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お金がない 10


「なんか……ヤバかった」

兄貴がほっと座り込む。

それに釣られるように全員で床に座り込んだ。

ちょうどいい。俺は収納から人数分のペットボトルのお茶を出す。


「なんだったの? あれ」

沙織の声はまだ震えている。

「多分……バンシーじゃないかな?」

「バンシー?」

「イギリスの伝説とかに出てくる妖精だけど、アレはかなり邪悪な感じだったな」

俺の言葉にベンさんがうなずく。

「バンシー、子供、からかいます。なきめし」

「泣き虫、な」

俺の苦笑が全員に伝わり、ベンさんは頭をかく。


「さて、どうする?」

全員が落ち着いたのを見計らって兄貴が言った。

「俺としては、ここでいっぺん引き返してもいいと思う」

まだはもう、ってヤツだな?

まだまだいけるはもう危険って慎重論だ。もちろん俺にだってその真意は分かる。

「んー、俺はこのまま20層まで終わらせたい」

「その心は?」

「まず第1に、俺たちは『状態異常』をはじめて経験した。でも幸いなことにもうその効果や対策を会得した」

俺だけだけどな。

「第2に、こんな辛気くさいマップはとっとと終わらせたい。10層までの経験で言ったら、多分20層を終わらせれば転移水晶があると思う」

「なるほど」

「第3に、一度引き返してまたあのゾンビやらバンシーやらといちいち戦うのは煩わしい。ドロップも美味しくないしな」

「……」

「あたしも、このエリアはすごくいや。恭ちゃんに賛成」

「……あの、私も出来たら」

坂口さんもおずおずと右手を挙げる。


<レジスト>と<リザレクション>について全員に説明する。

レジストは、要するに<混乱><恐慌><幻惑>など、俺たちのメンタルを攻撃する魔法、もしくはスキルだろう。

だから、それらを俺たちの精神から遠ざける、もしくは術を弱体化させるイメージの<障壁>がレジストだ、というイメージで俺は構成している。属性は聖だろう。

沙織は理解できたようだが、意外とみんな苦戦している。

<リザレクション>に関しては俺以外には出来ていない。

だが、レジストは他者掛け可能な支援魔法なので、俺と沙織で全員に掛けて、先に進むことにした。


19層には、懸念通りバンシーが沸いた。

俺たちは今まで通りアウトレンジから魔法殲滅で対応する。

バンシーのドロップはあの黒いフード付きマントだ。悪いがこんなモノは、着たくもない。

異世界に転移でもして手に入れたとしたらありがたく着てるかも知れないが、俺たちの帰る世界には、優れたメーカーと多種多様な素材があり、デザインと機能を両立させた上に衛生的な衣服が山ほどあるんだ。


19層のボスもネクロマンサー。横にはバンシーと……レイスだな。ガーディアンは相変わらずスケルトンだが、今度の奴らはまがまがしく赤黒い血でペイントしてるような奴らだ。


「俺が<フレイムインフェルノ>。残りは全員<サンダーボルト>で行こう」

兄貴が提案する。

サンダーボルトは敵が霊でも通用している気がするので聖属性を内包しているのかも知れないと俺たちは思っている。

まあ天罰と言えば世界中の神話でもこれだしな。

「恭二は最後尾で、もし状態異常食らった人がいたら<リザレクション>頼む」

「了解」

「よし……いくぞ!」

兄貴は全員に合図するとボス部屋に飛び込んだ。


「キィィィィーーーーッ!」

バンシーの金切り声が即座に響く。

だが、何とか全員恐慌状態に陥らず、魔法を乱打させている。

兄貴のフレイムインフェルノであの赤いスケルトンとネクロマンサーは屠っていた。

「ストップ!」

俺が叫んでやっと攻撃が収まった。みんな、オーバーキル過ぎるよ。


20層。

レイスとバンシーとネクロマンサーのユニットがうろついている。

前衛を兄貴と沙織、中衛にシャーロットさんを置き、その左右にベンさんと坂口さん。後衛が俺というフォーメーションに切り替える。

俺の役割は、引き続き、状態異常の回復がメインになる。


兄貴はフレイムインフェルノ、ほかのメンバーがサンダーボルトなのも変わらない。

沙織が時々俺にアイコンタクトをしてくる。ボス部屋へ一直線でいくための分岐を確認してくるが、ほぼその指示に間違いはなく、俺はうなずいて返すだけだ。


ボス部屋に到着した。

「あっちゃー」

兄貴がボス部屋のメンツを見て声を上げる。

「どう見ても、ドラゴンゾンビ、だよね?」

「ああ、まあそうだろうなぁ」

腐って肉がぽたぽた落ちている。所々に骨も見える。

もし竜だとしたら、ブレスが怖い。

ゾンビ系のブレスト言えば、定番は酸のアシッドブレスか毒のポイズンブレスあたりか。

属性が闇だとすると、ダークネス系の認識阻害効果もありそうだ。

そして、バンシー、レイス、ネクロマンサーの大盤振る舞いである。

今までのネクロマンサーと違い、まるで貴族のような服装をしている。親指以外の全部の指に指輪をしていやがる。


「ガスマスク、付けるか?」

ああ、忘れてた。その手があった。

俺は全員分のマスクを収納から出した。

装着は現役軍人さん達に指導を受ける。

酸素ボンベを背負い、マスクをゴムバンドでしっかり顔に固定する。吸気の負圧でボンベからエアが出て、呼気の圧が逆流防止弁を押してはき出される仕組みだ。逆流防止弁の前部には防塵フィルターなんかが付いていて、俺たちの呼吸器を守る。自給式ってヤツだ。

全員が念のためアンチマジックをかけ直す。

そして、全員ライオットシールドを装備する。そしてシールドにもエンチャントを施す。


兄貴が一度マスクを緩めて声を外に出す。

「よし。俺が<フレイムインフェルノ>。残りは全員<サンダーボルト>」

「俺はあのドラゴンゾンビに<リザレクション>してみる。うまくいけば……」

「ああ、期待してるぞ?」

兄貴が苦笑する。

「良し、全員マスク装着。俺の指のカウントでいくぞ」

兄貴はそう言ってマスクを装着し直す。

俺も扁桃のため顔から浮かせていたマスクを元に戻して、兄貴のハンドサインを待つ。

3、2、1、指を折ってカウントしたあと、兄貴はさっと槍を握り直して部屋に躍り込んだ。


バンジーの叫び声に併せて、まるで排水溝に水が流れ込むときのようなゴボゴボ、ゴォォーという音を立てて、ドラゴンゾンビが声を上げた。

俺たちにロックオンして、その腐ってさぞ悪臭を放っているだろう肉の塊を押し広げた。

中からは白骨化した牙が並ぶあごの骨が見えた。そののどの奥から、不気味なうなり声と共に、紫色に発光する何かが沸いてで始めた。

兄貴達の魔法がボス達の居るエリアに乱舞する。

だがドラゴンゾンビはかまいもせず、俺たちに向かってブレスを放つ。

俺は、そのドラゴンゾンビに<リザレクション>を全力でたたき込んだ。


やった! ドラゴンゾンビにも聖属性の回復魔法は有効だった。ヤツは俺たちにブレスを吐き終えると、光に包まれて蒸発して消えた。

俺たちはそのイタチの最期ッぺを食らって、慌ててライオットシールドで可能な限りブレスを防ぐ。

「<リザレクション>!」

俺はリザレクションの大盤振る舞いで全員に予防的に術を施す。

ドラゴンゾンビは、今までみたこともないような魔石と、骨や牙を残していた。

そして。


「出たぞ、鍵だ!」

俺たちにとっては一番の宝だ。おそらく、このボス部屋の先には、この鍵で開く部屋があるだろう。

そして、ネクロマンサーのドロップは指輪だった。それも三個。

ひとまずその指輪は俺が預かった。<収納>するとステータスが分かる場合が多いのだ。

ちなみに、<耐火の指輪+2><耐魔の指輪+2><魔力の指輪+5>だった。


ボス部屋を出て、すぐにあったロックされた扉に鍵を差し込んで、ひねる。

カチャンと音を立てた扉のノブを回して開けると、やはり、転移水晶と宝箱があった。

兄貴達はガスマスクをしたままライオットシールドに、しゃがみ込んで潜っている。

やっぱ、俺が開けるんだなあ。


中には人数分の革袋があった。ひとつ開けると、金貨が10枚と何らかの宝石、そして指輪が入っていた。

そして、ここにもまた、読めやしない文字の書かれた羊皮紙があった。

兄貴達はガスマスクを外し俺に渡してくる。俺はそれを預かって収納する。

「よし、とにかく帰ろう!」

兄貴はそう言って水晶に手を当てる。

フロアの床全体が光り、俺たちを第一層に運んでくれた。




俺たちはひとまず家に帰り、宝箱から出た革袋を一人ひとつずつ分配した。

そして、16層から20層までの攻略について話し合った。

ベンさんや坂口さんは、これらの戦いについてそれぞれ、報告書を出さねばならないのだ。


こんな風にして、俺たちの秋は終わりに近づいていく。

冬が来ると、奥多摩は厳しい寒さに包まれる。

この頃になってやっと、金や社会情勢に左右されず、俺たちはダンジョン攻略が出来るようになって来たのだった。

「冬用に、大人数が乗れるSUVとかが欲しいな」

兄貴が言った。

俺たちは、20層突破記念でしばらく休みを取り、車を買いにいったり、奥多摩の紅葉を見て歩いたりして、つかの間のオフを楽しんでいた。

新車の乗り染めのドライブに

「俺もいきてえ……」

恨めしそうに、書類の山の中からオヤジの声が響いたという。




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