日常の終わりと専業冒険者 10
アメリカから帰って、まず真っ先にしたのが退学の手続き、会社登記の改訂、不動産購入などといった「オヤジの手伝い」だった。
あとは俺のパスポート取ったり、刀匠の藤島さんのところに行ったり、横田基地で新しい装備品を借りたり……。
俺たち四人にとってあまりにヘビーな体験だったカリフォルニアのダンジョンでのレスキューは、まあはっきりトラウマとしての症状を出しつつあったりしたために、ダメ元で総理に諮問委員会を作ってもらいに行ったら、あっさり認めてもらえたのだった。
つまり、冒険者活動に対する諮問委員会の設立だった。
日本のトラウマの専門家の先生とちゃっかり知己になって、俺たち四人は早速診断してもらい、セラピーを受けたりしていた。
それと共に、警察、自治体、刀剣商や刀匠といった各分野の専門家達が、「どうすれば現代社会において冒険者という商売が興ったとき対応できるのよ?」といったことを比較的真剣に議論しているのだった。
俺たち――俺と兄貴は
「日本刀はダメでしたすいません」
と、ぼろぼろにした10本以上の悪い例と共に、諮問委員達に説明する。
あわせて、ドロップで入手した槍を見せ、とりあえず今はこれをメインウェポンにしてることを説明した。
「お二人は米軍の戦闘もご覧になってきたわけですが、銃による駆逐についてどうお考えですか?」
などという質問が、防衛官僚から為される。
「えー、一定の効果はありますが、選抜された優秀なアメリカ軍の兵士達とM-4という比較的高性能な銃でも、第七層であわや一小隊全滅という危機に陥ったわけでして」
なにをか況んや、ですよ、と。
「銃を携行するメリットはありますか?」
という直接的な問いには、
「米軍の兵士達は自分で分解してメンテナンスが出来ます。そういう訓練を受ければ、護身用として有用だと思います。俺たちは銃なんて撃ったことどころか触ったこともないような素人ですから、よほど訓練をしないと無意味な上に、同士討ちの危険や暴発の危険さえあります。あと、銃弾は経費が高い気がします」
「銃弾が通用しない敵はいるんでしょうか?」
「います。十層のボスは、槍も刀も通用しません。魔法攻撃が使えないと勝てないかも知れません」
「このような状況の中で、日本刀に何らかの所有メリットがあるのでしょうか?」
などと刀剣商から問われると
「日本刀は、肉弾戦を仕掛けてくる敵に対する護身用途としては大変に優れた武器だと思います。長槍で対応しきれないときに、あるのとないのとでは全く安心感が違います」
と答えてみたり。
実際問題、自分の命はお金には換えられないのだから、持てる範囲で理想的な安全策をとりたいというのは偽らざる人情だと思うんだよね。
「えー、皆さんが米軍から衣服や防具をお借りになっていることにつきまして、その目的をお教えください」
これは政府肝いりの素材メーカーやスポーツ用品メーカーさんだな。
「まず、特定の魔物達は『魔法』というものを使ってきます。その中に、炎をこちらに叩き付けてくるような相手がいるわけです。難燃繊維で出来た戦闘服、下着。耐打撃用の膝や肘、弁慶の泣き所やくるぶしを護る防具。それに盾ですね。そうしたものは難燃性じゃないと引火したときに大惨事になるわけです」
「えー、ダンジョンの中で走行するようなですね、人や荷物を運ぶ道具ですが、こうしたものの需要のほうはいかがでしょうか?」
自動車メーカーさんだな?
「ダンジョン内は少なくとも十階層あたりまでは一片五キロ程度の正方形の迷宮なんじゃないかと予想されます。もし階段を上り下りでき、横幅をそれほど取らず、排気ガスを出さない製品だったら、大きな需要はあると思います」
「皆さんには必要ないのでしょうか?」
「私は<収納>を持っているので不自由を感じませんが、収納がないメンバーだと荷物運びは難渋するでしょう。必ず必要になると思います」
「通信機器についておたずねします。米軍では一時期通信不能に陥ったとのことですが、裏を返せば、それまでは上層の司令官と下層の現場担当官は緊密に連絡が取れていたかと思うのですが……」
「あ、はい。ダンジョンの岩盤は電波を通さないようで、各フロアの上り階段と下り階段のそれぞれの部屋に中継器を設置して通信していました。要するにその装置を維持できなくなると通信が途絶えるわけです」
「維持できなくなった理由はなんでしょう?」
「分かりません。兵士が離れたせいか、もしくは魔物に壊されたのか」
各分野の専門家達に、俺たちは可能な限り答えていく。
次の人はずいぶん俺たちに含むところがありそうだな。
「ダンジョンに潜るメリットは? 金をかけて時間をかけて、人命までかけて、なにか得られるものはありましたか?」
「……」
兄貴はとっさに答えられないようだった。
俺は、収納から例の金貨を取り出す。
「第十層の宝箱から、これが出てきました。もし成分分析などを希望される研究所などがありましたら、ほかの金属製品や石などと一緒に貸し出しをしてもかまいません」
「ふう」
さすがに長時間質疑応答をしていると疲れる。
俺と兄貴はティサーバーからお茶をもらって飲んでいる。
そこに、総理が入ってきた。
「本日はお時間を取っていただき、ありがとうございました」
「あ、いえ。こちらこそ有意義なお話をさせていただけました」
兄貴が頭を下げる。
「ところで、最後の質問をされた方は……」
「ああ、あれは医療関係ですね。あの方は……次回は委員から外れているでしょう」
医療関係者の中には、俺の恢復能力に懐疑的であったり敵視してる向きもあるんだそうだ。
「とにかく、お二人の分科会へは産官あげてすごい参加希望者があるんです。」
それはありがたい。
俺たちは日本で活動するわけだし、日本企業の協力や、法整備なんかが進むと嬉しい。
「ところで、奥多摩ダンジョン周辺の民間地買収の件ですが、本当に第三セクターでやらなくて良いのですか?」
「はい。お申し出はありがたいんですが、資金も自前で用意できますし。立ち退きの話し合いだけご協力いただければ、あとはウチが買い取ります」
近所には老舗旅館などもある。上物をそのまま移設したいとかの話も出てくる。
その辺を当事者同士だけでやると、感情的な対立が心配だった。
「近隣住民の立ち退きや移設については、専門部局で対応します」
「ありがとうございます。あとは……そうですね、装備について、はやく米軍に借りている状況を何とかしたいです。せっかく日本には各分野で優れたメーカーがありますし」
兄貴のその言葉に、
「そうですね、その辺は政府としても皆さんに期待したいところではあります。ご存じのように日本の場合自衛隊が独特の立場の中にあります……そのせいで、はは。公然と支援が出来る米軍さんがうらやましくはあるんですが」
と、総理が頭をかく。
「いえ。本音では私たちも米軍の火器には期待していたんですが、M-4のような自動小銃でも討ち漏らす魔物が出てきますんで。それに、熟練して安全に使いこなすのは難しいです。金銭的にも、能力的にも」
「ほう、つまり銃のたぐいは……」
「護身用にしか役に立たないですねぇ。一般の冒険者が持つことの社会的なデメリットを考えると、銃刀法を改正してまで持たせる必然性は感じません。それに、魔法を習得したほうがよほど安全ですから」
シャーロットさんは仕事を辞めたし、残りの三人も退学してしまったので、人に会うとき意外は基本、ダンジョンに潜れるようになった。
それと、各分野の技術者の人とかを連れて四層くらいまで潜る接待的な攻略が増えている。
俺が子供の頃少年野球でお世話になった大阪のトップ企業なスポーツ用品生産業の開発者。
CCDカメラ技術で世界的に有名になった家電メーカー。
難燃繊維の開発・生産で世界的に有名な繊維企業の技術者には、アンチマジックをかけてわざと敵の魔法攻撃を食らってもらったりした。
そして、こうした映像をシャーロットさんの部下達が編集し、提供する。
一時期あった日本政府とのわだかまりもこの頃ではようやく取れて、主に法的な支援を考えてもらえるようになっていった。
そんなことを二週間ほどもやってるウチに映像資料が充実したので、接待探索は取りやめになり、俺たちはようやく、十層以下の攻略に進めるようになった。
これでようやく、専業冒険者として、活動できる基盤が整ったというわけだ。




