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間章――オヤジの一番長い日

今回、我が奥多摩ダンジョンで鍛えた新人冒険者および現役医師たちは、それぞれの国に帰って、当座は次の世代の育成に励むことになるそうだ。

川口医師からは、

「職場の義理が果たせたら私はここで働きたいです。雇ってもらえますか?」

とオヤジに申し入れがあった。

「恭二さんに頼まれたんです。『医者のことは医者でやれ』って」

「もちろん。大歓迎します」

オヤジは二つ返事で応じた。

迷宮に潜るスキルがあるうえに魔法治療の出来る医師が常勤してくれるとなると心強い。

その上彼は、今後は後進の育成だって出来るだろうからな。




嵐のような3ヶ月が終わる。

奥多摩はすっかり夏の色が去って秋の気配だ。

我が奥多摩ダンジョンも、その間常に滞在していた40人以上の人が去って少し寂しい雰囲気に包まれている。


「さて諸君」

オヤジが普段の背広ではなく、冒険服のユニフォームで現れた。もちろん、プロテクターも付けヘルメットを装着し、槍も持っている。

完全武装である。

「業務命令だ。俺を10層まで連れて行き、俺のこの胸にバッジを付けるように」

オヤジは自分のユニフォームのバッジがひとつもない左胸を指でとんとんと示した。

「俺も行きてえ……」

が口癖ではあったけど……ついに実力行使に出やがった。


事の起こりは数日前。

銀座での医師団キャンプの解団式のことだった。

実は、一応うちの親父が世界冒険者協会の日本支部長に決まった。理由は単純で、日本にはうち以外民間冒険者の著名人が居ないからだ。

うち以外の二軒のダンジョンを持つ地主たちは、こないだの新人育成で、やっと2人ずつの10層攻略済み冒険者を獲得したばかりだ。


オヤジが支部長に決まったものの、ヤマギシの代表でそれなりに多忙であるために、代表代行として沙織んちのおじさんがサポートしてくれている。

だけどこの頃はそのおじさんも多忙なんで、IHCから出向してくれている勝野さんという30代後半の出来る人が事務局長として辣腕を振るってくれている。


話を戻すと、そのオヤジが久々に冒険者協会の日本支部長、日本冒険者協会の会長として解団式に出席すると……。

なんとほかの国の会長たちは皆、胸にバッジを着けていたというのである。

しかも、アメリカ代表とロシア代表は、10階層突破のバッジまで着けていたという。


「なんかいわれたの?」

兄貴が聞くと

「いや。口ではなにもいわなかった。そう、口ではな……」

バッジを付けていない俺を目で見下したのである。とオヤジは拳を握って力説したのだ。

「……あほくさ」

兄貴は言うが、俺はそうは思わない。

「ゆゆしき事態だなこれは」

「分かってくれるか恭二!」

「よしオヤジ。30層までいこう!」

「えっ?」

「いやしくも冒険者の雄としてその名をとどろかせるヤマギシの代表が、舐められたままじゃ示しが付かないな!」

「お、おう?」

「世界中で30層突破のバッジを持つのは俺たちだけだ。そうだ、ブラス嬢も一緒に行こう。オヤジには、栄えある六人目になってもらう!」

「い、いやそこまでは……」

「よし、沙織! シャーロットさんと一緒に準備して。ブラス嬢を連れてくるように」

「了解だよ!」

「あのー」

「無理だオヤジ。恭二のどっかのスイッチが入っちゃったみたいだぞ?」

「何言ってんだ兄貴も。舐められっぱなしじゃまずいだろ?」

まあ俺は退屈だったんだ。本音のところでは。

ブートキャンプも終わり、俺たちは残務整理やら伝票整理やら細々とした打ち合わせやれで時間を食いつぶされていて、全くダンジョンに潜らない日もあったしな。

「どうせなら、前人未踏の40層も目指すか? オヤジ!」

「それはやめてくれ」

兄貴が苦笑した。


現実問題としては、それほどオヤジも暇じゃない。

新層に潜ろうとするなら、偵察やら準備やら、必要なら新しい装備の調達やらでたっぷり時間が必要になる。

……まあ20層突破で充分だろう。ということで、早速その日は一日かけてオヤジをパワーレベリングさせる事になった。

魔石には15層ボスの仮称:アダマンゴーレムや14層のエレクトラムゴーレムのでっかい魔石を奢る。

50個ほどジャブジャブとオヤジに食わせ、みんなで一式の魔法を教え込む。

「さすがキョージさんのお父様ですね」

シャーロットさんがオヤジの覚えの良さに驚く。

「まあな。こう見えても俺はファミコン版の初代ウィズを発売日に買った男だ」

俺ではなくオヤジが意味不明の返事をシャーロットさんにしてる。


てな訳で、あっという間に10層突破。

オヤジをテレポート室に案内してそのまま俺たちはひとまず昼飯のためダンジョンを抜ける。


「さて、俺は午後から……」

言いかけるオヤジに俺がかぶせる。

「20層を目指すんだよな!」

「いや……」

「アメリカもロシアも10層クリアだって威張ってんだろ? 本当に良いのか?」

「むむ」

「オヤジだって忙しいし、こうやって全員そろって潜る機会なんてそうないかも知れんぞ?」

「むっ」

「俺たちもまだ全員余力もあるしな」

「いや恭二、俺結構疲れて……」

「<リザレクション>!」

「……」

「さあ、美味しい食事のあとは腹ごなしだ」


実際のところ誰も指摘しないが、俺の本心としては、やっぱりオヤジは知っておくべきだと思うんだ。ダンジョンの事、モンスターの事。そして、冒険者の事を。

正直、実力者の影に隠れてさらっと10層までおさらいしてもらった程度で威張ってる連中が冒険者協会の――たとえお飾りであっても、トップに居てもらっちゃ困る。

それはきっと、将来危険な政治的な対立を生む気がするのだ。気がする、ってだけで、俺にはメンバーにもオヤジにもうまく説明できない。

だから、無理矢理でもオヤジに体験させるべきだと思ってるんだ。


「なあ、やっぱバンシーを?」

「うん。オヤジは知っとくべきじゃない?」

俺が、ひそひそと俺に聞いてきた兄貴に小声で返す。

その不穏さを生存本能で知ったか、オヤジはびくっと身を固くする。


さっさとゴーレム層を抜けてアンデッド層に。

ここでオヤジに聖属性のいくつかの魔法を教え、17層でバンシーの悲鳴を食らってもらい、リザレクションを体感させる。

そして、<レジスト>を教える。


あとは、一直線に20層までを攻略し、俺たちの「オヤジパワーレベリング」は終了だ。

「30層までいこうぜ?」

と、俺はいったんだが

「さすがにやり過ぎだ」

という兄貴の言葉にシャーロットさんや沙織も同意したので、あきらめた。


その後、オヤジの胸には、赤、白、黄、青、10、20のバッジがきらめく事になった。




翌日。

「で、次は私……という事ですか? はは……」

沙織んちのおじさんは気弱そうに笑う。

「私はその、10層まででお願いします」

冒険向きな人間じゃありませんので。

とおじさんは言うので、俺たちは了解した。


それでも、10層までクリアする頃には、おじさんの顔色もみるみる良くなり、なんだか最後にはつやつやしてきたように見える。

魔法も一通り覚えてもらって、仕上げに<リザレクション>も体感してもらう。

「なんか、一回り以上若返った気がしますよ……はは」

むしろダンジョンに入る前より元気になって、おじさんは胸にバッジをきらめかせておじさんは役員室に帰っていった。


「私もお願いね恭ちゃん」

さらに翌日。

沙織んちのおばさんがフル装備でやってきたのだった。

「えー、お母さんはいいでしょ?」

沙織が呆れる。

「何言ってんのあなた。昨夜お父さんがずいぶん若返っててびっくりよ! 目元の小じわもなくなってるし、頭の毛まで……こほん」

おばさんは、どうやら美容目的だったらしい。

「実はね、ジョンさんたちにいって、私の姿をハイビジョンで撮影してもらってあるのよ」

水着でね。

おばさんは笑う。

「さて、どのくらい効果があるか楽しみだわ」


俺たちは、沙織んちのおばさんを半日かけて10層まで案内した。

意外な事に、おばさんのほうがおじさんより筋が良く、ぴったりと張り付いた沙織を専任教授にさせて、次々と魔法を覚えていった。

沙織の魔法センスはおばさん譲りだったのかな?


最後に<リザレクション>の体感をしてもらって、その日は解散した。

のだが。


確かに凄まじく……こほん。

おばさんは若返った。なんというか、色気まで感じるほどだ。

ジョンさんたちは、CCNのスペシャルレポートで、この脅威のアンチエイジング&エステティックの実証映像を公開した。


反響は凄まじかった。


おそらく、今後は美容、もしくは増毛目当ての「中年」休日冒険者が増えるかも知れないな……全世界で。




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