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序章――奥多摩個人迷宮誕生2



    ◇◆◇




ヘッドライトという道具がある。

車の前照灯のことではなくて、頭にゴムバンドでくくりつけるキャンプや登山でよく使われるグッズだ。

俺は退院した日の夜、そのヘッドライトを頭に付け、金属バットを片手に浸食の前までやってきていた。


今思うと、この時点でまだ、米軍をはじめとした各国の軍や諜報機関や学術チームでさえ、この浸食の正体をはっきりとつかんでは居なかったと思う。

米軍などはドローンやラジコンカーにカメラを付けて「浸食の口」の中に送り込んでいた。

だが、なぜか中に入ったとたん、映像は途切れてしまうらしい。

そこで、グラスファイバーで出来た、ちょうど数日前に検査で俺の口や肛門から差し込まれたようなカメラをそろりそろりと浸食の口に入れていったようだ。

そこで彼らは、浸食の口の先が、真っ暗な洞窟のようになっていることに気がついたという。

まあそれはともかく、俺は全くもってなんの疑いもなくこの先が迷宮(ダンジョン)であると確信し、ヘッドライトの明かりを頼りに浸食の口の中に飛び込んでいた。


夜九時を過ぎ、立ち入り禁止のテープの先に侵入しようとする野次馬やマスコミの排除に一段落を付けた歩哨の警官か機動隊員か知らないがとにかく見張りは油断していた。

そこに立ち入り禁止のテープの内側にあるオーナー宅からふらっと現れた俺に反応しきれなかったらしい。

もっとも休憩用のワゴン車の中で、よそのコンビニから買ってきた弁当を食っていた、という説もある。まあうちはもう営業できる状態じゃなかったのでやむを得ないのだが。


俺は岩で出来た鉱山の採掘路のようなトンネルを淡々と下って、第一層に入った。

頭に付けた三灯のヘッドランプはカタログスペック5000ルーメン。それほど奥までは照らし出さないものの、平坦になった迷宮を歩くには充分だった。


記念すべき人生初エンカウントは、コウモリだった。

吸血コウモリ。

生物の生き血を吸い、闇に紛れて飛行する面倒な敵だ。

俺は、顔すれすれに飛んできた奴をバットでフルスイングして打った。


ピキュー。


ほぼ超音波じゃないかって位の高周波な耳障りの泣き声を残してコウモリはかっ飛ばされて、迷宮の岩壁に当たって消えた。

消える直前、ころりと小指の爪くらいの石を残した。

俺はその石をつまみ上げてみた。

すると、その石はまるで一瞬で粉末に変わったように消えると、きらきら輝く微粉末が俺の身体に向かってゆらゆら飛んで、吸収された。


奴の魔力を俺が食ったんだろう。

そう感じた。

俺はそのまま淡々と迷宮を歩き回る。

天井までは床から2-3メートルというところだろうか。

俺は明らかに魔力を探ってでかいのが居るほうへと向かっていた。

やがて、今までにない広さの部屋――扉も仕切りもないので部屋というのか分からないが、そこにたどり着いた。


途中で出くわしていたコウモリの比ではないでかいのが、そこに居た。

途中途中ではたき落としていたのが俺の手の平二つ分くらいだとすると、ここで待ち構えていたでかいの――ジャイアントバットは小学一年生くらいの身体をしていた。


キー。


どう聞いても警戒音のような泣き声を上げると、そいつは俺に向かってすごい速度で降ってきた。

俺はバットのスイートスポットでそいつの頭をジャストミートした。

そいつは今までのコウモリと違い吹き飛ばなかった代わりに、確かな手応えを俺に伝えた。

おそらくだが遺骨を骨ごと変形させた。その衝撃で転がったヤツは、だいたい感覚的にはピッチャーゴロといった有様で床を転がっていった。。

そして、ぽんと一瞬で粉末状になると、跡に今までの十倍程度の石と、牙を残していた。


この部屋に入ったときにあのでかいのがいた当たりに、下に向かう階段があった。

俺はバットを肩に乗せながらその階段を下りていく。

ここまで結構な距離を歩いているし、思いっきりバットを振り回しているのに、やけに身体が軽かった。


第二層に入ると、少し気配が変わっていた。

第一層ではわずかながら羽音が聞こえたが、この層は明らかに、何かが歩く音が聞こえるのだった。

俺は、こっちに近づいてくる小走りの音を聞き分けて、バットを構えた。


「ギー!」


鳴き声を上げて飛び上がったそいつを、俺はフルスイングではたき落とした。

俺のヘッドライトで浮かび上がったそいつは、緑色の肌をした百三十センチくらいの背中を丸めたヤツだった。

「ああ、子鬼(ゴブリン)

みすぼらしい麻のような布を身体に巻き、錆びたナイフ――サーカスで投げナイフをやる軽業師がもってるようなアレを得物に俺に躍りかかってきたわけだった。

そいつは俺のフルスイングを横っ腹に食らって俺の左手側に転がると、ぽんと消えた。

そして、その錆びたナイフと石を残した。

俺はその石を手に取る。

コウモリと同じように石は俺の手の上で煙になって吸収された。

ナイフは、右手にもって次のゴブリンの気配がした当たりに投げてみた。

「ギー!」

その気配は5メートルほど先で泣き声と共に消えた。

おそらく上手いこと刺さって致命傷になったのだろう。光が届かないので、気づいたときにはもう石に変わっていた。


雑魚の気配を無視して、この階で一番でかい存在感を出しているあたりを目指す。

そこには、俺を警戒して身構えているナイフ持ち二体と、長剣のようなぼろ剣を構えたリーダーらしき一体がいた。


「ギー!」


何とかのひとつ覚えのような泣き声をリーダーがあげると、三体は俺に向かって、それなりの速さで迫ってきた。

「フン!」

俺は鼻息のような声を上げると、一降りでその三体をバットで(はた)いた。

いわゆる右バッターボックスでの構えでバットをフルスイングしたのだ。

ナイフの二体はそれで煙になったが、長剣はふらつきながらも生き残った。

俺は、フルスイングで身体をひねった状態から軸足を変えて右足を前に出し、今度は逆にフルスイングした。

リーダーはふらつきながらそのバットを長剣で受けようとしたが、剣ごとバットになぎ払われて、煙と消えた。


跡に残った三つの石を手に取る。

これまで通りに、その三つは俺の中に吸収されたが、代わりに、俺の中から、白いもやのようなものが現れたのだった。

もやは何かを俺に伝えようとしてるようだったが、とりあえずよく分からなかった。

すると、あきらめたようにその白いもやはもう一度俺の中に戻った。

このもやが意思を持つように俺の中に出入りしてるがあまり不快感がなかった理由は、おそらく、俺を回復してくれたのがこいつだと察していたからだろう。

ちなみに、俺がこの迷宮にこうやって踏み込んでるのも、多分無意識にこいつの誘導を受けてのことかも知れない。

だがまあそれでもいいかな、と俺は思っていた。

この迷宮、というか浸食のせいで俺はひどい目に遭ってたしな。

ちなみに、残された長剣は俺のバットの一撃でぐんにゃりと変形していた。

ゴブリンの持っていた剣の材質は銅かその合金のようだった。

うーん、恐るべしジュラルミン合金。バットは銅の剣より強かった。


持って帰ればなんかの役に立つんだろうか?

ふとその曲がった剣を拾い上げて俺は思ったが、こんながらくたといえど、銃刀法に引っかかる恐れは多分にあった。

「うーん、アイテムボックスとかあったらいいのになあ」

俺がそんなことを考えると、白いもやの中のひと(?)からのお導きか、持っていた剣がすっと消えた。

<曲がった剣>

そして、割とそのまんまなインベントリが頭に浮かんだ。

俺は、錆びたナイフも拾って、同じように<収納>をイメージする。

すると、2本とも同じようにしまうことが出来た。


三体のゴブリンが現れたあたりには、下に向かう階段があった。

だが、俺はここで引き返すことにした。

二層目で二足歩行で粗末だけど武器を持ったヤツが出た。それも複数で、共闘している。

この下でどんなヤツが沸いてくるかは知らないが、まあとにかく油断は禁物だ。

とりあえず今夜は帰ることにしよう。


帰り道は、ゴブリンの落とすナイフを全部収納した。全部であのぼろナイフは二十五本になった。そして、石もいくつか収納して、残りは全部吸収しておいた。


一階層のジャイアントバットはまだ復活していなかった。復活しないといいんだが、帰り道にどうもリポップしたと覚しきゴブリンが居たんで、多分時間が来ると復活する気がする。

帰り道もさくさくコウモリをはたき落としつつ、入り口まで戻ってきた。


入り口から戻る前、ふと思い立って金属バットを<収納>してみた。

<金属バット+3>

インベントリに表示された。

+3ってなんだよ?


浸食の口から出ると、目もくらむような照光機のスポットライトを浴びていた。

「手を挙げろ!」

やけに緊張した怒声が浴びせられたので、仕方なく俺は両手をのろのろと挙げた。

すると、まるでデモ隊を見張る機動隊員のような重武装をした警官が二人駆け寄ってくると、俺の右手を背中にねじり上げて、床に組み伏せてきた。



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