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 私のふしだらな噂を流した犯人は未だに特定できなかった。お父様が王家に放った密偵からも王妃様がどこから情報を得たのか、という話が一向にあがってこなかった。でも、正直私の噂を流した犯人なんてもうどうでもよくなってきていた。何故なら、今はコーネリアス殿下との縁談話しがトントン拍子に進んでいたからだ。一時は旨味がないと縁談話を一蹴していたお父様も、現状を見てコーネリアス殿下でも仕方ないと思い始めたみたいだった。私は屋敷の二階にあるテラスにいた。そこで枝に止まる小鳥を眺めながらお父様の言葉を思い出していた。


『ヘンリー殿下が無理であるなら仕方あるまい。望みからは遠ざかるが一縷の希望をもってコーネリアス殿下に託すしかないだろう』


 私の父ロス=フェレイラ公爵は現実主義者だった。1番目の手がダメなら次の手で……、そう考える男だった。それがちょうどコーネリアス殿下が望む条件と合致していたらしい。詳しくは分からないが、それがお父様の希望に沿うのであれば良いと思った。私は所詮お父様の駒に過ぎないのだから。そんな中でもハッキリと私に好きだと言ってくれたコーネリアス殿下の妻になろうと思った。才能は王国でピカ一だし、何より異母兄弟とはいえ王家の人間なのだ。公爵令嬢の結婚相手としては申し分ないだろう。それに……。本当の意味で心が動かされた唯一の男性だった。ヘンリー殿下の時は好きになるよう努力しようという心がまずあった。だけど、今回は本当に私の心に入りこまれた感じ……。


 ここ一ヶ月のあいだ、ずっと憂鬱だった。あらぬ疑いをかけられ、婚約は破断し、私は世間の晒しものとなった。その頃からあまり状況が変わっていないといえばそうなのだが、少なくとも私がそのような女ではないと心から信じてくれている男性から求婚されたことはかなり嬉しかった。


 気づけばコーネリアス殿下は頻繁にフェレイラ家の屋敷に足を運ぶようになっていた。


「シャーロット元気か? 小鳥を見ていたのか?」


 言葉遣いは相変わらずのぶっきら棒だけど、不思議とそこも愛らしく感じてきた。


「そう、あの枝に止まっているのは、アーレンとレーフ」

「シャーロット。君は、小鳥全てに名前をつけるつもりか?」

「別にそうではありませんわ。ただ、あの二羽をそう呼びたくなっただけよ」


 アーレンとレーフは遥か東方の伝説。最初の王アーレンと妻レーフは強い絆で結ばれた夫婦であったという。二人はやがて強大な帝国を打ち立てた。妻レーフが危機に陥った時、アーレンは己を顧みず、左手を失ってまで妻を救い出したのだと言う。童話に出てくる女の子の憧れ。コーネリアス殿下は僅かに頬をあげてこう言った。


「君はこういいたいのかな? 俺にアーレンたれと」


 私は自分の金髪の髪をクシャクシャにしたい気分になった。流石にこの童話は男の人は知らないと思ってつい口走ってしまったからだ。もう17になるのに未だに童話の男に恋焦がれていると気づかれたくなかった。だが、気づいてしまうのがこの男の特徴だった。


「ははは! 俺はそんな君の無邪気な所が好きだ。他の貴族の女は無意味な所に頭を使い過ぎる。それも大抵は下衆のような考えにのみ頭を使う。そんな女は好きになれない……。だが、君は違う。俺は君のためなら左手だけじゃなく左足だって捨てよう」


 正直、シビれた。女性であれば生涯に一度くらいは聞いてみたい台詞に、更に左足まで追加したのだ。この追加ヴァージョンは私の胸に深く刺さった。言われてみるまで、こんな臭い台詞に私が酔うわけがないと思っていた。だが違った。ばっつりハマっていた。そう言えばイナンナが言っていた。


『臭いことを言う男ですか? それはいるといっておきますわシャーロット様。特にベッドでそんな台詞を吐く男は多いですわね。でも、何と言いますか、不細工な男がいっても滑稽で笑えて来ますわ。そこそこでもダメですわね。イケメンのみ許す……、という感じでしょうか。でも身分の低い男が言ってもダメですわね。せめて自分よりも身分が高い男が言わないと何となくロマンティックな雰囲気になりませんのよ。せめて爵位がある男……、理想は王子ですわね。この国ならヘンリー王太子殿下、そしてコーネリアス殿下この二人は最上級でしょうね』


 ――イナンナ……。私……言われてしまったわ……、イケメンの最上級に……。これは私がシビれたとしても決しておかしくないわよね?


 コーネリアスは追加ヴァージョンを言い終ったあと、私の手の甲にキスをすると、お父様と話しがあるということで私の部屋から去っていった。私は胸のドキドキが止まらなかった。


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