、それは唯一、ダンジョンの中にしかない。

ここで兄貴と道が分かれる。寂しくないはずがない。

シャーロットさんと一緒に出て行った沙織やケイティは、にぎやかに、楽しそうに話していた。

兄貴は俺の気分を察したのか、二人っきりで残った。

「……なんだよ?」

俺の声は、隠していたのに不機嫌そうな響きを持ってしまった。

「わりいな。恭二」

兄貴は、なにも、一切説明する気は無いらしい。たった一言そういった。


考えてみたら、俺が冒険者としてスタートを切ったあと、俺の横には常に兄貴と沙織がいた。

兄貴がここで俺たちの旅から外れるのは、身が切られるほどに辛い。

でも。

「兄貴はこれから、新しい冒険が始まるんだな?」

そう言うしか無いじゃないか。

「俺たちの背中を、守ってくれるんだな?」

こらえきれず、声が震えてしまう。寂しい。

「ああ、任せとけ」

兄貴はそう言って、俺の頭を乱暴にぐりぐりかき回した。

「オヤジと二人で、お前の背中を守ってやる。だからお前は、先に行っていいんだ」

そう言って、ふっと笑って兄貴はもう一言残して俺を部屋に置いて出て行った。

「俺にはお前がまぶしすぎるよ、恭二」


兄貴とシャーロットさんのあとを、ドナッティさん、ベンさん、岩田さんが埋めてくれることになった。

坂口さん――岩田さんの嫁さんになったから今後は美佐さんって呼ばないとな。

美佐さんは、奥多摩で<リザレクション>の習得を目指し、その後は医療チームの訓練を指導する。

ただ、シャーロットさんと同じく、早めに子供が欲しいと考えてるようだ。


こうして、4月から俺たちは新しい編成に変わる。

俺、沙織、ケイティに、ドナッティさん、ベンさん、岩田さん。

チームの連携を完璧に仕上げるために、しばらくは低層から腕ならしをしなくっちゃな。



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