【特別短編】鯛焼きの湯気と、誕生日
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お久し振りです。
今回、ナユタ君の誕生日11月19日を祝して特別短編をアップしました。
本当は続きを更新すべきなのですが、どうしても手が回らず……。これでご勘弁頂ければ、と。
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「ちィっす。おお、皆揃ってンな」
カラハが部室に姿を現したのは、風の少し冷たい土曜の午後の事だった。学園祭も無事終わったこの時期は取り立てて部としての活動は無いものの、定例会議の名目で部のメンバーは集合する事となっていたのだ。
「遅いよカラハ、もうすぐ三時になっちゃうよ」
「ギリギリになっちまったか、悪りィ悪りィ」
軽い口調で謝りつつ長椅子に腰を下ろすカラハにナユタが眉をしかめるが、まあまあ、と向かいに座った寮生長がそれを宥めた。
「いいじゃないですかナユタ君、定例会議とは言っても今日のは忘年会の幹事決めぐらいしか議題はありませんし。そもそも遅刻した訳でもないですし、そう咎める必要はありませんよ。……おや、カラハ君その袋は?」
あぁこれな、とカラハは二つの紙袋を机の中央へとずいっと押し出した。茶色い袋からは何やら仄かに良い匂いが漂っている。
「そこのスーパーに移動販売車が来てンの、来る途中にたまたま見掛けてな。今日ちィと肌寒いから丁度いいかと思って買って来たんだ。冷めねェ内に皆で食べようぜ」
「おっぬくい食べモンか!? なんやなんや、開けてもええか?」
宮元がカラハの返事も待たずに袋に手を伸ばす。ガサガサと音を立てて開くと、ほわっと香ばしい匂いと共に湯気が立ちのぼった。中身を覗き込んだ宮元の目が驚きに大きく見開かれる。
「──鯛焼きや!」
瞬間、女子寮勢からわっと喜びの歓声が上がる。やはり女子は甘い物が好きというのは間違い無いようだ。更に言うなれば喜んだのは女子だけでは無い。小腹が空いたこの時間に温かい鯛焼きというのは非常に魅惑的だ。皆が皆、そわそわと落ち着きが無くなっている。
「おや、袋ごとに味が違うのだな……成る程、こっちがあんこで、こっちがクリームか」
「今日は教授とレイアさんは来ねェんだろ? 五個ずつ買って来たから、一人好きな方一個ずつな」
袋に書かれた『つぶあん』『カスタード』の文字に顔を綻ばせる鳩座の言葉を受け、カラハが口許を歪め笑った。
早速どちらを食べるか女子寮勢が色めき立っている。難しい顔でツクモが二つの袋を見比べた。
「ヒトミねえさま……じゃなかった先輩、どっち食べます? あたし、迷っちゃいます」
「そうね、わたくしはどっちも甲乙付けがたいですわ……そうだツクモちゃん、どうせなら半分こして両方の味を頂くというのはどうかしら?」
「ヒトミ先輩、それ天才です!」
ヒトミの提案に目を輝かせるツクモノ横で、能古がどうしようかと眉根を寄せる。それを察した寮生長がふふっと笑いながら能古に笑顔で話し掛けた。
「ヒトミさんとツクモちゃんは二人で半分こするようですし、能古さん、では私と分けっこしませんか。私も両方の味が気になりますので」
「あ、ホ、ホントですか!? でっででは宜しくです、パパせんぱい!」
一方、宮元はつぶあんを、鳩座はカスタードをそれぞれ手に取った。二人は分け合う事はしないようだ。好みがはっきりと分かれているのだろう。
「イズミちゃん先輩はどっちがいいっすか?」
そしてライジンが問うと、イズミは当然とばかりに表情を消して即答した。
「両方」
「あ、えと、じゃあ俺と半分こ……」
「両方」
「……一人で二匹は駄目っすよ、俺の分がなくなっちゃうじゃないっすか」
「りょうほう」
「……」
コントのような遣り取りをしている上級生組を横目に、ナユタは眉根を寄せて真剣に悩んでいた。
「やっぱここは王道でいくか、でもあったかくてとろけるカスタードも捨てがたい……」
「おいナユタ」
そんなナユタの肩をカラハが軽く叩いた。
「悩むぐらいなら俺と分けっこしようぜ」
そしてカラハは二種類の鯛焼きを手に取ると、それぞれ尻尾の辺りだけを契り残りを二つともナユタに手渡した。驚いて鯛焼きとカラハの顔を交互に見るナユタに、カラハは牙を見せて笑う。
「俺、あんま甘めェの得意じゃねェからさ。でもこの尻尾とかのカリッとしたとこは嫌いじゃねェんだ。だから残りは両方ともお前にやるよ、ナユタ」
「え、いいの……?」
ナユタの手の中にある、尻尾を失った鯛焼きはずっしりと重い。
「お前、明後日誕生日だろ? だから特別、な」
「……ありがと」
ニッと笑うカラハに、ナユタも口許を綻ばせた。
そして皆ワイワイと笑顔で鯛焼きを頬張るが、その食べ方は人によって様々だ。
宮元は豪快に頭からかぶりつき、鳩座は逆に尻尾から齧り付く。ツクモは半分に割った断面からで、先にあんこの分を平らげている。寮生長と能古は同じく断面からだがあんことカスタードを交互に味わい、そしてヒトミは上品に一口大に千切りながら食べ進めている。
ナユタは本来尻尾から食べ進める派だが、今回は尻尾部分が無いのでその断面から食べる事にしたようだ。カスタードを半分程食べ進めたところで、今度はつぶあんに移行するといった次第だ。
──そしてイズミとライジンはと言うと。
ライジンの「今二匹食べちゃったら晩ゴハン食べられなくなっちゃうっすよ」という必死の説得に頷いたイズミが、ライジンと半分ずつ分け合った鯛焼きを両手に何事かを考えていた。そしておもむろにあんこの入った頭部とカスタードの入った尾っぽ側の部分をえいっとくっつけて一匹にすると。
がぶり。
腹から思いっきりかぶり付いたのだ。
「──!?!?」
予想だにしなかったイズミの大胆な行動に、部室中に驚きが満ちた。しかし他の皆が注視する中、イズミは意にも介さず満面の笑みで頬一杯にあんことカスタードを詰め込んでもきゅもきゅと咀嚼する。
「……鯛焼きってさあ、よく『頭と尻尾、どっちから食べる』みたいな論争があるけどよ」
その様子を見ながらカラハがボソッと呟く。
「あれ見るとさ、そんなのどっちでも良くなってくるよな」
「うん、ホントそれ」
隣でナユタが大きく頷いた。
そう、何処から食べようが鯛焼きはやっぱり美味しいのだ。
特に仲間達と食べる熱々の鯛焼きは、格別なのである──。
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そんなこんなでナユタ君が誕生日、ついでにその翌日は作者も誕生日でした。
祝って頂ければ幸いです。
またきちんと続きも書く予定ですので、気長にお待ち下さるとありがたいです。
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