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間章――ブラス家とのクリスマス休暇

ヤマギシにとって10月から12月にかけては完全に、沙織んちのおばさんのターンだった。

ファッション雑誌やら女性週刊誌やらワイドショウやらに始まり、男性週刊誌では主に男性の毛髪がらみで取り上げられ、テレビのバラエティや情報番組に引っ張りだこになっていた。

当然そうなると会社の業務は難しくなるので、やむなくヤマギシでは変わりの人材を探したものの、そう簡単に見つかるものでもない。

そうこうするうちに意外なところから有能な人材を譲り受ける事が出来た。

テキサスに行ったときに俺たちとブラス嬢の間で通訳を務めてくれた彼女である。

ブラスコの秘書部の人材で、ハーバードのMBAを持っているそうだ。

ブラスコに比べればなにも整っていない状況のヤマギシに来てくれるという事なので、俺たちはありがたく受け入れる事にしたのだった。

クローディア・キシモトという名前だが、彼女も父方が日系だけどもうほとんど日本人に見えない。4代前の祖父だけが日本人だって状態だと、まあそうなんだろうな。


それはさておき。

おばさんのメディアへの露出は、俺たちへの世間の風当たり……というか、「冒険者などはよく分からん連中」とか「魔法なんぞ使う薄気味悪い連中」とかまあいろんなマイナスイメージを払拭してくれる効果があった。それも国際的規模で。

総務部長から広報部長に転任して、マネージャーを着けたり都心のホテルを借りて活動の拠点にしてもらったりといろいろがんばってもらったけど。

「休職します」

ある日突然おばさんは奥多摩に帰ってきて宣言したのだった。


別に悪い話ではなかった。

「出来ちゃったの」

というわけで

「えー、もう恥ずかしいよ」

と沙織はおかんむりであるが、本当に怒ってるわけでもないのは

「弟かなー? 弟がいいなー。でも妹も捨てがたいなー」

などと浮かれてるのをみればバレバレだ。


もちろん、高齢出産になるので、ウチとしてもかなり慎重に身体をチェックしてもらったのだが。

やはりと言うべきか。おばさんの肉体年齢は、母子共に問題ないレベルだったし、健康状態もお医者さんが驚くほどに優良で、一同を安心させてくれたのだった。

恐るべし、アンチエイジング。


さて。

世はまさに世界総ダンジョン時代の幕開け的状況なのであるけど、かといって、うかつに解放でもして一般市民に死傷者でも出せば一転、世界中の「世間」が敵に回りかねない状況だから、俺たちとしては容易に解放なぞ出来ないのであった。

まずは、初心者を保護しつつ育成できる教師役の冒険者が必要なわけで、結局のところ、これまで通り地道に人材育成するしかないのであった。


そうこうするうち、今年もまたクリスマスが近づいてきた。




「今年も、ヴァージンアイランズでバカンス、オーケー?」

ブラス嬢がすばらしい笑顔で言うのだった。

「行ってらっしゃい。私は飛行機乗りたくないから、こっちに残るわ」

「じ……じゃあ私も」

「あら? あなたはいっても良いのよ?」

「嫌だなあ。身重の妻を残して海外にバカンスなんて行けるわけないじゃないか」

「うふふ」

などと朝っぱらから沙織の両親が暑苦しいが、それはともかく、留守中の会社を任せられるようなので、俺たちはお言葉に甘えて、クリスマス直前に出かける事にした。


テキサスの眉毛一家は、今年は全員そろっていた。

新しい通訳が来てくれていたので、ほっと一安心だ。

ウチにはシャーロットさんがいるけれど、彼女を通訳扱いするわけにはいかないからな。

なんたって、大事なメンバーの1人だし、基本お馬鹿なウチのチームで、唯一の常識人で知識人なんだから。


『今年も歓迎します』

ダニエルシニアの両手を広げての歓迎に

「今年もお世話になりに来ました」

オヤジが、近頃ずいぶんさまになり出した笑顔で握手しに行く。

その後、俺たち1人1人が握手を交わし、礼を述べる。


『シモハラ夫人の記事を拝見しました』

じじいは切り出した。

『我々のダンジョンにも、民間各所からダンジョンにチャレンジしたいという申し出があります。受け入れ態勢もまだ整わない状態であり、大変に苦慮しているところです』

「ウチも一緒ですよ。ご存じのように、米軍でさえ7層で12人死亡、9名が負傷、無事だったのはたった9名という損耗を出しています。三ヶ月の再訓練を経て投入された部隊が、です」

兄貴がオヤジに代わって答える。

「俺たちは、その後の自衛隊と米軍の依頼による魔法技術の教育、世界冒険者協会による指導者育成の際にも、最優先で『死なない技術』を教えています」

でも、そうした過程を踏まない者達が安易にダンジョンに踏み込んだらどうなるのか?

兄貴は懸念をじじいに話す。

「ですから、ウチの奥多摩ダンジョンは一般公開はしないでしょう。現在考えてるのは、冒険者協会に入会後、段階を追って技術指導を行い、資格を発給する、位しかありませんね」

要するに結局、今までと同じ、という事だ。


『なるほど。その辺はブラスコ社としても全米冒険者協会と協力して、早期に整備したいところです』

じじいは重々しくうなずいた。


『ところで』

じじいは、俺たちを一回り眺め渡すと、その重々しい口調を崩さずにこう言ったのだ。

『ミセス・シモハラのアンチエイジングには我々も興味がある。ここは、私と息子が被験者として、あなたたちチーム・ヤマギシにダンジョンでの育成を御指南いただこうと考えているが、お力をお借りできるでしょうか?』

……断れないんだろうなあ、これ。




クリスマスパーティを米領ヴァージン諸島セント・トーマスのリッツ・カールトンで済ませると、休暇中だというのに、俺たちとブラス家の大黒柱である2人のあわせて6人は、プライベートジェットでテキサスに向かう。

ブラス嬢は、お抱え医師がメディカルチェックをどうしても行いたいというので、渋々ブラス家の別荘に残る事になった。

18年間、彼女の成長を邪魔し続けてきた様々な病気が消えたので、なんと彼女の身体は成長への活力を取り戻したらしい。

ウチに居候を始めたわずかな期間でも、彼女の身長は徐々に伸び、今では沙織とそう代わらない背丈になっている。

この分ではあと一年もすると、ブラス嬢は妹のジェイほどではないが、女性らしいしっかりとした身体を得られるのかも知れない。

沙織は

「むー、ケイティちゃんが妹からお姉ちゃんになっちゃうよー」

と残念がってる。だから彼女はお前より年上だってば。


空港でジェットからヘリに乗り換え、ウルフクリークへ。

ヘリに乗るときには、じじいとジュニア、通訳さんは冒険者服にヘルメットから槍まで完全武装だった。あんたら準備してたんじゃないか。


ヘリがウルフクリークに到着する。今回は、例のダンジョンの手前が完全に整備されていて、そこにヘリは直接乗り入れた。


「すごいですね、兵舎を創ったんですか?」

『そうです。今後は冒険者用のホテルを計画しています』

ダニエルジュニア、ブラス嬢のお父さんが答えてくれる。

「コンビニを開いたら儲かりそうですね」

俺が言うと

「ヤマギシで経営してみますか?」

などと笑っている。

さすがに手が回らないよ、テキサスでコンビニとか。


俺たちは、もはや何度も繰り返した10層までの教育手順をじじいとジュニアの2人に施した。

事前にたっぷりと魔石を吸収させる。

1層で基本的な魔法の修練。

武器のエンチャント方法。

そして、彼らに魔法を徹底的に使ってもらう事。

やっぱり、魔法は使えば使うほど効率が良くなり、威力も安定するからな。

遠慮なく魔法をぶっ放してもらい、そしてドロップした魔石は全て2人にその場で吸収させる。

経験上、おそらくこれがもっとも効率の良い成長方法だろうと思う。

リザレクションをマスターさせるための医師団へのスパルタの経験で、俺たちが導き出した結論だった。


そして10層。

<ターンアンデッド>を教え込んで、スケルトンやレイスにも彼ら自身で当たってもらう。

『やりました!』

通訳嬢が興奮気味に言ってる。それ、自分自身の感動っぽいけど本当に翻訳?

いないと困るんでしぶしぶダンジョン内に連れてきた通訳嬢だったけど、死なれちゃ困るんで彼女にもついでに魔法教えて魔石を吸収させたんだが、彼女が職務だけで喜んでるわけではないとウチの女性陣は疑っている。

アンチエイジングは、世の女性の永遠のあこがれなのか……。


ボス戦後はテレポートルームで1層へ。

「いかがですか?」

『これは……すごい。近頃はすっかり衰えたと思っていた足腰が、あれほど歩いたのに痛まない』

じじいは感無量のようだった。

俺たちは念のため、じじいとジュニア、通訳さんの3人にリザレクションを施す。

そうして、とんぼ返りでみんなが待つセント・トーマスに引き返すのだった。


早速3人はお抱え医師に連行されてメディカルチェックに入るようだ。

バミューダパンツにアロハシャツ姿のオヤジは、ホテルのプールサイドでカクテルを真っ昼間から飲んでだらけていた。

「よお、お疲れ」

まあいいか。ウチの家族の中で、本当に激務なのはオヤジと沙織んちのおじさんだ。

こんな機会でもないと、のんびりくつろぐ事なんて出来ないだろうからな。


『すばらしい』

じじいがメディカルチェックから帰ってきて俺たちの手を取ってブンブンと振っている。

『黄金の日々が戻ってきたようだ。ダンジョンの効果は絶大だな』

じじいは、ふんぬ、と右腕に力こぶを作って見せた。

……ただでさえ暑苦しいじじいが、パワーアップしてしまったぞ。


『これからも折を見てダンジョンにトライしよう』

とじじいが言うんで

「必ず6人以上で。無理をせず慎重に行ってください」

と俺は忠告する。

『ジョシュもシェイもいる。大丈夫だ』

じじいは俺の肩にぽんと手を置いて言った。

そういやそうだったな。あの2人が研修中に俺たちも合宿免許に行かねばならず、最後まで面倒がみられなかったけど、かなり優秀だったと聞いた。


その後ニューイヤーパーティが終わったところで、俺たちは帰国する事となり、ブラス家との休暇は終わったのだった。




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