世界冒険者協会 11
今回参加した医師たちは、幸いなことに、全員すでに10層までを終わらせている。
そこで、俺たちは国単位で5人ずつ、あえてバンシーの状態異常を食らってもらう「スパルタ式」に方針を変えることにした。
さすがに16層から下は、俺たち4人+ブラス嬢がきっちり付いて進まないと不安なため、10人ずつで引率1人、などといった編成では進めない。
そこで、一国ずつ5人をチームとして、通訳が必要な場合はシャーロットさんがあたることにする。
医師という職業の英語履修率は高いらしい。
各国少なくとも1人くらいは英語が分かる。どうせ戦闘中は彼らを当てにしていないから、シャーロットさんに指示を英語で復唱してもらうだけにとどめる。
危険だけど、そのくらいのリスクは自分たちで背負ってもらおう。
11層から先は、2台のSUVに乗って一気に俺たちは先に進む。
SUVの運転とナビは、一台は兄貴とシャーロットさん。もう一台は俺と沙織、そして通訳にブラス嬢が同乗する。
そして数戦後、乱獲はせず一気にボス戦へと進む。とは言っても、相変わらずのアウトレンジからRPG-7による砲撃だけど。
世界冒険者協会が一括発注することで、RPG-7は更に安価で手に入るようになった。
アメリカ政府としても、行方が分からなくなるよりは遙かにましだろうから、冒険者協会に登録された人員にしか保有させないシステムは歓迎されているようだ。
例えばM-72やカールグスタフという選択肢ももちろんあったけど、どちらも高価だ。
信頼性に問題がなかったら、ゴーレム相手にはRPG-7で充分だしな。
前に横田の基地司令にも釘を刺されたとおり、中東やアフリカの武器市場で2万円くらいで出回っているRPG-7は危険らしい。
その意味では、倍以上高価な米国製だが信頼性には代えられない。
敵を吹っ飛ばそうと思ってこっちが吹っ飛んだら洒落にならないからな。
ボスを倒すと下り通路が出現する。
もう少し階段が広ければそのままSUVで階段を下りたいところなんだが、残念なことに通れないので、いちいち俺が収納で出し入れする。
この辺はそのうち、階段を通れる乗り物が出てくると思う。H○NDAの研究員がいろいろ試作機作ってくれてるし。
医師団のメンバー、今回はアメリカチームだが、彼らはやたらRPG-7vsゴーレム戦に興奮していた。
ふっ。物見遊山気分でいられるのは今のうちだけだぞ?
16層のゾンビをみて、さすがに医師団は震え上がった。
俺たちは<ターンアンデッド>を説明し、彼らに使わせる。討ち漏らしを俺たちが対応する事で、彼らも魔法の理解が進む。
一通り全員が使いこなせるようになってから、変則の10人編成で先に移動だ。
さすがに、冒険者のゾンビは鉱山夫よりも精神的に来る者があるだろう。なお一層グロいから。
でも頼むぜ? あんたら、医者だろ?
倒れないでね。
一気に兄貴の<フレイムインフェルノ>で開幕し、俺の<ファイアボール>でネクロマンサーを屠る。
そこで俺が彼らに飲み物を<収納>から提供し、一息入れたところでいよいよ、バンシー戦を体験させる。
俺たち五人は<レジスト>をかけて進む。彼らにはまだ状態異常もレジストの魔法についても一切教えない。
ボス戦開幕と同時に、バンシーの絶叫が響き、五人の医者は崩れ落ちた。
ボス戦後。
俺は1人1人に<リザレクション>をかける。
状態異常で崩れた体調が魔法で癒やされるさまを、当人たちに身をもって味あわせるためだ。
「どうですか? 魔法の本質、掴めそうですか?」
掴めなければ、<レジスト>なしで、何度でも繰り返してもらうしかない。
気の毒な気はするけど、彼らはまさにこれを学びに来ているんだから。
8チームそれぞれに同様の体験を積ませ、その後は、ダンジョン上の食堂と、彼らに提供されてる複合施設棟の会議室などを使って、自主練に励んでもらう。
そして希望者には俺たちが付き添って、何度でもバンジーの絶叫による状態異常を体験してもらう。
そんなこんなで二週間。
ぼちぼちと<リザレクション>マスター者が現れだした。
マスターした人には、まだマスターできていない人たちへの体験談などを話してもらう。
初歩のライトボールにしても、結局はイメージの問題だからだ。
俺の教え方が必ずしも最良とは限らないからな。
最初のマスター者が現れると、あとは次々に、まるで連鎖するようにマスターできた医師が増えていった。
もしかしたら、何らかの習熟……経験値なんかが影響してるのかもな。
最初のうちは、俺たち自身が医療行為を行わないことで倫理的な不満を感じていた医師団だったが。
こうして何度も自分たち自身で冒険者という仕事をして、更にその技術、魔法を教えている俺たちの姿を見ることで、どうやら、その価値観の違いや、お互いの仕事それぞれの重要性が理解出来てきたらしく、徐々にではあるが俺たちへの敵愾心が薄れてきたようだ。
「経験値、ですか?」
シャーロットさんに話す。
「うん。つまり、俺たちには分からないところで、ゲームで言う『レベル』があったとしてさ。経験値が少ない人は分かっていても習得が遅い、とかがあるのかなって」
「……どうでしょう? あまり実感がありません。ただ……」
「うん」
「なんでもやってみるべきかも知れません」
そんなわけで実験その一。
医師団全員に、改めて魔石の吸収をさせる。
1人50個を目標に、10層までで魔石を集めさせ、おのおのに吸収してもらうことにした。自給自足と言うことだな。
少なくとも「習得するための魔力が足りない」ということがなくなるよう、最低魔力量の底上げをするわけだ。
実験その二。
血糖測定器の針で指に小さな傷を付けてもらい、その傷を<ヒール>で癒やす。それをしつこく繰り返してもらう。
使用回数で練度が上がるのを期待してるんだけど。
実験その三。
俺がブラス嬢に行ったように「人体として理想的な状態を思い浮かべ、対象の肉体がその理想になるよう」念じてもらう方法だ。
ダメ元と思ってはじめたけど、驚くことに、この三つの修行法と「バンシー師匠」による状態異常での荒行によって、ひとつきを目前に、出来ない医師のほうが残り3人、という状況になった。
出来ないのはイギリス人、フランス人、ロシア人が各一名。
年齢も人種も性別も宗教観もそれぞれで、出来ない理由が分からない。
仕方がないのでこの3人を18層に連れて行き、極力前線で戦わせてみた。
使わせるのは<ターンアンデッド>のみ。もちろん彼らには<レジスト>は使わせない。
それこそ血を吐くようなスパルタである。
ストレスで徐々に生気を失いはじめた3人に、これ以上苦行を強いても無理かも知れないな。
俺たちは頭を抱えた。
「病院、連れて行くデス」
ブラス嬢がそんな俺たちをみてぼそっと言った。
「でも精神鑑定までやってどこも異常ないんでしょ?」
沙織がブラス嬢の言葉を聞いてため息混じりにいった。
「ノー、彼ら、患者、あわせる」
ブラス嬢は、要するに医師としての初心に戻らせろ、というようなことをいっているようだ。
参加している日本の医師の1人が、都心の総合病院に籍を置いていたので、彼に頼んで、一日研修医をやってもらうことにした。
その日の夜。
3人はえらく興奮しながら帰ってきた。
ロシア人の女性医師は、ぽろぽろ泣きながら俺に抱きついて両頬にキスしてくれた。
「「むう」」
沙織とブラス嬢がその光景を見てむくれる。
だが、そのあと2人とも同じようにキスをされていた。よかったな。仲間はずれにならなくて。
「その様子だとうまくいったんですね?」
「ええ。大変なものでしたよ」
付き添ってくれた川口医師も、もらい泣きしそうな興奮状態だった。
川口医師は、ことさらに重病者の多い病棟を連れ回したらしい。
回診に同行させ、全て英語で説明し、痛みに苦しむもの。余命幾ばくもないもの。幼いもの。
それらを彼らに見せつけたようだった。
そして、家族に同意を得られた患者のみに限定し、<リザレクション>につきあってもらったということだ。
効果は絶大だった。
彼らは、リザレクションによって、今まさに失われていく命を救った。
担当医たちが驚くほど劇的な変化だったらしい。
そしてその感動を胸に、彼らは帰ってきたのだった。成し遂げた誇りと共に。
川口医師は、俺の両手を取っていった。
「医者のことは、医者でやれ。
最初に言われたときははっきり言ってムッとしました。なんて傲慢なんだろうって。
でも、やっと今日分かりました。恭二さん。あなたの言うとおりです」
あなたたちは冒険すべきです。
多くの発見や魔法で、あなたたちの冒険の重要性は恐ろしく高い。
だから、医者のことは、私たちに任せてください。
川口医師はそう言ってくれた。
シャーロットさんがそれを元落ちこぼれたちにも訳して聞かせたらしい。
彼らも1人1人賛同の意を表すためなんだろう、俺と握手をしてくれた。
ありがたいことだ。
ありがたついでに言わせてもらう。
「出来れば、次回以降のブートキャンプは、俺たちが居なくても出来るように考えて欲しいですね。冒険者協会に医師部とかを作って。
それでもって、ウチのダンジョンで育成のために働いてもらえたら最高です」
あれ? 4人とも固まってしまった。
……やっぱだめだよな。それぞれ、もう決まった将来があるんだろうなあ。
と思っていたのだが。
なんとこの4人が、ウチのダンジョンの専属になってくれることになる。
でもそれはもうちょっと、先のお話。だ。




