大冒険者時代 9
9月。
山岸記念病院が開院した。
世界初の魔法治療病院ということもあって注目も高く、開院式にはなんと、皇太子殿下からもお言葉を賜ったり、総理や官房長、厚生労働大臣、都知事なども参列してくれた。
俺たちも全員式典には参加したけど、挨拶は兄貴に任せた。
式典のため、アメリカからもブラス家のシニア、ジュニアとその奥さん達が来日した。
もっともこちらは、奥多摩の視察が本当の目的らしいけどな。
この病院には、もちろん患者の命を救い、治療するという大目的があるけれど、あわせて、魔法による医療の臨床研究とか、メカニズムの解明とか、後進の育成とか、いろんな役割が期待されている。
緊急搬送用のヘリポートが四つもあるのも特徴だ。
場合によっては、日本全国からヘリで緊急搬送されてくるらしい。
とにかく、期待と注目を浴びながら、病院のほうは順調な船出を迎えることが出来たのだった。
そして。
沙織んちのおばさんは、その開院したての病院で元気な男の子を産んだ。
沙織はもう大はしゃぎで、毎日病室で弟の顔を眺めてはとろけているらしい。
母子共に健康で、おじさんは俺の名前を一字取って「恭太」と名付けた。
おばさんはあと3年くらいはのんびり育児に専念するそうだ。
退院後は、計画通り三人で複合施設棟の社宅に移るそうだ。
『来月にはこちらの病院も完成する。開院式には参加してもらいたい』
シニアが俺たちを招待する。
わざわざ日本まで来てもらったのだ、もちろん俺たちは是非お伺いします、と応じた。
出来ればブラス家を観光などの接待したかったんだが、彼らは奥多摩のヤマギシの施設を一通り視察すると、3日ほどで帰国していった。
やっぱり、忙しいんだなあ。
オヤジ達は、病院関連で新しく発生した課題に取り組んでいる。
一つは、臨床研修医制度。
昔で言うところのインターンという制度にあたる。
これがウチの病院ではややこしい。
本来、臨床研修医というのは、国家試験に合格してから一本立ちして実務に携わるまでの期間に修行するという制度だ。
だから、そうした人材はウチの病院にはふさわしくない、という話になってくる。
なぜかというと、既存の医学で治療する訓練を受ける機会が少ないと思われるからだ。
ウチは、基本的に日本全国から重篤な患者さんを紹介によって転院させ、魔法で治療する事が求められている。
だから、ウチで引き受ける研修医は、皆すでに第一線で活躍する医師で、新たに魔法による診療を習得したいドクターに限定される。
ただ、今までなかった分野だから、研修期間をどうするのか? 研修医の報酬はどうなるのか? などといった、法整備が間に合っていない部分で課題が発生してしまっているのだ。
ほかにも、何人引き受けるのか? その間の住居は?
などなど。
まあそんなわけでオヤジ達は、本業とあわせて忙殺されている。
結局のところ、またどこかに寮やマンションを建てる必要があるんだろう。
医師だけではない。
看護師側でも、ウチに医療補助として入って看護学校に通い、国家試験を目指す若手のほかに、すでに看護免許を持った人材の魔法医療への修行が望まれたりしている。
それに、水面下ではウチが開業までに育成した全ての人材についてヘッドハンティングが始まってるらしい。
ウチとしてもきれい事は言っていられない。
ある一定の期間。例えば職種に応じて3年とか5年とか。
その期間を待たずに引き抜きに応じた場合、彼らには、ダンジョンで研修した期間の経費や学費を返済してもらうことにした。
別にこれはお金が欲しくてのことではないらしいが、ただまあ、そうした縛りを入れたところで、本気で引き抜きにかかる病院だったら、その分も込みで支払ってくるんだろうなあ。
まあそんなわけで、いずれ、ウチに看護学校なんかを作って欲しい、なんて話が大臣からあったりもしてるようだ。
学校と言えば。
冒険者専門学校が欲しいと、これは各省庁から来てるらしいんだが。
文科省、厚労省、総務省。防衛省に警察庁。
どこがイニシアティブを取るか結構激しい綱引きが続いてるらしい。
決まってから来てくれると、嬉しいかなあ?
「これって結構難しい話なんだぜ」
兄貴は、冒険者学校設立要旨と書かれた書類を各省庁分丁寧に目を通し、いった。
「例えばだ。親元を離れて、ワンルームに暮らしながら冒険者を夢見る生徒がだ。7層くらいでオークの剣に切られて死んだら、どうなると思う?」
「裁判?」
俺が答えると、兄貴は首を横に振った。
「まあ、子供を亡くした親の気持ちとしてその辺は分かる。でも問題は、冒険者に対する風当たりや世論が変わる可能性がある、って事だ」
なるほどな。
オヤジが口を挟む。
「だからこそだが、ウチがやらざるを得ないかも知れんなあ」
それを嫌そうに兄貴が同意する。
「もしどっか未熟な連中が学校作って惨事でも起こされたら、とばっちりはこっちにも来るからな」
「そういうの防ぐ方法って、あんの?」
俺が聞くと、二人は苦笑して
「ない」
「ないな」
というのだった。
「まあだから結局は、俺たちはガードを固めていくしかないんだな。たとえば、冒険者協会なんかできっちり安全講習を受けた人材だけに教育資格を与えるとかな」
兄貴の言葉にオヤジも付け加える。
「自動車学校を出て、トラック安全協会で講習をしたって、輸送中の人身事故はゼロにはならんだろ? リスクのある仕事に従事するっていうのは、そういうことなんだ。だけどまだ世間では、そういうなんつうか? コンセンサスだな。そういうのが出来ていねえんだ」
まあそんな話をオヤジ達から聞かされて、俺も結局、冒険者学校とか設立する場合にはいろいろ関わらなきゃならないんだろうと思った。
9月27日午後。
15:16
久々にマニー達の訓練のために同行していた俺たちが地上に戻ると、俺たちを待っていた秘書課の社員が、急を告げた。
「どういうこと?」
俺たちはマニー達も含め、全員社長室に飛び込んだ。
「1時間ちょっと前に妙蓮寺の和尚さんから電話があった。五人でアタック中2人が行方不明になったそうだ」
オヤジが端的に言う。
「行方不明?」
「一緒に潜ってた連中がそう言っているらしい。実際のところは分からん。ただ、帰ってきた3人のうち1人は血まみれだったらしい」
最悪だな。
嫌な予感しかしねえ。
「和尚さんはウチに、救難捜索を依頼したいといっている。受けるか?」
「もちろん。警察や消防は?」
「入っていない。入れる人材がいないんだろう」
「分かった。オヤジ、病院のほうに人手の援助を頼む。兄貴とシャーロットさんは?」
「接客中だ。明日以降もアポがある。悪いがお前がメインでいって欲しい」
「了解。沙織とケイティ、それにマニー達5人は連れて行く。いい?」
「ああ、それから?」
「ワンフロア12人で120人の捜索隊が欲しい」
「多分無理だ。お前達含め全部で60人で対応してくれ」
「……わかった」
仕方ない。
バスが要る。今日の今日で40人乗りのバスを2台用意できる企業はない。
横田に相談したところ、こうした場合は警察のほうが良いといわれ、官邸に相談する。
結果、あきる野警察と西多摩警察から二台の大型輸送車と呼ばれるバスを派遣してもらえることになった。あわせて先導に二台のパトカーが着いてくれることになった。
大事になってしまったが、やむを得ない。
1時間ほどすると、やけに大きなサイレン音と共に、警察車両がやってきた。
ウチの社員30人、病院からも30人あわせて60人が、二台の輸送車に乗って奥多摩を発ったのは、17時を少し回ったところだった。
現地到着は21時だ。
現地の警察署が、帰ってきた3人に事情聴取をしていた。
救急車で搬送された血まみれは精神の耗弱が激しく、聴取不能と書かれている。
「こっちの2人のヘルメットにはマイクロSDで映像が残ってると思うんですが」
俺は、冒険者登録をしている2名の調書を差して警官に聞いてみた。
「調べます」
若い制服警官が、無線で連絡をし始めた。
「どうしますか?」
俺たちをここに連れてきてくれた、やけに縦線がいっぱい付いた徽章を付けた警官が俺に聞く。
「ひとまず60人はお寺で宿を取らせます。申し訳ありませんが、もしこの時間でも食事が取れるようならなんとかしたいんですが」
「……さすがにこの辺ではその」
この一帯にはファミレスとかはないらしい。仕方ない。
俺は収納から、人数分のカップラーメンを出す。
「お湯はお寺でもらってください。和尚に、急で悪いけど宿をお願いしてください。みんなは明日朝から捜索に出てもらいます。俺たちはとにかく8層を見に行ってきます」
「皆さんだけでですか?」
「ええ、さすがにもう遅いので、今夜は休んでもらいませんと。すいませんが、明日の朝食は手配してもらってください」
俺は、沙織、ケイティ、マニーら5人を呼んで
「いける?」
と聞いた。
特に心配なのは沙織だ。顔色が悪い。
だけど沙織は、「うん、いく」とうなずいた。
正直俺もあまりいきたくはない。でも、これからもこの稼業を続けるなら、俺たちは乗り越えないとならないんだ。
「分かった、いこう」
全員の顔を見ると、行く意思があるようなので、俺は8人で、ダンジョン入り口に向かった。
俺達にとってこのダンジョンは20層まで攻略済みだ。
S○NY製のダンジョンマッパーは、この頃ではバージョンアップし、屋外で取ったGPS座標にあわせ、ダンジョンに入ると自動でデータベースを更新してマップを表示してくれるようになった。
俺たちは全て最短距離のルートを取り、対面した敵を瞬殺しながら8層まで急いだ。
逃げた連中から一切有用な情報が得られなかったせいで、俺たちは結局、隅から隅まで8層を探して歩く羽目になった。
だが、8層のボス含め全部の敵を殲滅したが、残念ながら、血痕すら見つける事が出来なかった。
8層には、モンスターの気配もなくなってしまった。
俺たちはやむなくこの日の捜索を終了して、宿にさせてもらった寺に戻った。




