大冒険者時代 2
1月末に、ブラス嬢が
「テキサス、病院ほしいデス」
と言い出した。
ウルフクリークにも、医師の<リザレクション>研修と患者の治療施設が欲しいという事だろう。
俺たちは、ブラス嬢の話を検討し、とりあえずウチの計画の資料をまとめ、俺と沙織がブラス嬢に同行する事にした。
俺たちが留守にする間は、川口医師が医療関係者のダンジョン研修を引き受けてくれるようだ。
彼のサポートに、刀匠の藤島さん達も参加してくれる。
刀匠の中にもそろそろ、10層突破バッジを取得済みの人たちが増えてきたからな。
「鍛冶場にこもりっきりだとみんな、煮詰まっちゃいますんで」
良いストレス解消になるんですよ、と快く引き受けてくれた。
テキサスのブラス家で、俺たちはブラス嬢のプレゼンのサポートをした。
たとえ身内といえど、ブラス嬢の提案をほいほいと聞かない姿勢はすごいと思った。
まあ、だからこそ、何代にもわたって富を維持できているんだろうな。
『アメリカの医師免許は、世界中どこの医者でも取れるのです』
通訳嬢が話を要約してくれた。
聞けば、アメリカの医師免許はUSMLEという制度になっていて、このテストはなんと世界中の都市で恒常的に行われているのだそうだ。
英語力の検定にTOEFLってのがあるが、あれの医師免許版ってイメージらしい。
アメリカ人はシステムを作るのが本当にうまいな。
要するにUSMLEの点数に応じて、もしアメリカで医師資格が欲しいと思ったら引受先の病院が現れる。こうして、アメリカでは優れた医者が全世界から集まるというわけだ。
日本ではそうはいかない。
まず日本語が試される。まあこれはある意味当然だ。
日本人の病気を診るんだから。
ただ、USMLEと日本の制度が違うのは、日本の制度が
「すでに母国で医師免許を取得し、勤続実績がある事」
という条件の下で行われるのに対し、
『アメリカが水準以上と認めた各国の医大在学生にも受験資格がある』
という事だろう。
こうして、先進医療は世界でアメリカが一人勝ちしている側面は、間違いなくあるんだろうな。
「<リザレクション>を使った医療と、その医療を広めるためのメディカルセンターは必ず必要になる」
というブラス嬢の説明は受け入れられ、ウルフクリークにも巨大な病院群が作られる事になった。
完成の暁には、ウチの病院と強固な業務提携を約束してもらえた。
言葉の問題で日本で働けない人材は、みんなこっちに取られてしまいそうだけどな。
まあその辺は、俺たちにどうこうできるレベルの話じゃない。
往復4日ほどで日本にとんぼ返りし、その後は引き続き、医療関係者のダンジョン研修を継続。
オヤジ達が大量に中途入社の人材を募集し、雇用した事もあって、ヤマギシの社員達にも、希望者にはダンジョン研修に参加させている。
コンビニの店長を引き受けてくれた鈴木さんとかもダンジョン10層突破証をゲットしていた。
彼女は明らかにアンチエイジング狙いだったと思うけどな。
鈴木さんは息子さんも高校生になってウチでバイトしてくれている。
彼も卒業後はウチに就職を希望してくれているので、夏休みにはダンジョン研修を提供するみたいだ。
旦那さんも中途採用の説明会に来ていた。ちょっとヤバいほど人材不足にあえぐヤマギシに来てくれると良いなあ。
まあそんな感じで、俺たちは3月末まで、ダンジョン研修に力を注いだ。
優秀な人は我が冒険者部に来て欲しいな。ちなみに、冒険者部は俺と沙織が部長だ。
クラブ活動じゃなくて、れっきとした会社の事業部なんだぞ?
4月。
新入学の時期に合わせて真新しい校舎を使ってもらおうと急ピッチでがんばってもらったが小学校は間に合わず、完成次第引っ越ししてもらう事になった。
ウチにも新卒の新入社員の人が結構入った。
また、新しく法務部、人事部、製造部、資材管理部、不動産管理部などが新設・再編された。
駅前の商業施設は来週オープンだ。
地元をずっと支えてた個人スーパーのご主人が入ってくれたんで、ウチとしても地元ともめる事がなくてほっとしている。
なんでも、あまりに急激に人口が増えているウチの周辺で、オーナーさんとしても店が手狭になりすぎて頭を抱えていたらしい。
旧店舗の土地はウチが買い取り、替わりに新ビルの地権を応分に渡す事で、オーナーさん一家がいつまでも心配なく商売できるような契約になってるんだそうだ。
この施設には、同じように、歯医者さんや整骨院さんといった、再開発で土地を開けてくれた地元の人たちがテナントとして入っているが、みんな店舗や医院の地権をちゃんと持ってる。
そういえば、二階には100円ショップも入った。
便利になってありがたい事だ。
上層にはマンションが出来て、ウチやここで働く人たちの住まいになっている。
ちなみに、ここにはウチの子会社として作られた日本語学校と英会話学校が入っている。
日本語学校にはブラス嬢や、新しくウチに入社した元・米軍タスクチームの五人、そして三人の外国人医師がまず通う。
さすがに一年も英語を話す人たちと一緒にいると何となく俺にも英語は聞き取れるようになって来ているが、俺は英語を習いには行かない。
本来その暇があったら一秒でも長くダンジョンに潜りたいんだが、今はなかなか、攻略のためにダンジョンに入るだけのゆとりがないんだよな。
沙織は夜の部で英語を勉強するみたいだ。
あいつは覚えが良いんで、あっという間にぺらぺらしゃべるようになるかもな。
マニー・ジャクソンは例の、米軍リタイア組ではリーダー格の黒人だ。
本人曰く、
『あと5センチでかかったら、NBLかNFLにいってた』
というほどの巨体だ。197センチの巨体に100キロを越す体重があるらしい。
海兵隊出身で、顔は凶悪そうだが人柄の優しい男だ。
カルロス・サントスはプエルトリコ出身で陸軍組。
ヒスパニック系でスペイン語と英語が使える。
ほかに、デトロイト出身の黒人・ウォーカー、唯一の白人であるオライリー、マイアミ出身のロペスの五人は、ウチに就職後、特注の冒険服が出来るまで、主に社内で研修をしてもらっていた。
一週間でミ○ノは彼らの特注服を作ってくれた。
カラーはもちろん、ウチのチームカラーであるブルーだ。
ユニフォームが完成すると、シャーロットさんが付き添いで彼らだけで10層までクリアしてもらう。
俺と沙織はその間、いよいよぼちぼち退職してこっちに引っ越してくる人の増えた医療関係の職員の研修だ。
ほとんどの人が退職前に全ての有給休暇と公休を織り交ぜて、こっちに引っ越して生活の準備を整え、開いた時間で修行をする。
川口先生と砂川教授、元・教授か。
二人はマンツーマンで<リザレクション>の訓練をやっている。
1月以降、2人のドクターが<リザレクション>をマスターしている。一人は女医さんだ。
外人組のドクター三人も混じって、「あと五人はマスター者が欲しい」とお医者さんたちをしごいている。
ちなみに、新しく<リザレクション>のバッジと医療関係者を示す白いハトのバッジが作られた。
最初は赤十字章を計画していたけど、日本赤十字社と全く折り合いが付かずにやめた。
面倒くさくなったのだ。
ほんの数日で米軍リタイア組が10層をクリアしたので、今度は俺たちとブラス嬢のフルメンバーで彼らと一緒に30層を目指す。
11-15のゴーレム層では、彼らにRPG-7を習熟してもらうために殲滅戦を行った。
そして16層以下では、アンデッド相手にしっかりと魔法と状態異常対策を学んでもらう。
そして、30層までの魔獣マップを駆け足で体験させる。
ドロップ品にうまみがない上に人間の数倍の瞬発力を持つこのエリアは、ウチらにとってはほとんど興味を感じさせないのだ。
30層をクリアすると全員で地上に戻る。
これで彼らは30のバッジまで付けられる。
世界中でもおそらく、俺たち5人と彼らのあわせて10人しかまだ付けていないバッジだ。
ちなみに、バッジは公式には魔鉄やエレクトラムで作られているけど、地下に潜る戦闘服でもある冒険服には、略装である布製のものが縫い付けられる。転んだときにけがをしたらつまらないからな。
ミ○ノが悪のりして作ってくれたオリンピック代表選手のような公式ブレザーには、正式なバッジを付けるようにしてる。
そういえばこの冒険者服。
ウチのも含めて各国レプリカが発売されていて、なんとよく売れてるらしい。
本物と区別が付けられるよう、左胸にポケットが付いてなかったり、本物にはない金糸の縁取りがされてたりする。
あとは左袖の国旗などまでかなり丁寧に作り込まれてるそうだ。
広報部のジョンさんたち、初期にCCNからうちに来てくれた三人が、ウチをやめて帰国する事になった。
彼らは本国でエミー賞を受賞したりして、国に帰っても結構良い待遇で迎えられる事になったらしい。
彼らの力とがんばりで、冒険者やダンジョンに対する世界の印象が良くなった事を思うと、本当に感謝に堪えないな。
お別れ会代わりに彼ら三人に10層までの攻略を体験してもらった。
一番つきあいの長いシャーロットさんは寂しそうだったけど
「彼らはとても出世するんですよ?」
といって笑っていた。
なんでも、四大ネットの1社の本社勤務として迎えられるそうだ。
それに……みんな国に家族――両親や奥さんや子供達がいるらしい。
それを思うと、彼らアメリカ人の国を超えたフロンティアスピリット的な精神はすごいなあ、と思う。
そういえば、今回うちに来た五人の元・米兵のみんなは、3人が奥さんと子供達を連れてきている。
残り2人はまだ独身だ。
彼らの子達は、近所の保育所や小学校に通うんだそうだ。
子供達はあっという間に言葉を覚えるって言うし、こっちの学校でも友達が一杯出来ると良いな。
まあベッドタウンみたいにいっぱいはないけど。




