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第四章 魔獣 part5 (協力)

 地下の研究室は相当に安っぽい造りなのかもしれない、部屋の隅の天井随所から砂が直線状になって吹き零れていた。

「地震ですよ! 地震!」

 黒髪を揺らしながら琴子が騒ぎ出す。しかし、今起こっている現象は彼女の言うようにただの地震というわけではなさそうだった。屋敷全体が震えたのは持続的なものでなく一回限り――しかもそれはまるで巨大な鉄球で屋敷を殴りつけたかのような振動だった。

 続いて今度はけたたましい銃声が聞こえてくると――忠孝はなにかしらの察しをつけたのか、たちまちに血相を変えた。

「まさか……そんなはずは――!」

 そう叫ぶなり、忠孝が険悪になった空気や目の前の二人のことなどは忘れたかのように、すぐさま階上へと向かって駆け出した。

 忠孝の背中を見送って、あっけにとられたように立ち尽くす光牙。ただしそれはひそかな歓喜に身を震わせてのことだった。

(この騒ぎは――――)

 その推測を確信させるように外から獣の叫びが聞こえる――。それは光牙の待ち侘びた咆哮であった。

「センパイ! 今のって!」

 いつの間にやら机の下に避難していた琴子が、そこからひょっこりと首だけを覗かせて叫ぶ。光牙の耳にした獣の声を彼女も聞き取ったのだろう。

「……おまえはそこでじっとしてろ。間違っても外に出るんじゃないぞ。狙いはオマエらしいからな」

「えっ、でも――」

 一方的にそれだけ忠告すると、光牙は琴子を置き去りにして忠孝の跡を慌てて追いかけた。一階の廊下に躍り出ると、忠孝の姿はすでに通路の奥に遠のいている。

「待てよ!」

 光牙が慌ててそう呼び止めると彼は振り返った。ちょうど小窓から差し掛かる月明かりが、忠孝の慄然とした立ち姿を暗がりの中に淡く浮かび上がらせる――

 人間学校の制服であり、人獣族の正装でもある詰襟の黒外套。その首元には共生特課の隊員のみに与えられる銀色の襟章が見せびらかすように刺してある。鎖を咥えた獣の彫刻――それは人獣族が人権を獲得した時の象徴であり、理性を律する人獣族を意味するシンボルだ。その優れた者だけが持ち得る勲章が忠孝の凛々しい表情をよりいっそう誇らしく象っている。

 光牙は彼のそういった得意げな顔を打ち砕くように言った。

「どうやら静音はまだ生きているみたいじゃないか」

 そのことが虚言になってしまった自分の失態に苛立ったのだろう、忠孝は不愉快そうに眉根をひそめた。それでも彼の余裕めいた表情を崩すほどの効果はなかった。

「……だったら改めて彼女を仕留めるだけの話だろう」

 いつもの冷静な口調で忠孝が答える。そして、忠孝はさらに付け加えた。

「もし――きみがその邪魔をするつもりならば……今度は容赦できないぞ――」

 そうして身構える忠孝。そのことに光牙は嘆息した。

「忠孝さん。俺がそういう気なら、とっくにあんたに殴りかかってるさ。問答無用にな」

「昔、人間学校を去った時のようにか?」

 挑発するように忠孝。

 しばらく目線だけで対峙してから光牙は冷静に続けた。

「……あいにくだけど皮肉には付き合わないぜ。今は口論なんてしている場合じゃないはずだからな」

 すると忠孝は肩すかしをくらったかのようになって、構えていた姿勢を緩めた。ただし、その視線にはまだ猜疑心をわずかに隠し残している。

「まさか……ぼくらを嫌っているはずのきみが協力でもしてくれるっていうのかい?」

「あんたらに協力するつもりなんてないさ……ただ彼女を放っておけないって考えは一緒なだけだ」

「その結果……彼女を殺すことになったとしてもか?」

 忠孝の問いかけに、光牙は静かに頷いた。

「……それは誰かがやらなくちゃいけないんだろう」

 会話はそこで終わった。

 忠孝はそれ以上は何も言わず無言のまま振り返ると、背後の暗闇に向かって再び走り出した。それが承認ということなのだろう、光牙もまた黙って彼の跡を追いかけた。

 屋敷は広い造りで、子供であれば日が暮れるまで隠れんぼで遊び尽くせるほどの構造であった。とはいえ大の人獣族が本気で走れば狭いもので、光牙と忠孝はものの一分もしないうちに屋敷の玄関へと到着していた。そうして二人がほとんど同時に立ち止まったのは――眼前の変わり果てた光景に驚いたからだった。

「これは……」

 玄関にぽっかりと生まれた巨大な風穴――頭上のシャンデリアが明るい煌きを灯す中、階下の地面にはついさっきまで扉や壁を形成していた残骸たちが凄惨に散らばっている。まるで屋敷の入り口全体に洪水でも流れこんできたかのように。

 そして二人の視線がすぐさま集中したのは、巨大な風穴から丸見えになった外の庭園であった。管理の行き届いた石材と緑の織り成す調度の高い庭園――その中心に騒動の元凶は君臨していた。


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