漂う匂いと、晴らす憂さ
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本当に久し振りになってしまい申し訳ありません!
ようやっと更新、男子寮組の決戦前。
どうぞお楽しみ下さい!
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それは男子寮組六名が揃って暗闇を進んでいた、そんな時だった。
──ふと漂って来たそれに気付き、すん、と誰ともなく鼻を鳴らす。
「……なんか、匂うよね。前にカラハ達が言ってたのって、この匂い?」
小首を傾げて呟くナユタに、ああ、と軽く鳩座が頷いた。
「そう、確かにこれだ。以前嗅いだ時にはこれよりずっと弱かったが」
「最初ン時は弱すぎて何の匂いか分からなかったけどよ……こりゃア……?」
次いでカラハが言葉を零しつつ眉間に皺を寄せ、すんすんと鼻を鳴らした。隣では宮元が同様に空気の匂いを嗅ぎ、そして何かを思い出したのかおもむろに視線をカラハへと向ける。
「ワイ、これ知っとるわ。バアちゃんがよく作ってくれたアレの……ホラ、アレやアレ……」
「アレじゃ分からないってば、宮元っち。でも確かに嗅いだ事あるよねこれ。ホント何だったっけ……?」
ライジンがツッコミながらも首を傾げ、寮生長やナユタも頷き同意する。答えは出ぬままに一行は歩みを進め、そしていよいよ三階へと辿り着いた。代わり映えせぬ暗闇の中を、警戒しながら六人は進んでゆく。
神殿へと近付くにつれその匂いは強まる。どこか懐かしさを含んだ、少し甘を帯びた独特の発酵臭──。
「あっ」
考え込んでいたナユタがハッと顔を上げた。皆の視線が集中する。
「これ、酒粕の匂いだ!」
どよめきが、おお、と湧いた。それだそれだ、と皆が口々に零す。
「そやそや、バアちゃんの粕汁の匂いや! 最近食べてへんからすぐに思い出せんかったわ」
「酒屋で呑む甘酒にも似てますよね、この米を蒸した甘い感じが」
「むしろどぶろくなんかの濁り酒に近い気もすンなァ」
皆で頷き合いながらも、一同は神殿の前でピタリと足を止めた。中からは酒粕の匂いと同時に、濃い瘴気の気配が漂って来る。
「で、だ。その酒粕の匂いが、あの巨大な蛇と何の関係があるってンだァ? 確かに蛇に酒はつきモンだけどよォ」
片眉を上げたカラハがいつものように槍を呼び出しつつ、怠そうに呟く。隣で小首を傾げたナユタもおもむろに数枚の符を取り出した。
「さあね。匂いの正体が分かってちょっとスッキリしたけど、それとこれとは別っていうか肝心のところはさっぱり」
「ほな匂いの真相解明したって意味無いやんかぁ!」
思わず飛び出た宮元のツッコみに首を竦めながら、鳩座もナユタの隣に並び立った。その手にはいつもと同様、愛用の居合刀が握られている。
「まあ分からなくとも何の問題も無い。こんな茶番も今晩で終わりなんだ、──倒す、それだけで充分だろう?」
戦闘の準備を進める三人のそんな遣り取りを見遣りながら、後ろにいたライジンはそっと寮生長に耳打ちした。その視線には後輩達への不安と心配の色が浮かんでいる。
「パパっち、皆いつもあんななの? 脳筋って程じゃないけど、ちょっとその……」
「ああ、……まあ今回は仕方無いでしょう。流石に皆、連日の闘いと試験期間とで疲れ切ってますから、考察したりする心の余裕が無いんですよ。考えようにもそもそも情報が少なすぎるってのもありますしね」
上級生の懸念を受け取りながら、寮生長は穏やかな笑みで言葉を返した。その口調は諦めが混じりつつも、三人に対する信頼が滲んでいる。
「そっか、そういう事ならまあ……いつもこんな考え無しのノープランってのなら困りモンだと思ってね」
「大丈夫ですよ、元々基本の役割分担は出来てますし。何より本気モードになった時の彼らは──気迫が違いますから」
寮生長の擁護に安堵したライジンは、眉根に寄せていた皺を緩めた。──と、そんな遣り取りを知ってか知らずか、突然カラハの声が投げ掛けられる。予想していなかったライジンの肩がビクンと跳ねたが、驚いてなどいないという風に直ぐに取り繕った。
「──ライジン先輩」
「っな、何かな、カラハっち」
「援護、お願い出来ますかねェ? 今晩の敵はこれまでで最大、手札は多いに越したこたァ無いですから。──それともさっきので霊力、ホントに全部使い切っちまったりしてないっスよね?」
カラハが肩越しに振り返りニヤリと牙を見せて笑う。その皮肉めいた笑顔に不敵な笑みを返し、ライジンは挑むように睨みながら胸を張った。
「舐めて貰っちゃ困るねカラハっち。俺っちの力はあんなんじゃ尽きたりしないっての」
「オッケー、頼りにさせて貰うっスよ。じゃあ先輩は鳩座と一緒に相手を攪乱しつつ、動きを封じるナユタの手伝いを頼ンます」
「了解っしょ」
そして、引き戸の隙間から神殿内部の様子を覗いていたナユタと鳩座が同時に頷いた。
「昨日より更にでっかいけど、基本は今までと一緒、とぐろ巻いて頭は神棚に向いてるよ」
「ただ瘴気が凄いから、まずはそれを僕とライジン先輩とで散らしてからいつもの流れ──でいいかな」
「よっしゃ、それで行くぞ。準備はいいか皆ッ!」
カラハの呼び掛けに皆の返事が重なった。ライジンと鳩座が構え、そしてナユタとカラハが引き戸に手を掛ける。
「レディ──」
緊張と共に霊気が高まる。一気に空気が張り詰める。後ろに下がり見守る寮生長と宮元の喉がゴクリと鳴る。
「「「──ゴー!!」」」
合図と共に開け放たれた扉。一気に流れ出す、黒煙めいた黒い瘴気。
同時にライジンと鳩座の翼が羽ばたき、濃金と紅色の霊気が燐光となって清涼な風を生む。舞い上がった二対の翼が、立ち込める黒霧の瘴気を押し戻す。
薄れ始めた黒い靄の中、妖気を孕んだ赤い瞳がゆっくりと、侵入者達を睨んだ。
白く長大な牙が鈍く光る。紅の眼が敵意の輝きを帯びる。
巨大な、巨大過ぎる蛇の鱗が虹色を帯びた。鎌首をもたげた堂々たる姿に、それでも四人は怯まず、──それぞれの顔に獰猛な笑みを浮かべた。
「蛇如きにこの鴉天狗が負けてたまるかっての!」
舞い上がったライジンの濃金の風が瘴気を押し留める。
「瘴気共々、疾風の刃に斬り裂かれるといい……!!」
鳩座の紅色の燐光が疾風と化し空中から黒霧を斬り刻む。
「おらァッ! 蛇野郎ッ、今日がお前らの年貢の納め時だッッ!」
低く構えたカラハの三つ叉の槍が鈍銀の斬撃を放つ。
「──僕らの寮を散々荒らしてくれたその暴虐、倍どころか百倍にして返してあげるよ」
そして、ナユタの放った符が蒼白い炎で瘴気を燃やし浄化する。
荒れ狂う嵐のように、霊気が吹きすさぶ。それはあたかも鬱憤の爆発。
ついでにテスト期間の憂さまでも晴らすかのような四人の姿を見守りながら、寮生長の背に隠れた宮元はその身を震わせた。
「お前らの気迫の方が怖いっちゅうねん……」
「……同感です」
ぽろりと零れた宮元の呟きに、寮生長もまた深く頷いたのだった。
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昨日11月19日はナユタ君の誕生日!
そして今日20日は作者の誕生日!
という事で頑張って久々に更新!
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今後とも是非是非宜しくなのです。
それでは次回や他作品も乞うご期待、なのです!
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