日常の終わりと専業冒険者 4
兄貴の「実用です」という回答に目を丸くした店主は、まずシャーロットさんを見て、制服姿の沙織を見て、やがて俺を見た。
「……ああ」
一分ほど俺をじっと見つめたあと、店主が声を上げた。
「ダンジョンの、人たちか」
「そうです。もしCCNのビデオを見てもらえてたんなら分かると思います。あの映像では金属バットで戦ってました。それでは勝てない敵が出てきました。俺たちには武器が必要なんです。それも、今すぐ」
兄貴の言葉に熱はない。事実を淡々と店主に伝えている。でも、兄貴の目は燃えるように強い。
「無銘の現代刀。白鞘ではなく日本刀としての拵えが必要。なるほどな。よく勉強している。
だがいいか? 証明書が発行されると言うことは必ず銘が刻まれると言うことだ。無銘の安物、という商品は、日本刀には、ない。
……そうだな、評価を得た名工の一級品ではなく、修行中の中堅職人の打ち物でいいだろう?」
店主の頭は冷えたようだ。
「はい」
兄貴も答える。
「ですが、予算内で買える刀が一人あたり5本、最低でも一人2-3本は欲しいんです、すぐに」
日本刀という武器は難しい武器だ。慣れるまでは実は刀を持っている本人が、一番の敵になる。
袈裟斬りをして自分の足を切る。扱いかねて指を切る。冷静さを欠けば、仲間を傷つける恐れさえある。
だから一刻も早く熟練したい。
兄貴の言葉に店主はうなずいた。
さすがにプロだった。
商売敵の同業者のどの店に、どの倉にお目当ての刀がどれだけあるのかこのオヤジは知っていた。
十数分の電話で、兄貴の望む金額の刀を8本揃えて見せたのだった。
金額を聞いて、近所の銀行からお金を用立てていた俺たちのほうがよほど時間がかかったのである。高額になるとATMでは下ろせないからな。
ウチは借金経営で貧乏ではあったけど、コンビニやってたので俺でも知っていたのだ。
現金で一括払いで購入し、刀を俺が収納する。
刀剣商のおっさんはさすがに収納にも驚いていたが、ニュースを見て知っていたらしい。
「いいか? 実用に耐える日本刀が欲しいというのなら、例え現代刀でもやはり50万では厳しいと思った方がいい」
「そうですか……」
日本刀は、刃だけではなくほとんど全てがハンドメイドの一品ものだからだ。店主は説明する。
「そうだ。あんたら奥多摩だったな。知ってるか? あんたらに渡した刀の内、3本を打った刀匠は、青梅に住んでいる」
「青梅に?」
兄貴が目を丸くする。
「ああ、沢井にいる」
奥多摩町のすぐ隣じゃんか。青梅線でも沢井の次の駅から奥多摩に入る。本当に驚くほどのご近所さんだ。
とりあえず兄貴は、
「先方に俺たちの事を伝えていただければうれしいです」
と店主にいって、店を出た。
「横田基地に寄っていきましょう」
シャーロットさんがいった。
「シンイチのアイデアを聞きたいそうです」
というわけで俺たちはその足で横田基地へ。まあ、帰り道だしな。
ライオットシールド、という盾がある。
昔はジュラルミン製の、機動隊が持っているような覗き穴の付いた全身盾が一般的だったが、今のものは透明な樹脂製で、大きさも様々ある。
兄貴は、右手で刀を使い、左手にこの盾を持つか、あるいは左手に装備して使いたいと司令官にいった。
「なるほど、お聞きするとますますSWATの装備に近いです」
シャーロットさんが今日も通訳をしてくれる。
「手に入りますか?」
「三日もあれば」
司令は請け負ってくれた。
俺たちはこの頃、まだ学業と冒険者を両立させるつもりだったので、俺と沙織は高校に、兄貴は大学に行っている。
正直期末前でこれだけ欠席しているといろいろ厳しい。
夏休みの補習は避けられないだろうと内心辟易しながら、俺なんかは学校に通っていた。
沙織はアレでも……天然が入っているにしては成績が良かった。
兄貴は大学生なんで、出欠は問題になるんだろうが高校生達ほどではない。
問題は俺だ。一学期の7月上旬で、すでに20日レベルの欠席がある。病欠と公欠ではあるが、病欠は正当事由にならない。60日で留年、の文字がちらついてくる。
そして週末土曜日。俺たちはシャーロットさん含め四人、満を持してダンジョンに潜った。
装備は、米軍の難燃繊維の制服一式、ブーツ、ヘルメット。
そして新たにSWAT用らしいボディプロテクター、ニーシンパッド、エルボーパッド。
それに、左手用のライオットシールド。
四人とも、腰に日本刀を佩刀している。
シャーロットさんの刀については、兄貴のストックを提供することになった。
彼女は兄貴にぽんと現金で払った。
「社長賞が出たので」
と嬉しそうにいっていた。
フォーメーションは兄貴と俺が前衛、シャーロットさんを挟んで沙織が後列。
スタート前にシャーロットさんにもファイアボールとアンチマジックを習得してもらう。
やはり、迷宮内にいる時間が長ければ長いほど、体内にとどまる魔力が増えるみたいだ。
それと、敵を倒す現場にいることも影響があるのかも知れない。
シャーロットさんは俺たちの使う魔法を見ることと、その魔法の意味を説明することですんなりと魔法を習得した。
特にファイアボールの弾速はなかなかのもので、まだへろへろな沙織は
「むう」
と一方的にライバル視していた。
さて。
今回の俺たちの目的は「日本刀を扱う技術の完熟」だ。
飛行するコウモリが相手だと練習にならないので、俺たちはエンカウントした瞬間に<ファイアボール>で焼き殺しつつさっさと二層に降りる。
ここからは敵がゴブリンだから、本当に良い練習相手になってくれた。
「ギー!」
三層から出てくる長剣持ちのゴブリンの斬撃を刀で受けたとき、俺は嫌な汗をかいた。
ガキン、とやけに透き通った金属音を発した瞬間、黄金色の火花が散ったのだ。
おれは鍔でヤツの剣を跳ね上げて、がら空きの胴をさくっと切り裂いた。
ヤツが煙になって消えたあと、俺は刀を目の前に立てて、はっきりとした刃こぼれを見つけた。
こぼれたのは鍔に近い部分。根元に近いから、これはもうどうしようもない。剣先とかだったら、研ぎ直しの技術で何とかなることもあるらしいが。
「あー……」
刀もへこむが俺もへこむ。50万がこれでパーだ。
「ほら次行くぞ」
兄貴は気にしないことにしたらしい。見ると、兄貴はもう抜き身の状態で刀を持っている。
俺の視線に気づいたのか兄貴は
「曲げた。もう鞘に入らない」
しかめっ面して言った。
三層のボス部屋で前衛と後衛を入れ替える。
ナイフとメイジを魔法で瞬殺し、長剣をシャーロットさんと沙織に相手させる。
はじめの10数体では沙織がとても苦戦していたが、やがてかなり器用に左のライオットシールドと右手の日本刀を使って戦えるようになっていった。
これが、習うより慣れろってやつだろうか。
結局二日かけて、俺たちは何とか日本刀を使う場合の戦いというものをおぼろげながら理解した。本質的に両手で扱う武器なだけに、盾との使い分けが難しかった。ライオットシールドについては、左手に装着できるような専用品の開発など、要研究だな。
それに、周囲に仲間がいるときの刀の振り方とかもいろいろ勉強になった。
これは、仲間のほうでも意識してもらうしかない。振り上げたときに後方にいる仲間に切っ先が当たるとか、考えたくもない。
あと、時代劇みたいに日本刀でつばぜり合いなんかすると、すぐに刀は欠ける。
これはもしかしたら、俺たちの腕が悪いせいかもしれないが、そんな剣の達人のような真似はさすがに出来るものではない。
ちなみに、二日目のラストにはシャーロットさんたっての願いで、五層ボス戦に突入した。
兄貴が青い顔をして小刻みに震えてるのに気づいたのは俺だけだろうか?
「おい兄貴」
声をかけると、はっとした表情で俺を見て強がった。
「さあ、いこう」
だがその声には若干隠しきれない震えがあった。
トラウマなんだろうか? まずいな。
いや、ある意味当たり前なんだ。死にかけたんだしな。
だが、ここでボスで出てくるって事は三層くらい下になると雑魚としてワラワラ出てくる可能性がある。
もし苦手意識を克服できなければ、兄貴の旅はここで終わりだ。
思えばここ一週間ほどの兄貴の装備へ懸ける気合いはいつも以上のものがあった。
日本刀にしろプロテクターにしろシールドにしろ、兄貴がチョイスしたのは言うまでも無く、あのオークを相手に戦うための、兄貴なりの最良手だったんだろう。
その真価が問われるわけだ。
「雑魚はシャーロットさんと沙織ちゃんで。俺と恭二はメイジを魔法で粉砕してオーガに当たる。いいね? <アンチマジック>は全員かけ直しておいて」
兄貴の指示に全員がうなずく。さあ、狩りの時間だ。
俺と兄貴が前線として突出。その背後から女性陣が魔法で前衛を屠る。
前衛が煙と消えて見えたメイジを俺たちが<ファイアボール>で片付ける。ここまでは計算通りだ。
今回は、俺も兄貴も日本刀を装備している。
躍りかかってくるオーガを一刀両断した。
「恭二、手を出すな!」
兄貴はどうしてもボスのオークと一騎打ちをしたいらしい。
兄貴がじりじりと左の盾を先頭に間合いを詰める。
オークは意にも介さずどかどかと大股で兄貴目指して歩き出す。
その間、3メートルほどだろうか?
いきなりなんの前触れもなく兄貴が走り出した。
なんの策もない直線的な前進。まじか……俺は固唾をのんだ。
オークは、絶妙に間合いを取って、兄貴に向かって横なぎに棍棒を振るう。
やば!
その棍棒をこれまた正直に兄貴は左の盾で受ける。
だが。
その瞬間兄貴は体をオークの懐に滑り込ませた。
結果として盾に衝突しつつ、オークの棍棒は受け流される形になった。兄貴は踏み入れた右足を軸にオークに向かって右手一本で日本刀を振る。
その日本刀はオークの土手っ腹を横一文字に切り裂いて、とたんにオークは煙と化す。
「どうだあぁ!」
ひゅん、と日本刀をまるで血しぶきを払うように振って、兄貴は叫んだ。
「……気は済んだか?」
俺が言うと兄貴はにやっと笑った。
「ああ。悪かった、もう大丈夫だ」
兄貴はそういった。そこまでだったら主に俺がかっこよかったのに
「まだまだ、馬鹿なお前だけじゃ沙織ちゃんが心配だからな。俺が一緒に付いてってやらなくっちゃな」
なんてかっこいいことを抜かすので、思わずほろりとしてしまったじゃないか。




