間章――カリフォルニアにも雨は降る
山の中で川が南北に流れる場合、川の北側の岸が発展しやすい、らしい。
理由は単純に、川の南側は山の陰になって日当たりが悪いからじゃないかと思う。
昔の人は、やっぱし農業が暮らしの中心だったからな。
ヤマギシが買い取った多摩川を挟んだ南側の斜面は、すでに平らに削り取られ、削り取った土砂で川の手前まで盛り土をして、更にコンクリートで護岸して、その上に工場を建てるという大工事を終えている。
本来、ウチとしては隣接する小学校や公共施設を買い取り、代わりに小学校の新設にかかる費用を一部負担したい考えだったんだけど、とても民間企業が出せるような金額じゃない見積もりが町議会から出てしまったので頓挫した。
んで、代わりに、山を切り崩すという荒技に出たのだった。
瑞穂町にあった三成精密は、設備を全てこの新工場に移し、更に最新の精密加工機器を購入して、従業員や経営者全員で奥多摩に引っ越してくれていた。
そして、藤島さんを筆頭に、今では10人の刀匠、彼らに入門した弟子の人たち3人。
刀研ぎ師3名、鞘や拵えの職人さん2名が、この工場に隣接する工房の主として居を移してくれていた。
彼らは形式上、個人事業主としてウチと契約してもらって、代わりにウチが住居や工房を提供するという形になっている。
冒険者協会が世界的な認知をされたから、一躍彼らが創る長槍や日本刀に世界的な注目が集まる事になった。
三成精密の技術で、長槍の柄――アルミ合金製の軽量で高硬度のものだけど、それを量産できるようになったのは大きい。
金属加工の職人さんと刀匠が、隣同士で作業できるので、生産性がとても向上しているわけだった。
日本刀も、玉鋼の制約から解放され、ダンジョン由来の魔鉄や、現代冶金学のたまものである全ての合金を組み合わせた「魔剣」の製造が認められるようになった。
実際問題、魔剣があれば低層のゴブリンやオークが持っている剣など敵ではなかった。
場合によっては、敵の剣ごと両断し、刃こぼれしないのだ。
なにより、エンチャントの炎をたなびかせて敵を斬る映像はやたら受けが良くて、常に需要に供給が追いつかないほどの大人気になっている。
値段は一振り300万円以上とむちゃくちゃ高いんだけどね。
同じようにエンチャントが乗る「魔槍」でも一振り200万を超える。
こっちも常にオーダーが積もっている。
魔法燃料であるペレットに関しては、テキサスの新工場が鋭意建設中。
だから現状はヤマギシの工場で生産される分が世界の需要をまかなっている状態だ。
ちなみに、燃料ペレットの原料はエレクトラムのインゴットと魔石をあわせて溶かした素材を、円柱に伸ばした丸棒。
これを直径30ミリ、長さ50ミリに切りそろえたのがペレットになる。
一本約530グラム以下だけど、単価は1000万円以上になる。
貴金属の価値としては200万円にも満たないので、ずいぶん付加価値が乗っている。
まあこの辺は、テキサスの工場が完成したら、もしかしたら一気に安定した価格になるかも知れないから、ウチとしたら今のうちにせいぜい儲けさせてもらわなくっちゃ。
ペレットといえば、並行してストーンゴーレムの残すブロックとサンドゴーレムの残すレンガ状のドロップについても、魔力を含ませた形で使えないものか研究している。
研究員は、なんと兄貴の大学の先輩だ。
兄貴が、ウチへの就職を頼み込んだらしい。
彼は現在、石のブロックを破砕したりレンガを一度粉末に戻したりして、セラミックのように焼成させて魔力を乗せられないかを研究している。
「正直、魔力測定器が欲しい」
そうだ。
もしこれが完成すれば貴金属を消費しなくて済むので、一気に魔法燃料が一般化するかも知れないな。
「キョージサン、カリフォルニア、行きます?」
ブラス嬢が、そんな話を朝食時にしていたら食いついてきた。
ちなみに、ブラス嬢は複合施設棟のペントハウスから、俺たちのヤマギシビル最上階の空き部屋に移ってきた。
なんでも、会社の公用……来客用に必要だという事で追い出されたらしい。
ブラス嬢だったら、ということでウチの個室が提供された。
ちなみにウチの家事一切を仕切ってくれている中川さんも、家政婦紹介所から引き抜かせてもらった。
代わりに、ダンジョン棟三階の食堂やその他の人材を新たにお願いする事で納得してもらった。
中川さんも、お子さんたちと一緒に複合棟の社宅に引っ越してきてくれたので、総務部勤務として安心して家事などのリーダーを任せている。
その中川さんの朝食をいただきながら、ブラス嬢の話は進む。
カリフォルニアには変人が多い。
そして、得てして変人には、後に振り返ると偉大な発明をする人材が埋もれてる事がある。
ブラスコと全米冒険者協会は、そうした「何か」を求めて素材を提供したり、見込みがありそうな変人には資金援助をしたり、会社設立の援助をしているそうだ。
そうしたベンチャー投資家の事をなんでも「エンジェル」というらしい。俺は、脳内でダニエルの天使姿を想像して、やめた。
そのエンジェルがベンチャーキャピタルで融資してる中の1人が、どうも「魔力計測器」についてこのたび特許を取ったらしい。
「それは見に行きたいなあ」
兄貴が言う。
兄貴も出来の悪い工学生だったので、この手の話には食いつきが良い。
俺は出来の悪い高校生だったからちんぷんかんぷんだけど。
そんなわけで、俺たちは全員そろってカリフォルニアに飛ぶ事になる。
「俺も行きてえ……」
「だめですよ山岸さん。町長との会談と町議会での説明があるんですから」
オヤジのつぶやきに沙織んちのおじさんが慌てて声を荒げる。
オヤジがふらっと抜けでもしたら、そのしわ寄せは全部おじさんにいくもんな。
そういえばダンジョンに潜ってからおじさんはやたら元気になった。
以前の押しの弱そうな線の細さはだんだん薄れ、どちらかというとむしろ細マッチョ的な感じになりつつある。
うん、オヤジのコントロールを頼むぜ。おじさん。
ロスアンゼルス国際空港に着いた。
空には本当に雲がない。
オヤジが子供の頃のヒット曲にカリフォルニアの青い空って曲があって、やたら明るいくせにやたら切ない曲だったのを覚えてる。
CMかなにかが引き金でリバイバルヒットしたんだろう。
まあ俺は英語わかんないからどういう意味の歌詞か知らないけど。
ロスの空港でヘリに乗り換え、隣町のトーランスにある空港に着く。
俺たちは、現地で待ち合わせをしてるブラスコ社の役員と、そのボディガードたちが乗ったリムジンに乗せられて、噂のベンチャーがあるエリアまで案内される。
機内で英文のレポートをシャーロットさんに読んでもらっていたから、だいたい基本的な情報は理解している。
先方は、ベンチャーキャピタルから金を掴んで起業したけど、まだ公式にはUCLAの工学部に在籍してる兄貴と同い年くらいの学生だという事だった。
身辺調査では問題なし。
家族、病歴、ドラッグ歴など、結構細かく内偵してるらしい。
まあそうだよな。それなりに多額の投資を行うんだし。
薄汚れた白衣を着たぼっさぼさの頭の学生がそこに居た。
やけにどもりながら早口な英語でしゃべる彼は、確かに「それっぽい」変わり者なんだろうなあと思う。
ブラスコの役員が、俺たちと彼の間でいろいろやりとりをしてくれる。
早速、発明品を見せてもらう。
むき出しの電子回路にいろんなLEDとかカウンターとかが付いていて、その中にはPCレベルの性能がある基板とかが付いてるんだそうだ。
『このプレートに手を乗せると、魔力が測定できるそうです』
役員氏がいっている言葉をこっそりシャーロットさんが俺たちに伝えてくれる。
役員氏が試しにプレートに手を置くと、ちっちっと数値が上がり、カウンターに3.2と表示された。
「フム」
ブラス嬢が次に手を置く。
カウンターはあっけなく振り切れ「ERROR」と表示された。
焦った表情で彼はいろいろ線を抜いたり指したりしつつ、頭を掻いている。
二言三言のやりとりのあと、彼は自分の手を置いた。
6.2と表示された。
続いて役員氏。
また3.2と表示され、変人氏はほっとした顔になった。
で、ブラス嬢。
またもや一気にカウンターの数値は跳ね上がり、4桁を超えたところでエラー表示になった。
『すいません。あなたに試して欲しいそうです』
沙織におはちが回ってきた。
「はーい」
沙織もぽんと、プレートに手を置いた。
「あれー?」
エラー表示にがっかりとした声を上げて沙織が帰ってきた。
結局、俺、兄貴、シャーロットさんも試したが、エラー表示という結果で終わった。
「話は分かりました。この計測器では測定が難しい事も分かりました」
数十分後、俺たちは案内された会議室のような一室に座った。
そして兄貴が切り出した。
「あなたのアイデアはすばらしいと思います。ただ、この装置ではまず無理だと思います」
兄貴は次々とだめ出しをし、シャーロットさんが通訳していく。
変人氏は、赤くなったり青くしながらその言葉を聞いている。
「もしあなたが望むなら、ウチの研究所に席を用意します。ですが、この機械は不要です」
兄貴がいったとき、突然変人氏は怒り出した。
「訳しましょうか?」
シャーロットさんが兄貴に聞いたが
「いや、いいです。何となく分かりました」
と兄貴はそれを止めた。
「結局のところ、彼の装置はセンサーの能力が足りないんだ」
兄貴は帰りの車で俺たちに説明してくれた。
「アイデアはいいんだ。でも、彼の手に入る素材では、間違いなく成功はしないだろうね」
要するに、専門的な事は分からないけど、彼は圧電素子というものを使って、魔法的な何かを電気信号で可視化しようとしたらしい。
そのアイデアなら、兄貴の先輩ももう持っていたそうだ。
彼はその数値化を何らかの方法で行った。
そのアイデアは兄貴も評価したようだが、それだけのために多額の投資費用を出す気にはなれないようだった。
「時間さえかければウチでも出来る話だからな」
しかも、彼の特許を侵害せずに。
「どうして誘ったんですか?」
シャーロットさんが兄貴に聞いた。
「着眼点がいい人は、今はダメでも運が良ければ偉大な事を成し遂げるかも知れないからね。でも」
怒り出した彼は、兄貴を、泥棒と呼んだんだそうだ。お前らは産業スパイだと。
「お前がさっき鼻歌で歌ってた曲な」
「うん?」
「カリフォルニアの青い空」
ああ。
「カリフォルニアには夢があってチャンスに満ちてるって聞いてやってきた。でも、雨が降らないって言うカリフォルニアにだって土砂降りの日があるんだ。そんな事は誰も教えてくれない。そんな歌だ」
「へえ」
「カリフォルニアに来たって、結局誰もがハッピーエンドになれるわけじゃないんだって嘆いている歌なんだよ。
『僕』がカリフォルニアに来て、食うにも困ってるって親に言わないで。いろんなオファーが来て迷ってる状態だって、幸せにやってるって、そう伝えて。
って言う歌だ」
それは、なんだかまるで今日会った彼のような歌だったんだな。
俺は、なんであんな明るいメロディなのにもの悲しい歌だったのか、何となく分かったような気がした。
ちなみに、兄貴の言うとおり、先輩氏が一月後に魔力計測器を開発した。
その計測にはエレクトラムや魔鉄なんかがふんだんに使われ、その電気抵抗の変化を測る事で算出しているんだそうだ。
そしてそれは変人氏の特許には一切触れない仕組みになっていた。
後日。
変人氏はウチを特許侵害で告訴し、そして、敗訴して消えていった。




