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世界冒険者協会 8

『以前提案していた、奥多摩ダンジョンでの育成についてご相談させてください』

ブラス嬢が用件の本題に入った。

『奥多摩周辺で確保できる宿泊施設を上限に、各地から、魔法の修行を志す人員を集めて、数週間から数ヶ月、ブートキャンプを開いて欲しいのです』

「なぜうちなんです?」

兄貴が尋ねる。

『環境がすばらしいからです』

ブラス嬢は指折り、理由を答える。

第1に、管理者であるうちのパーティは今現在、おそらくもっとも深い階層まで攻略している。

第2に、治安もよく自然環境に恵まれてる上、設備も整っていること。

これは、ダンジョン上のワンルームなども含まれる。

食堂や風呂も整っているので、ロングステイでも安心できると言うことだ。

そして、皆様はすでに、後進の育成に経験があり、しかも、実績を残しています。

とブラス嬢は言った。


「とりあえず、今はあの宿舎は建設業者のために貸し出し中です。開くのは……おそらく6月下旬以降でしょう」

兄貴が言う。

『分かりました。では7月1日以降で調整いたします』

夏休みでちょうど良いです。ブラス嬢は言う。

「夏休み……て、学生来るの?」

俺が聞く。

『もちろん、学生は多いですよ。ダンジョンの存在を知って、退職してまで潜ろうという人間は少ないでしょう』

なるほどな。それはそうだ。

「あるいは、ニートか食い詰めモンか。人格に問題あるヤツは勘弁して欲しいな」

兄貴が言う。

『その辺は、私たちの見る目を信じて欲しい、としか……』

「了解だ。だが、日本(こっち)の常識で判断して、ダメだと思ったら容赦なく追放する。以後出入り禁止だ。いいな?」

ぎらっと兄貴の目が細く光る。

『承知しました』

ブラス嬢の小さな身体が大きく見える。精力がみなぎってる感じだな。


夜になると、ブラス家の一同が集まってきた。

ジョシュさんは大学のほうに用事があるらしく帰ってきてなかったが。


『ヤマギシとブラスコで新しい会社を作りたい』

唐突にダニエルシニア、つまりじじいのほうが言い出した。

「……私にその権限はありません。そういう話はうちのオヤジとお願いします」

『分かっている。だがキミも経営者の一人だろう? 話だけでも聞いていってくれ』

さすがに押しが強い。

『作りたいのは、米国内での魔法燃料(ペレット)加工工場だ』

シニア(じじい)はいう。

『知っての通り、我が孫のダンジョンでもゴーレム討伐に目処が付いた。だが、現状でそれの加工技術を持っているのはキミたちヤマギシのみだ。我々としてはキミたちの権益を脅かすつもりはない。そのようなことをしなくても、キミたちから供給されたペレットで十分な利益が得られるからだ』

だが……。

シニアは言う。

エネルギー産業の基本は「安定供給」だ、と。

どのように夢が広がるエネルギーであっても、安定した供給、そして備蓄量がなければ誰も飛びつかない、と。

既存の発電を魔法燃料に切り替えようと思うとき、その保証は何より必要になるのだ。

その信用に、ヤマギシはまだまだほど遠い。

「はっきりいいますね……」

兄貴は苦笑せざるを得ない。

『なにも、キミたちの技術力、開発力、生産力を疑ってのことばかりではない。その辺はむしろ、我々は驚嘆の目で見ている。問題は、現在のヤマギシの企業としての体力、人材の育成状況、そして……リスクヘッジ能力の欠如だ』

「リスクヘッジ?」

『そうだ。キミたちの奥多摩の会社(カンパニー)は見学させてもらった。もし、完全武装した悪意ある数十人の集団が、夜陰に紛れて襲撃したら、キミたちはひとたまりもあるまい?』

「!……」

兄貴は呆然とする。

もちろん俺だってびっくりだ。俺たちはちょっとレアな分野でたまたま有名になったただの日本人だ。

それも、のどかな奥多摩でのんびりコンビニをやってただけの一家だしな。


『日本の法については、我々もよく知っている。だが、犯罪者に銃刀法は通用するのかね?』

「……なるほど。分かりました。お話は持ち帰って、協議します」

『理解が早くて助かる。だが、これだけは忘れないで欲しい。我々は、エネルギー産業の雄として今後も生き残りたい欲求がある。だが、ヤマギシと組んで、この先百年の計を考えたいのは、金だけが理由では断じてない』

「……お孫さんの命を助けた事ですか?」

『その恩義は誰一人忘れては居らんよ。だが、そんなことで企業は動かん。企業としてのブラスコは、ヤマギシが今後、世界を変えるような存在になると確信しているからだ。エジソンのように、フォードのように、ゲイツのようにな』


その後、恐ろしく豪勢な夕食を振る舞われた。

だが、俺たちはじじいの熱に圧倒されて、その日の夕食をよく覚えていなかった。さぞ美味しかっただろうにな。


そんなこんなで、俺たちはオヤジに遅れること3日で日本に戻る。

帰りしなにブラスコ社から渡されたジュラルミンのアタッシュケースには、彼らがうちに提案してきたビジネスについて、恐ろしく緻密な提案書と分析データが詰まっていた。


「テキサスって、土地安いのな」

奥多摩も安いけどさ。っていうか、議論にならないほど平地が確保できる。

工場の設立提案をみていて、俺がそんなことを言うと、

「確かに、この提案はいちいち魅力的だよな」

兄貴が苦笑する。

「これってうちにとっても向こうにとっても利益がある話じゃない。なんか問題があるの?」

「ある」

オヤジが口を開いた。

「IHCが魔法燃料から締め出される」


厳密には、IHCが狙っているだろう世界戦略が縮小を余儀なくされる。

ウチとしては、タービン発電の特許の独占権を提供しているだけでも彼らにメリットはあるだろう、と言い切ることは出来るんだが、彼らは当然、特許申請をしたことでウチとのつきあいが拡大すると見込んでいただろうから、それをブラスコに横取りされるのはおもしろくないだろう。

「ただなあ」

オヤジは、分析レポートを見ながらつぶやく。

「たしかに、俺たちはテロとかの警戒なんてしてこなかったよな」

小さな山村の町だ。

そんな事があって、もし近所の人に巻き添えでも出せば。

想像しただけで俺たちはへこむ。


その意味で、IHCだって危険はあり得る。日本に工場を作れば、どこだって危ないとはいえる。

警備員の練度と武装の質が理由だから、こればっかりはどうしようもない。


結局、このレベルになると俺たちは意見は出すが、オヤジに判断してもらうしかない。

オヤジはIHCの担当役員と数日協議した。

結局、最終的にはテロの危険の話題となり、IHCは折れた。


ブラスコと合弁でテキサスに工場を作っても、ウチでの生産は変わらないので、それをIHCに納めると言うことで、まあそっちは既得権益と言うことでブラスコを説得することになる。

総量は規制されるだろうけどね。


かくして、オヤジと沙織んちのおじさんの多忙な日々がまた始まる。

今度の出張はテキサス通いだ。

そうこうするうち、兄貴の出した燃料制御棒のシステムやペレット製造とリチャージあたりの特許も無事登録された。


俺たちやIHC、ひいては日本政府にとって、ブラスコとウチの合弁事業にはメリットもあった。

それは、特許を守らない国、特許権が存在しない国との取引を抑制できることだった。

その辺の国際政治学的な話は俺には関係ない。

関係ないよといえること自体がすばらしい。

そういう意味では、まだ設立して一年たっていない脆弱なヤマギシという企業にとって、ブラスコという企業はありがたい防波堤になってくれたといえるだろう。




7月に向けて俺たちにもやることは多かった。

警視庁から、常駐する機動隊員のための派出所に使用する土地建物の無心があった。

これは、無許可でダンジョンに飛び込むような人間たちへの警戒とか、逆に、未だその例はないけどダンジョンからモンスターが吹き出す事への警戒と言った話になるわけで、ウチとしてもありがたい申し出だ。

現在は機動隊のランクルとか装甲バスで対応してるけど、真夏とかになると彼らにとって非人道的な職場環境になる。

当然ウチは二つ返事でオッケーした。

旧コンビニ店舗跡の駐車場をつぶし、警察署といって良い規模のビルを建てることになった。

1チーム10人で三交代。1チームが完全オフで署を離れ、1チームは屋内待機、のこり1チームが職務にあたるといったローテーションらしい。

彼ら機動隊にも万が一の時のため、ダンジョン内の習熟を依頼され、そっちは俺と沙織が担当した。

兄貴とシャーロットさんは、特許やIHC・ブラスコ社なんかとの折衝に忙しい。

オヤジは月の半分はテキサスに行きっぱなしで、おじさんはその煽りを食らって、銀座と奥多摩を行き来してる。

おばさんも、三ヶ所に増えたゼネコンの工事や俺たちがほいほい持ち帰る領収書なんかと苦戦中のようだ。


そういえば日本冒険者協会に参加してる大手企業から、ウチの会社に公認会計士と監査法人を斡旋してもらった。

そのおかげで、おばさんの激務は緩やかに改善されている。


ヤマギシも、40人ほどだった正社員も100人を超えた。

シャーロットさんの要求した知財管理部もめでたく発足。

ジムさんたち広報部も強化され、技術者たちが入っている。

ほかに、資材部、研究部、工場、営業部、法務部などが新設された。

工場はまだ完成していないんで、主に人材育成中だけど。

そういえば、当初は合弁でやる予定だった瑞穂町の金属加工会社、三成精密さんは、このたびめでたくウチに吸収合併されることになり、オヤジさんである三枝(さえぐさ)さんは、取締役工場長に就任することが決まっている。

やはり、テロについて話した事がきっかけだった。


これら中途採用の人材たちの面接と雇用に、日本に帰ってきたオヤジと兄貴は忙殺されていた。


「俺もいきてえ……」

ついに、機動隊員をダンジョンで接待する俺と沙織に、兄貴が恨めしそうにうめくのだった。

俺たちにどうしろと?




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