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罪な夜食と、害獣駆除


  *


 大學の女子寮であるところの貞華寮。その応接室は、男子寮と同じく玄関ロビーにある管理室の横を通った先、奥まった場所に存在していた。


 適度に広い部屋にはレースのカバーが掛けられたふかふかのソファーが据えられ、応接室の名に恥じぬ上品な地模様の入ったクリーム色の壁紙と毛足の長い絨毯が、シックでありながらも温かみを醸し出している。中央の硝子のローテーブルにはレース編みのセンターが敷かれ、その上にはピンクの薔薇が生けられた小さめの花瓶まで飾られていた。


 ──そんな寮生の自室とはまるで別世界じみた応接室の中で、イズミはもきゅもきゅとクリームメロンパンを頬張っていた。


「イズミ先輩、ジュースここに置きますね。あっチョココロネとシュークリーム、次はどちらがよろしいですか?」


「……両方いっぺんにはダメ?」


「欲しいのでしたら両方同時にでも構いませんよ。ああ、生チョコロールやイチゴプリンも人数分ありますから、焦らなくても大丈夫ですよ」


 イズミの前にはコンビニで買える精一杯の美味しそうな食べ物が次々と並べられていく。普段は無表情なイズミも、この甘い物だらけの接待ぶりにはニコニコと顔を綻ばせていた。


 夜も更け、九時の門限点呼と夕拝の終わった時間。応接室にはイズミと部メンバーの女子寮生三人がソファーに座り、補給という大義名分のもとに罪深き夜食タイムを楽しんでいたのだ。


 遠くまで買い物に行く時間が無かった為に、いずれも近くのコンビニで買い揃えたものだが、それでも普段あまりスイーツを食べる機会の無い寮生にとっては充分魅力的な御馳走なのである。


「イズミ先輩の食べっぷり、気持ちイイですよね。そっか、霊力も気力や体力みたいなモノだから、いっぱい食べればあたしも霊力切れを防げるのかな」


「だからってツクモちゃん、普段から食べ過ぎちゃ太っちゃうわ。今日はあやかしが出るって分かっているから特別なのよ?」


 イズミにつられて次々とスイーツに手を伸ばそうとするツクモに、ヒトミは眉尻を下げてうふふと楽しげに笑う。しかしその遣り取りを聞いていた能古がエクレアを持った手を止め、あわわと身を縮こませた。


「そそそ、それだと、わ、私は食べちゃダメって、こ、ことに……はわわわわ」


「……みんなで食べた方が美味しいから、メガネちゃんも遠慮しちゃ駄目」


 おどおどとし始めた能古にイズミがミルクココアを飲みながら事も無げに言う。その台詞に温かい気遣いを感じ、能古はぱあっと顔を輝かせた。


 ──無口で四回生、しかも強力な術士とイズミの事を聞いていた能古は生来の人見知りも相まって、最初はイズミにどう接していいのか分からず緊張に震えていた。しかし実際に話してみるとイズミはとても気さくで、後輩思いな人なのだと認識を改め、徐々に打ち解けていったのだ。


 部屋の外からはざわざわと喧噪が聞こえ、風呂上がりのシャンプーの香りやはしゃぎ合う声が薄らとここまで伝わってくる。元女子寮生であるところのイズミもその独特の雰囲気を少しばかり懐かしみながら、それでももきゅもきゅとスイーツを食べる手は止めないのだった。


「しかしまさかここまで上手くいくとは想っていませんでしたわ。認識阻害の符って、こんなに効くんですね」


 キャラメルミルクティーに口を付けながらヒトミが呟くと、横でツクモがレモンチーズケーキを頬張りながらこくこくと同意した。


 結局、イズミがどうやって女子寮に侵入したかと言えば、何の事は無い──門限前に認識阻害の符を貼ったイズミが堂々と玄関から入り、人払いの結界符を貼って鍵を掛けた応接室で過ごして貰っていた、というだけの話である。


 応接室の使用許可を貰う為に、オウズ教授から女子寮寮母と女子寮生長への一応の根回しはあったものの、それ以外は全て術による強硬突破だ。帰りもこの応接室の窓から寮外に出、迎えに来たライジンが連れて帰る手筈になっているという。


「メガネ君の作る符は協力だからな。──まあ時間も無かった事だし、正当な滞在許可は流石に無理だろう。強引な方法になるのは志方無いか」


 手段がゴリ押しだとはイズミも想っていたのだろう。しかし済んだ事を考えてもエネルギーの無駄だと考えるイズミらしく、そこは笑ってスルーする事にしたようだ。


「ででで、ですよね。も、問題は、あやかしを倒せるか、ど、どうかの一点、それだけですもんね」


 能古がフルーツ杏仁を啜りながらうんうん頷いている。──確かにそうだ、イズミはあやかしを倒す為に此処に居るのだ、どうやって入ったかなんて今は些末な問題でしかない──ヒトミもツクモもほうと息をついたのだった。


 そんな楽しい時間を過ごしていると、不意にイズミの眉がピクリと動く。


「……そろそろ来るぞ!」


 突然、イズミがメロンオレを一気に飲み干すと、たーん! と音が立つ程に勢い良く空の容器をテーブルに置いた。すっくと立ち上がるイズミにハッとした皆が食べる手を止め息を飲む。


「イズミ先輩、」


 何の気配も察知出来なかったヒトミが声を掛けようとした瞬間、──ふっと視界が暗転した。


 それまでのさざめく喧噪は消え失せており、痛い程の静寂が空気を満たしてゆく。三人は慌てて立ち上がると、いつものようにツクモが明かり代わりの狐火を灯した。


「──さあ、害獣駆除の始まりだ」


 明るいオレンジの光に照らし出されたイズミは笑っていた。それは先程までの幸せそうな笑顔とは全く違う、──獰猛で自信に満ちた、まるで支配者じみた笑いだった。


  *





女子寮でキャッキャウフフでギルティなスイーツ会……!

そんな訳で、イズミちゃん先輩が女子寮に。みんなで栄養補給!


そしてここでイズミちゃん先輩の、皆の呼び方、既出分まとめ。

ナユタ=メガネ君

カラハ=ナッツの人

宮元=漫才君

能古=メガネちゃん

名前呼びなのはライジンだけ。徹底してます。


さて男子寮組はどんなかな、と。次回も乞うご期待、なのです。



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