世界冒険者協会 5
夕刻前に、ブラス嬢は検査を終えて自宅に戻ってきた。
そして俺を見つけるなり、抱きついて感謝の意を表した。主に俺のほっぺに。
「むう」
殺気が漂う気配を感じてるが幻想だと思いたい。
「ケイティちゃんは危険。ロリ」
ぼそっと小声で俺の耳元につぶやく怖い声。
いや彼女はお前より年上だからな、沙織。
『申し訳ありませんでした。ミスターキョウジの<リザレクション>を受けた後、頭部に違和感を感じたため、緊急に診断を受ける必要がありました』
ブラス嬢によると、あのときの彼女はほぼパニック状態だったようだ。
脳に患部があり、余命が設定されるような状態だったら誰でもそうだろう。
俺たち一同は気にしない旨を伝えた。
『年齢的に期待は出来ませんが、ほんの少しでも身体が成長する可能性も残っているそうです』
ブラス嬢は嬉しそうに言った。
心臓に先天疾患がある上に悪性腫瘍があるため、成長ホルモンの追加投与はされていなかったのだが、その悪性腫瘍がどこかに消えたため、彼女自身の成長ホルモンが正常に分泌されるようになったと言うことだ。
もっとも、成長期というのは人によって違うため、今後いつまで、そしてどこまで身長が伸びるか分からないらしい。
『ミスターキョウジは、全てをオフレコにすることを望んだと聞きます』
「ええ。例えばあなたと同じ病気の人。末期がんの人。そういう人がもしこの話を聞いたら、パニックが起きる気がします。俺が医者なら、人生を掛けて治して歩いたでしょう。でも俺は冒険者です。それは申し訳ないが、俺の仕事じゃない」
『つまり、医者が<リザレクション>を学べば良いと?』
「そうですね。それはそう思います」
ブラス嬢は少し考えを巡らせる顔になって、ぽつりと言った。
『時期が来たら、そうした人材の育成も必要でしょう。そのときは、お力を貸してください』
「こっそりで良ければ」
『そうそう、ミスターキョウジ。<リザレクション>って、これで良いですか?』
通訳さんが俺に言ったあと、
「<リザレクション>!」
ブラス嬢は、俺にリザレクションを掛ける。
「……出来るようになったんですね」
『なんと言っても、自分が恩恵を受けましたからね』
嬉しそうにブラス嬢は微笑んだ。
うちのメンバーでさえ、まだ<リザレクション>は使えていないのだ。
改めて俺は、この小柄な少女に見えるブラス嬢に尊敬の念をもった。
『もてなしたいので一晩滞在して欲しい』
じじい……もとい、ダニエル・C・ブロス氏が言い出した。
俺たちにとってはことさら急ぐ用事もないので、ありがたくブロス一家の心づくしを受けることにした。
夕食の席ではじめて紹介された一族の皆さん。当主のダニエル氏の夫人、長男ダニエル・ジュニア氏とその奥さん。そのまた長男のジョシュア氏。
ジョシュア氏は妹の病状が変わったと聞かされ、在学しているオースティンから文字通り「飛んで」来たそうだ。
まさか良い方に変わったとは思わなかったらしくずいぶん怒っていたが、妹の顔を見るなり抱きしめてワンワン泣いていた。きっと良い奴なんだろう。
そして、ブラス嬢をそのまま大きくしたらこうなるって感じの恐ろしくグラマーな金髪女性がいた。
だが話を聞くと、俺や沙織と同い年らしい。
ジェニファー嬢だ。
家族からはジェイと呼ばれている。
このジェイがなんでか知らんがやたら俺を攻撃的な視線で見てくる。
好かれも嫌われもするほどこの家に長居してるわけじゃないのにな。
ていうか俺には全く英語が分からないんで、会話さえしていない。せいぜい通訳を挟んで名乗りを上げただけだ。
食後、俺たちは早々にあてがわれた客室で一泊し、翌日はウルフクリークに戻ることにした。
解せん。
「シャーロットさん、どうしてブラス家は一家そろって俺たちと一緒に?」
「ああ、もうクリスマス休暇なんですよ」
暑っ苦しいので勘弁して欲しいのに。
長男でイケメンでじじいと同じ眉毛の御曹司のジョシュも暑っ苦しかった。三代そろって暑苦しい。
そしてブラス嬢の妹は相変わらず俺を敵視してるらしいのだ。
なぜか沙織とシャーロットさんには打ち解けてるので、どうやら俺だけ何かお気に召さないことがあるらしいのだった。
ハマー五台に分乗して、ブラス嬢のダンジョンへと。
じじいたちはずいぶん大きいテントを張ってそこでコーヒーなどを飲んでいる。
そして問題は、ジョシュとジェイがブラス嬢とおそろいの戦闘服と、どう見てもM-16にしか見えない銃を持っていることだ。
「シャーロットさん、アメリカって民間人でも軍用の銃持てるんですか?」
「ああ、あれはM-16そっくりですが別物って扱いなんですよ。AR-15っていってライフル扱いなんです」
それに、ここはテキサスですからね。
シャーロットさんは言う。
どうも「テキサスだから」といえば結構何でもありって雰囲気だぞ?
銃を撃たれるのは実はダンジョン内では結構面倒で、俺たちは鼓膜を防護する。イヤープロテクターとか言うらしい。
だから
「持って入るのは良いが極力撃つな」
と指導してるのだった。
もっとも、<キュア>で治せたりするんで、身を守るためだったらためらわず撃て、とも言ってるが。
とりあえず、ブラス嬢の兄妹を連れてきたのは、彼女曰く
「過保護な家族に理解させるためだ」
とのことらしい。
ちなみに、ブラス嬢は今回、俺の長槍を一本レンタルしている。
どうやら俺たちが使う炎属性の槍技に中二心を刺激されたらしい。
『刀匠はどのくらいの生産量があるのでしょう?』
などと兄貴に聞いている。これは藤島さんたちに大量発注があるかも知れないな。
ジョシュとジェイは、余命幾ばくもなかったはずのブラス嬢が、豪快に炎をたなびかせながら長槍でゴブリンを屠る姿に驚いていた。
そういえば、まだ証明されたわけじゃないけど、ダンジョン内で長い時間を過ごせば過ごすほど、全身に魔力が蓄積されて、基礎体力が上がるらしい。
そういえば俺たちも、毎日数キロ以上平気で歩いてるもんな。
緊張と疲労からか、ジョシュとジェイはへばってきたので、俺たちはそこでブラス嬢に頼まれて、彼らにも魔石吸収をしてもらった。
『これでかなり身体が楽になりました』
効果はブラス嬢のお墨付きだから、まあ良いだろう。
『対価はどのくらいですか?』
と聞かれたので
「今日までのご厚意のお礼と言うことで、不要ですよ」
と兄貴が答えた。
ジョシュには俺が、ジェイにはブラス嬢が魔法を教えることになった。
さすがにブラス嬢の血縁だけあって2人とも筋が良い。
ジョシュは会社を継ぐ必要があるしジェイはまだ高校生だからおそらく冒険者になることはないだろうが、入ったときと比べずいぶん表情が明るくなっている。
「銃を預かってもらい、代わりに槍を借りたいそうです」
シャーロットさんが通訳してくれる。
「了解」
俺は、ストックの藤島さん謹製の長槍を貸す。これも普通の人には扱いにくい重さがあるが、魔石吸収をしたら、結構手に馴染んでくるんだよな。
結局、5層ボス戦まで2人を案内して引き返すことにした。
数日掛けてブラス嬢を伴って10層までクリアし、その後、彼女にテレポート室の事を明かした。
実力が伴っていれば平気だろう。という判断だった。
ブラス兄妹は3人とも、俺たちからしたらまあ大丈夫な水準にあると思う。
時折柔らかな笑みを浮かべるようにはなったが、未だにジェイは俺に冷たい。
沙織に聞くと
「えー、それをあたしに聞くの?」
と怒られてしまった。
「キョージさん、鈍すぎです」
シャーロットさんにまで怒られた。
いや言ってもらえないと分からんし。
とりあえず10層をクリアしたと言うことで、俺たちはヴァージン諸島のオヤジたちのもとに帰ることにした。
ニューイヤーパーティがあるらしい。
「くそーいいなあ俺もいきたかったなあ」
ブラスファミリーがダンジョン見学をしたと聞いてオヤジが残念がった。
「オヤジたちも健康のためいっぺん潜っても良いかも知んないな」
「ホントか?」
兄貴の言葉にオヤジは喜ぶが
「健康のためだったら別にダンジョン潜らなくても、どこでも魔石の吸収と魔法の修行なんて出来るけどな」
俺がそう言うと、ギロっと睨まれてしまった。
それでも、オヤジと沙織んちのおじさんおばさんには、そのうち健康のために魔力ブーストしてもらいたいな。
式村比呂です。活動報告にて、簡単ながら感想欄でお寄せいただきましたコメントへのお礼を掲載いたしました。これからもよろしくお願い申し上げます。




