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世界冒険者協会 1


「恭ちゃん、ごめん……」

「は?」

初雪が舞った12月。

俺がキッチンで朝飯を食ってると、しょんぼりとした顔で沙織が謝ってきた。

目が赤い。

「わかんないけど、なに?」

「……おはよう、お前なに沙織ちゃん泣かせてんだよ……」

兄貴が寝起きっぽい顔でぬーっとそこに加わる。

「いや、何かわかんないんだけど?」

そこに、オヤジとシャーロットさんも加わって、朝の食卓は賑やかになる。


ウチはダンジョン以降、食事とか家事が出来る人間が居なくなったためもあって、青梅の家政婦紹介所からハウスキーパーさんを派遣してもらっている。

幸い近所に住んでいるヘルパーさんが見つかったこともあって、朝夕の食事と掃除や片付けをお願いしているのだ。

そのせいで、全員朝が極端に弱くなっていたりする。


「で、沙織はなにやったんだよ?」

全員が席について、中川さんがご飯をよそってくれた。

「えーと、怒らない?」

「……なにやったんだよ、あ、いやもういい、聞きたくない」

「えー、謝るから聞いてよー」

「恭二、聞いてあげなさい……」

周囲が全員進まない話にいらいらし始めてる。なんで矛先が俺なんだよ?


「……あのね? 昨日にちゃん見てたら『奥多摩ダンジョンスレ』てのがあったから見てたら、『あそこの兄弟の兄貴はまあまあだけど弟はいまいち』とか『女性陣もなにげにクオリティ高いのに弟一人だけ残念クオリティ』とか書かれてたから、あたし他人の振りして『恭ちゃんはすごいんだよ』ってがんばって書いたの」

「……それで?」

「ますます恭ちゃんへのバッシングひどくなった」

なんだ、あー、本気でどうでもいい。

「沙織ちゃんああいうのはちょっとけなしつつさりげなく持ち上げるといいんだよ」

はいそこ、工作員は黙るように。


「ま、まあなんだ、気にしてないからどうでもいいよ?」

「よくないよ! 恭ちゃん居なきゃあたし達今こうやってご飯だって食べられなかったかも知れないのに!」

「その前に冒険者になってなかったかも知れません」

ところであとでURL教えてください、などとシャーロットさんが言っている。

「沙織はぼろ出しそうだからもう書き込み禁止な?」

「えー?」

えーじゃありません。


「ああそうだ。恭二になんか変な手紙来てたぞ? 会社のほうで確認したんだが、なんでも『世界冒険者協会』ってところからの招待状だそうだ」

「なんだよそのうさんくさいの」

「知らん。本部はカリフォルニア州ロサンゼルスだそうだ」

いかにもな感じになって来たな。スタートレック協会とかそういうのに似た感触をぞわぞわ感じる。

「で、なんの招待だよ?」

「名誉会長に指名したいから式典に出席してくれってさ」

「パス」

「えー?」

えーじゃありません。


だいたいそう言うのはちゃんと面と向かって挨拶に来て、俺の許可取ってからだろうって。

「返事しといた方がいいのか?」

「いいよ無視で」




この頃の俺たちは、ゴーレム層のドロップ品であるインゴットの収集に忙しい。

IHCが発表した魔法燃料とそれを使ったタービン発電は、いよいよ商用発電の評価実験機が動いたり、民間企業が自社工場の自前の電源に使いたいとかの話も来て、燃料用ペレットのサンプルが足りなくなったりしてるのだ。

それだけじゃなく、藤島さん達の努力が実って、玉鋼以外の実用刀にも登録鑑札が発行されることが決まったのだ。


外出時にはきちんと袋に入れて持ち運ぶことや、常に鑑札を携帯することなど、いくつかの条件付きで、ではあるが、基本、そういった条件はこれまでの銃刀法でも同じ事だった。

それで、藤島さんをリーダーにした若手中堅の刀匠達が勉強会を行っていて、魔鉄やエレクトラムのインゴットを一定数供給して欲しい、と依頼が来ているのだ。


IHCのペレットについては、あちこちで、いやIHC自身もだろうけど、秘密が知りたくて分解したり成分分析したりしてるんだろう。

使い終わってもリチャージできるよっていってるのに、納入した企業とかからやたら再注文が来るしな。

ペレットについてはIHCは完全にウチの販売代理しかしないんで、わがヤマギシが丸儲けだからいいんだけどさ。

ペレットにはなんの秘密もない。魔石を溶かし込んで魔力をたっぷり含ませたただのエレクトラムでしかない。

ダンジョン由来の金属は、どうした理由か地上に元々あった金属より魔力への親和性が高いんだよな。


現在のところ、ただの魔力充填したペレットがどうして燃えるのかのあたりはブラックボックスにしてるけど、いずれ特許公開してもいいかなと思ってる。

真似することは出来ても、同じ性能のモノが作れるかは、現状、どれだけ魔法が理解できているかに関わっているからな。


魔法の理解と言えば、俺たちのダンジョンで魔法を習う軍人さん達は、あと一ヶ月で所定の教習を終えて、各地で先生として魔法を教えることになるらしい。

第二陣の選抜も進んでいるようだし、今の40人がそれぞれに三ヶ月掛けてまた20人ずつ教えていけば、ねずみ算式に日米に魔法使いが増えていくだろう。


そういえば実は日本でも、冒険者協会を作って自分たちで自衛隊に頼らずダンジョンを攻略しよう、という機運はある。

ウチを除いた国内のダンジョンには、3ヶ所個人所有地に存在するダンジョンがある。

今は自衛隊が入って調査をしてるが、その成果はほとんど持ち主には還元されていない。

ウチがやけに羽振りがいいせいで、そうしたオーナー達には不満が蓄積しつつあるらしいんだな。


ただし、日本では今のところそうした運動はうまくいっていない。

日本人は、草の根運動が下手だからな。


兄貴がインターネットで集めた情報によると、アメリカの冒険者協会は結構人と金を集めていて、すでにワシントンDCでロビー活動まで始めているらしい。

最初の頃は手作り感満載のフェイスブックやツイッターでの活動だった協会は、やがて専用サーバーをもち、専用スタッフが常駐する組織となり、そして、各国にその活動を広げているらしい。

「私のところにもオファーは来ていますよ」

シャーロットさんが言う。

「日本支部の支部長になって欲しいそうです。お断りしましたけど」

「へぇ、どうして断ったの?」

沙織が聞くと

「だって政治活動よりダンジョンにいるほうが楽しいじゃないですか?」

だそうな。


ところで、冒険者協会は、総理諮問委員の分科会の流れで始まったミーティング兼食事会でも話題に上るようになった。

冒険者向けの商品を開発している企業にとっては、確かにビッグチャンスだろう。

「いかがでしょう? 事務局などの実務はウチのほうで引き受けますんで……」

などとお誘いいただくんだが、結局のところ

「すいません、その時間があったら潜っていたいんですよね」

ということになるのだ。

ところが日本の場合、専業で冒険者やってるのなんていまんとこウチらしか居ないわけで。

ネームバリューでいったら、俺たちよりちょっと落ちるけど、うちのオヤジあたりならまあ名前だけの会長にちょうどいいかもしれないよな。


そんな感想を無責任にぽろっと出したところ、オヤジのところに日本協会の会長職就任要請が来てしまったのだった。


「これ以上忙しくなるのはやだな。だいたい俺、まだ一度もダンジョン連れてってもらってねえし」

オヤジは拗ねるのだった。


IHC、ミ○ノ、S○NY、H○NDA、ト○タといった企業が賛助会員として名を連ね、ひとまず準備事務局なるモノが誕生した。

俺たちとしてはお世話になってる関係から一応本会員に法人のヤマギシを参加させる方向で了承した。


で、準備会報告会というのをやるって事で、俺たち四人とオヤジでオークラまでのこのこ出てきたわけだ。

そしてそこで会いたくもない奴と再会した。


「あんたなんでここに居るの?」

最初に食ってかかったのはオヤジだった。

「お久しぶりです、山岸さん」

厚生労働省のあの金縁眼鏡だった。

「あんた、なんかこの協会に関係あんの?」

兄貴も、明らかにはっきりとした嫌悪感を表情に浮かべている。

「え、ええ。今後の冒険者協会を支援するために、今日は各省庁から人が来てるんですよ」

「で、あんたが厚生労働省から来たわけか?」

オヤジがにやりと笑う。

「あんたが居るならウチは参加を取りやめるさ。おーい、若松さん」

オヤジは、ヤマギシの参加を粘り強く交渉してきた内閣府の副大臣を大声で呼んだ。

「あ、山岸さん、今日は本当によくお越し……」

「ウチと彼とは因縁があるんですが、若松さんご存じですか?」

周囲が凍り付く。

「い、いえ、詳しくはその……すいません」

「彼はね、ウチの息子が魔法使ったのが大層珍しかったらしく、秘密裏に拉致、監禁しようとして、さらにどっこも悪くないこいつの身体から、組織サンプルを取るための手術を強行しようとしたんです。こいつが関わってるんだったら、ウチはこの協会と関わるのはごめん被ります」


実は、立食パーティ後にウチら五人を休ませてもらえる部屋をオークラに取ってくれていたので、俺たちはひとまず、オヤジの部屋に集まった。


このあと、金縁眼鏡はあえなく退場。

厚生労働省はこのあと数年以上、冒険者協会との関係修復に時を掛けることになる。

ちなみに、あの金縁はナントカ会ナントカ病院の理事長のせがれで叔父が現役代議士という出自でブイブイ言わせていたらしい。おそらくもう二度と俺たちの前には現れない……と思うけど。




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