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お金がない 2

既存の施設の上部に新しい建築物を乗せる、というのは結構難しいらしい。

旧店舗の上に、ワンルーム的な40室の個室を建てるということになって、オヤジは新ビルを請け負った建設会社に相談することになった。

結果、旧店舗の建屋をすっぽり囲む形で重量鉄骨の施設を造り、上階層を構築することになったらしい。

「こっちも三億はかかるぞ……おまえら、稼げよ?」

オヤジがかなりうつろな目で俺たちをじとっと見つめている。

米軍も自衛隊も、それなりに俺たちにお金を落としてくれる、と信じたい。

とりあえず、せっかくがんばった俺たちの新社屋が、即担保に入るのが確定的な状況である。

儲かるのは銀行ばかりなり、だな。


とりあえず十一階層が待機状態になっているなか、青梅の刀匠藤島さんから、長槍の試作品がいくつか出来たと連絡を受けた。

俺たちは藤島さんの庵を訪ねた。


藤島さんが選択した穂先は、いわゆる俺たちが想像する槍である素槍と呼ばれるデザインだった。戦国武将で有名な例えば片鎌槍や十文字槍と言ったものは、意匠的な意味では良いかも知れないが、モンスター相手に使い勝手が分からないという事で、シンプルがベストだと判断したようだ。

柄の部分はチタン合金のものとジュラルミンのものがある。

意外なことに、これらの加工技術はかなり洗練されていた。

なんと言っても、自動車のレーサー部門などで、熟練した加工職人が日本にはたくさんいるんだそうだ。

「というわけで、私も実際に使ってみたいのです」

藤島さんが奥からもう一本、どう見ても自分用の槍を出して来た。

また連れて行ってください、と藤島さんはにかっと笑って言ったのだった。


藤島さんと一緒に行くということで、エリアは第三層を選択した。

俺と兄貴は、ジュラルミン製とチタン合金製をそれぞれ試した。

兄貴はチタン製を気に入ったようだけど、俺は正直どっちでも問題ないと思った。

藤島さんは、穂に短刀を使った「菊池槍」と呼ばれる方式の槍や、まるで長刀のような幅広の剣がついているような槍を使っていた。

菊池槍は、やはり強度上に問題があるようだった。

長刀は、ボス部屋のような広さの場所ではかなり有効に思えたが、通常の通路では、味方が時に邪魔になる。

ただし、遠距離から、下段から上に切り上げるような使い方ではかなり強い殺傷能力がありそうだった。

だがやはり、素槍の穂先の頑丈さに比べると、連戦が続くとなまくらになってしまう。

そのたびに研ぎに出すなどのコストがかかるので、現状、収益に期待しにくい冒険者稼業にとって、現実的な武器とはいえなさそうだった。


「やはり素槍がいいですか?」

藤島さんの問いに、俺と兄貴はうなずいた。

「柄はどうでしょう?」

「俺はチタンのほうが好きかな?」

「俺はどっちでもいいです」

やはり兄貴はチタンのほうが良かったようだ。でも俺にはそれほど差があるように感じられなかった。

「値段は圧倒的にチタン合金のほうが高いんです。おそらく加工が終わった状態で三倍近く高いですね」

藤島さんは言う。

「もし将来、これが量産されるような時代が来たら、ジュラルミンのほうは量産効果でもっと安くなるでしょう。チタンのほうはそこまで安くならないと思います」

ジュラルミンに限らず、アルミ合金は硬度に比べて加工が容易なんだそうだ。

「……アルミ合金でお願いします」

兄貴はチタンをあきらめた。

まあ、一品ものとして専用に持つんだったらいいと思う。どうせ今回のは作っちゃったんだしな。


諮問委員がらみで預けてあったドロップ武器の成分検査の結果が来た。

「ナイフや剣などは青銅製です。本当にわずかばかりの貴金属の混入はありますが、基本的に銅ですね。資料的価値を除くと、おそらく、一キロあたり200円から500円くらいの価格にしかならないと思います」

研究員の人が申し訳なさそうに電話先で話す。

正直、売れるだけましではあるけど、どう考えても手間のほうが高い。

「金貨のほうは、含有率75%以上あります。貴金属商では一枚あたり1万円以上の買値になると思います」

金は相場次第ですけどね、と言われた。

正直、十層のレイスを倒して一枚あたり1万円前後の金貨が五枚。命をかける代償としては、ヤバいほど少ない気がするな。

「最後に、ドロップストーンについてです。正直、今でも扱いに困っています。将来例えば、あの石を使って魔法に関わる何らかの製品が誕生すれば、その製品の重要度や普及度に応じて価格がついて行くと思います。現在のところ、非常に貴重な研究資材ですので、山岸さんの言い値ということになりますね……」

言い値か。夢は広がるけど、かといってそれほど多額の要求は出来そうにないな。

世界中に100ヶ所近いゲートがあるんだし、その気になれば各国とも政府が乗り出すだろうしな。


とりあえず、俺たちとしては人件費を石の販売に乗せて、ひとまずはいろんな研究者達に売却するしかなさそうだった。

現実は厳しいな。


現在のところ、迷宮探索のメリットは、日本とアメリカ政府、それにCCNテレビへの情報提供料だけと言うことになる。

稼ぎ頭であるはずのシャーロットさんとCCNから引き抜いたスタッフさん達に、早くオフィスを提供したいんだが、建設完了までまだまだ数ヶ月以上かかりそうで、申し訳ないところだ。




「魔法が使え、今後教員候補生として送り込まれる人材を育てられる者の育成を」

ということで、自衛隊からは二等陸曹。米軍からは空軍少尉がやってきた。

ちなみに自衛官は岩田浩二さん。28才。

米軍からは、ジュリア・ドナッティさん。24才の女性士官だ。

岩田さんは180cm80kgの巨漢。歩兵科の人らしいが、回復魔法を使ったらしい。

ドナッティさんも魔法の素養ありと認められてここに来たが、それよりも、英語・ラテン語に日本語まで理解するということで選抜されたらしい。

そもそも俺なんかには分からないことだが、空軍の士官アカデミーを出てるというのは、とてもすごいことらしい。

岩田さんが、年下のドナッティさんを尊敬の目で見ていたので聞いてみたらそう教えてくれた。

ちなみに、ドナッティさんは俺たちが名誉勲章受勲者だって知ってて、最初は顔を見る度直立不動、敬礼で固まってしまって大変に困った。

俺たちは軍人じゃないし、これから岩田さんとドナッティさんには、「冒険者パーティ」の一員として活動してもらわないと困るわけで。


とりあえず、早いうちに二人には、今俺たちが使える魔法を習得して欲しい。

そこで、俺のストックしている石をどんどん吸収してもらう。

まず俺たち四人がお手本として石の吸収をして見せ、その後、二人にもやってもらった。

一人あたり40個ほど吸収してもらったところ、どうやら本人が意識できるほどの魔力が増えたようだったので、そのまま第一階層に入ってみた。

<ライトボール>、<ファイアボール>は、二人ともすぐ習得。

二階層に降りて<サンダーボルト>、<フレイムインフェルノ>を実演する。

サンダーボルトはイメージしやすいようで二人ともマスターできたようだが、フレイムインフェルノはなかなか、使用エリアという感覚が掴みにくいのか、もしかしたら、誤爆が怖いという無意識な忌避感があるのか、二人ともこの日の習得は出来なかった。

まあ、ゆっくりやってもらったらいいかな?

どうせ、10階層まで一つ一つこの二人を入れたパーティでおさらいするしかないんだから。


翌日。

<ヒール>習得のため、傷を安全に作る道具が欲しい、と横田の基地司令に相談する。

「少し時間をください」

と、折り返し連絡をもらったのが三十分後。

「お見せしたいので、お越しください」

と言われて、全員で向かった。


「血糖測定器?」

「はい。インシュリンなどの自己投与をする患者さんのため、毎日測定する装置です」

そう言って、大佐達のほかに俺たちを待ってくれていた軍医が、実演して見せてくれた。

それは、ペン型の器具の先端に針がついている道具だ。

ランセットと呼ばれる針は使い捨てで、酒精綿で清拭してから、このペンを使って血液を出し、測定器の試験端子に血を含ませる。

「なるほど」

俺はまず軍医にパチン、と指先に針を刺してもらって、全員の前で

「<ヒール>」

と魔法を使ってみる。

穴が開いて血が少し出ていた指先は、一瞬で元の状態に戻った。

続いて兄貴、沙織、シャーロットさんが実演してみせる。

その後、岩田さん、ドナッティさんに治療時のイメージを教えながらトライしてもらった。

要するに、外傷が元の状態に戻って欲しい、とイメージするのが<ヒール>の基本だ。

幸いなことに、二人ともこの器具を使って一発でヒールを理解してくれたようだ。

「これって、もらっていってかまいませんか?」

血糖測定器のワンタッチペンとランセットを俺たちはねだって、軍医の人に譲ってもらった。

それほど特殊な器具ではなく、普通に薬局などで市販されているらしかった。


ドローンとロケットランチャーについては、武器と言うこともあり今までよりは時間がかかっているが、あと一週間くらいで準備は出来そうだ、と大佐に言われ俺たちはほっとする。

俺たちは大佐達に感謝を伝えて帰ることにした。


奥多摩に戻ったあと、ちょっと早い昼飯を終えて、俺たちは今日もダンジョンに潜る。

三層以下に降りる際、とりあえず俺たち四人が二人を囲んで10層までを案内することにした。

二人には一切手出しをさせず、俺たちは淡々と攻略を進めていく。

ドナッティさんは、事前のレクチャーで七層について知っていたらしく、さすがに真っ青な顔でついてきていた。

さらに10層まで到達し、ボスのレイスを<キュア>と<サンダーボルト>で圧殺する。


「ご感想は?」

「銃が役に立たない事は分かりました」

ドナッティさんが答えた。

「役に立たない事はありません。大鬼までは充分対応出来ると思います。スケルトンも当たり所が良ければ倒せる気がします。10層までで倒せないのは、レイスだけだと思います」

兄貴が解説する。

「問題点としては、銃はまず弾薬が高価だと言うこと、扱うために習熟が必要なこと、誤射で味方を傷つける恐れがあることなどがあります。更に言うと、結局のところ、魔法の効率に勝てないこともあります」

<サンダーボルト>や<フレイムインフェルノ>があれば、10層クリアは容易い。

逆に言えば、こうした魔法が使えるメンバーがいない限り、現代兵器では10層をクリアすることは不可能だともいえる。

そうしたことを一つ一つ、兄貴が指折って二人に説明した。


おそらく、今夜は二人とも、書かねばならない報告書が山のようにあるだろう。

俺たちは、転移水晶を使って一層に戻った。

「ちなみに、この転移については、まだこの四人以外知るものがありません。申し訳ありませんが、これの報告や口外は禁止させてもらいます」

俺たちは、自力でクリアできない者達がこれの存在を知ることの危険を説明し、二人に理解してもらった。




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