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お金がない 5

七月下旬は、忍野ダンジョンへの探索協力で明け暮れた。

立場上、俺たちと同行が出来ない岩田さんとドナッティさんは奥多摩に残し、二人で魔法の訓練をしてもらうことになっていた。

俺と兄貴、沙織とシャーロットさんの四名で、前後一日の予備日を設けて、4日ほど忍野ダンジョンに潜った。

カリフォルニアもそうだったが、この忍野もほぼわき出すモンスターの傾向は一緒だった。

自衛隊は、第五層までを攻略してひとまず維持することにしたようだ。

オークや大きい方のオーガ、それにグールはかなり手ごわい。

特に大鬼やオークは、M-4と、同じくNATO弾を使う89式でも、当たり所によっては耐えて反撃されたりするからな。

グールの場合、下手をすると弾が当たらないし。


そして迎えた8月。

俺たちの沖縄行きの日がやってきた。




というわけで沖縄に到着したんだが……

「だれだよ、雨男」

台風の影響で、本気の雨と高波だったのだ。

なぜだろう、全員の視線がオヤジに集中するのは?


とりあえず俺たちは宿にチェックインし、そのあとで教習所で事務手続きを行う。

すでに普通自動車の免許を持ってる兄貴達より、自動二輪を取りに来た俺と沙織のほうが学科の単位数が多いなんてびっくりだ。

ちなみに兄貴は年齢制限に引っかかって中型限定解除までしか取れないようだ。

まあ、その分兄貴達は習得しなければならない技能講習が多い。

技能が終わったあとも、卒検が目白押しだしな。大型や牽引なんかは、けっこう大変らしくて、落ちるのも珍しくないってネットにあったらしい。ネットの情報に踊らされてるな、兄貴。


俺と沙織は自動二輪の免許を取るので、完璧に同じスケジュールで動く。

数日すると、やっと海が落ち着いたので夕食前まで二人で海で遊んだりしている。


「ねえ恭ちゃん。あたし、みんなの役に立ってるのかなあ?」

夕日の中で水着姿の沙織がやけにしんみりした声でそんなことを言い出した。

「なんだよ急に」

「んー。ほらあたし、アメリカ行ったときみんなの足引っ張っちゃってたし」

「気にしてたのか。馬鹿だな。あんなの、俺たちだってヤバかったって。普通の暮らししてた人間がさ、ああいう状況になって、平気でいられっこないだろ?」

「うん……でも」

「俺は沙織が学校やめてまで残ってくれてすごく感謝してるぞ? シャーロットさんや兄貴はあれだ……世代がやっぱ合わないしな。同い年の人間がチームにいるって言うのは、本当に心強いんだ」

「んー」

「なんだ。いまいちか?」

「うん……えへ」

「まあなんだ。俺にとってはお前も心強い仲間の一人なんだ。居てくれないと困るくらいにな。だから、もう気にすんな」

「わかった」

そう言って沙織は俺の背中に飛び乗った。

沙織は照れ隠しで、おそらく顔を見られたくなくてそんなことやってるんだろうが、俺にとっては、ヤツのビキニ越しに感じる胸の凶器でどきどきだ。

夕日が沈む。もう部屋に戻ろう。


「くそ、せっかくの沖縄なのにちっとも楽しくないぞ!」

兄貴がいらついてる。

「俺たちだって炎天下に長袖着てバイク乗ってるんだけど?」

言うまでも無く教習所ではバイクの教習は長袖長ズボンに手袋、ライディングブーツ推奨だ。

台風一過で晴れ渡る沖縄の太陽は残酷なほど俺たちをじりじり焼いていたりする。

「そんなの俺たちも限定解除受けてるから知ってる。……ところでそっちの二人はずいぶんきれいに焼けてるじゃないか?」

今回は実質フリーで遊んでいる岩田さんとドナッティさんに兄貴の嫉妬は飛び火したようだ。

「今日はどこ行ってたんです?」

沙織が聞くと

「スキューバです。ドナッティさんと、この機に免許を取ろうと相談しまして」

「へー、いいなー。恭ちゃん、あたし達も取りたいなースキューバ」

「いや、日中は動けないから無理だ。まあスキューバだったらそのうち伊豆とか行って合宿で取れるだろ。今回はツアーのダイビングで満足してくれ」

「……お前らもお前らで楽しそうじゃないか?」

兄貴にじとっと睨まれる。

「馬鹿言うなよ。これも仕事の一環だろ? 免許の取得程度のことだけど、ちゃんとがんばってるさ」


実は、忍野ダンジョンで俺たちがさくさくと魔法と長槍を使って進む光景を目の当たりにしたことで、銃刀法を含む関係法改正を、現在国会でやってくれているらしい。

これが通れば、藤島さん達刀匠も、金属加工メーカーなども、武器の生産が可能になる。

奥多摩と忍野を除く残りの9ヶ所のダンジョンも、現在、安全に立ち入りが出来るか調査中と言うことだ。

ここに来ていきなり活発化した背景には、俺たちの持ち込んだインゴットが関係しているらしい。

金属のインゴットの成分分析は早くに終わったらしいが、レンガっぽいヤツと石っぽいヤツの評価に時間がかかってるようだった。

アイアンゴーレムのヤツは「魔鉄」、ミスリルっぽいヤツが「琥珀金(エレクトラム)」、そして、ゴールドゴーレムのドロップは「純金(フォアナイン)」で間違いないようだった。ちなみに15層の未確定名:アダマンゴーレムのインゴットについては、サンプル数が少ないんでどこにも提供していない。

それにしても、もし純金ともなると、俺たちの貧乏生活もこれで解消されるかも分からないな。


さて、二週間ほどの沖縄滞在も終わり、俺たちは帰途につく。

国際通りで女性陣がナンパされたり、ドナッティさんの階級を知って男達が一斉に逃げ散ったり、全員でスキューバに行ったり、それなりに充実した「任務」だった、といっておく。

決して遊びに行ったわけではない……ということにしておく。全部経費として申告する予定だしな。

ちなみに帰りのフライトも大荒れだった。

「本当にだれだよ雨男は?」

全員の視線を浴びて、オヤジは小さくなるのだった。




奥多摩に帰ってくると、仕事が鬼のようにたまっていた。


まず、ドロップ品の分析・評価に協力してもらっている自動車メーカーと工業大学の教授のチームから、インゴットについての報告があった。

純金のインゴットは純度が高いので、そのまま売却しても問題ないようだ。

ひとつ5kgほどなので2500万円くらいになる。

M72がひとつ15万円ほどなんで、もし今後有償提供になっても、これで何とかなりそうだ。

エレクトラムは、魔力と親和性が高いようで、鋳つぶして金や銀に分離して売るのはもったいないと考えられているようだ。

それでもひとつ1000万円以上で売却は出来そうだとのこと。

魔鉄については、現在のところ使い道を模索中。

エレクトラムにしろ魔鉄にしろ、何らかの方法でエンチャントさえ出来たら、10層のレイスに使えそうな気はするけどね。

まあ理想はやっぱり魔法で退治するべきなんだろうけどさ。

石とレンガのインゴットにも、かなり強い魔法親和性があるらしい。

要するに、これらを素材にして何か新しい魔法道具が発明できないかって事なんだろうな。

さすが日本企業、独創性がある。


次に自動車メーカーから。

和光に技研があるとあるメーカーから、ダンジョン内で使えそうな電気自動車を、ということで、ゴルフ場でよく見るカートのようなタイプで、足下を細長い無限軌道にしたモデルを見せられる。

確かにこれだったら階段は超えられそうだ。技術的な問題点としては、電源のためのバッテリが大きくて重いため、かなりスペースを食われることらしい。

「魔力を動力に出来ないもんですかね? ダンジョン内には魔力が充満してますし、どんな敵を倒しても、魔石はドロップしますし」

ストーンゴーレムから石が出るんで、通常のドロップの石を、この頃は魔石と呼ぶようになった。

エンジニア達にひとまず、全ての迷宮産のドロップ品をサンプルとして提供する。

俺たちとしても金銭的に豊かではないので、申し訳ないがそれなりに高額な対価は請求せざるを得ないけど。


だが、15層までのドロップのインゴットによって、オヤジが頭を抱えていた旧店舗の上に建てる宿泊施設……まあワンルームマンションだけど――の借金は何とか完済できそうだった。


次に、横田でのミーティング。

MRAPやM72の成果に、米軍としては非常に満足しているようだった。

そこで、開発中のRPG-7=USAを提供してもらえることになった。

今更開発中かよ? と思うんだが、まあアメリカ製だったら、粗悪な中国や第三国のコピー品と違って、安全性が担保されてるだろう。

その分高いんだろうけど。


ドナッティさんについて聞かれたので、

「人柄も実力も申し分がなく、あと数ヶ月で彼女を教官として手放さねばならないのは辛いです」

と答えておいた。

「もし良ければ、彼女のようなすばらしい人材を、抜けたあとでまた推薦していただけるとありがたいです」

兄貴も付け加えた。

ウチは4人パーティだけど、やっぱり6人居るといろいろ安定するんだよな。

米軍としても、魔法の講義が出来る士官クラスの人材はのどから手が出るほど欲しいらしく、前向きに検討します、といってもらえた。


横田では、自衛隊とのスタッフミーティングもやってもらえる。

ここでも、俺たちは岩田さんをべた褒めしておいた。

彼は、おそらく奥多摩ダンジョンで教官として従事してくれるんだろうと思ってる。

自衛隊も、可能なら国内の各ダンジョンで育成をしたい考えらしく、岩田さんが抜けたあとでウチに派遣してくれる人材を選定してくれるといっていた。



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