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安堵の息と、意気揚々



さて今回は引き上げてきた男子寮組の様子と、次いで部室会議のお話です。

皆何やら深刻な様子です。

それでは、どうぞ。




  *


 疲労を抱えたままの皆は揃ってナユタの部屋へと引き上げ、寮生長の持って来たあられとナユタの淹れた梅昆布茶に癒されていた。


 ふうと誰ともなく漏れる溜息とあられを食むサクサクという音、そして柔らかな茶の香りが部屋を満たしている。流石に五人もの人数が座ると部屋は一杯で、しかし皆は黙って身を寄せ合い大人しく茶を口に運ぶ。


 少し重い沈黙に皆が息苦しさを覚える中、不意にテーブルに置いたままの寮生長の携帯が味のあるメロディを奏で震えた。四人の視線がばっと集まり、寮生長が息を飲んで通話ボタンを押す。


「はい、タカサキです。……ああ、ヒトミさん。──はい、ええ、……ああ、それは良かった! はい、はい! そうですか、はい。ええ、こちらも問題ありません。……はい、お大事に。はい。それでは、お休みなさい。また明日、部室で。はい、それでは」


 相手の声は聞こえないが、大体の内容を察して皆の緊張が緩む。通話を終えた寮生長が携帯をポケットに仕舞、ほうと息をついた。


「ヒトミさんご本人からでした。霊力を使い過ぎて気を失ったものの、目覚めた今は特に問題は無いそうです」


 寮生長の報告に皆は改めて安堵の吐息を漏らした。それぞれの表情に笑みが戻る。


「倒れたって聞いた時にはびっくりしたけど、何事も無さそうで良かった。ああ、本当に良かった」


 ナユタがふうと再度息を吐き、いそいそと皆に梅昆布茶のお代わりを注ぐ。


「じゃアあれか、女子寮の方でも大蛇を倒せたんだな。かなり手こずった筈だが」


「ええ、ヒトミさんもツクモちゃんも殆どの霊力を使ってしまったようですが、何とか無事怪我も無く倒せたようです」


 カラハの問いに寮生長が表情を緩め答える。しかしそれを聞いた鳩座が顔を曇らせた。湯呑みを静かにテーブルに戻し口を開く。


「しかしそれでは、……もし明日も大蛇が出現した場合、対処出来ないのでは。何か策を講じた方が良くないか?」


「そうや、今日の大蛇は昨日のよりデカかったやないか。もし明日のが今日のより更にデカかったらヤバいんちゃうんか」


 鳩座の懸念に便乗して宮元も眉根を寄せる。


 男子寮の戦闘要員は三人、それも全員まだ余力は残っている状態だ。もし明日、更に強力なあやかしが出現しても勝算は充分にある筈だ。しかし女子寮の方はどうだろう。今日の明日では底をついた霊力が完全に回復するとは望めず、しかもようやく倒せた今日のものよりも強力な敵が現れたらどうなるか──。


「じゃ、じゃあヒトミさん達は……今のままじゃ勝てないんじゃ」


 ナユタの瞳が心配に揺れる。再び部屋の空気が重くなるのを察し、寮生長が首を振って言葉を紡いだ。


「その事についてですが、私に少し考えがあります。いやそれも本人達に相談してみての話ですが──明日の部活会議で掛け合ってみましょう」


 そう言って皆を安心させるように微笑む寮生長の顔に、再び強張らせた表情を皆が崩した。何か策があるのなら、とそれぞれが安堵の息を漏らす。


 あられが底をつき茶が尽きたところで、ささやかな茶会はお開きとなった。


「さあさ皆、そろそろ試験勉強に戻りませんか。明日もテストでしょう?」


 にこやかな顔を崩さぬ寮生長に現実を突き付けられ、皆の顔が歪む。ああ、と安堵とは別の溜息がそれぞれの口から漏れる。


「そうやった。明日、祭式の筆記と神道学講義Ⅱ、両方あるやないか。カラハ、ノート見せてぇな!」


「構わねェけど明日のは両方持ち込み不可だぞ? 今更間に合うのか?」


「そんなん一夜漬けで何とかするん決まっとるやないか!」


 カラハの腕に縋り付く宮元の姿に皆が笑う。すっかり元通りになった雰囲気にナユタがテーブルの茶器を片付け始める。よっこらしょ、とおじさん臭い掛け声を口にしながら寮生長が立ち上がった。


「さあ、じゃあ頑張らないとですね、宮元君。──それでは私達はそろそろおいとましますね」


 部屋を出て行く寮生長と鳩座を見送り、いつも通りの非日常にははッとカラハが笑う。寮内は賑やかな喧騒に満ち、そこかしこでまたあの『かけまくも』の歌が聞こえる。


 一週間続くテスト期間はまだ二日目を終えたばかりだ。長い夜は、ゆっくりと更けてゆく。


  *


 次の日の夕方、寮生長の言葉に部室に居た全員が息を飲んだ。


「──ですから、イズミ先輩に女子寮に加勢して貰うんです」


 その突拍子も無い提案に、皆が一様に驚きの声を上げる。


「で、でもそれって……! 女子寮は男子寮よりもチェックが厳しいし、もしバレたらイズミ先輩にも迷惑が……」


 思わず発したナユタの言葉に他の寮生も同意するように頷いている。とりわけ女子寮生の三人は戸惑いを隠せず互いに顔を見合わせていた。


「ん、私は問題無い。困っている後輩を助けるのも先輩の務め」


 当のイズミはと言えば眠そうな表情でさらりと答える。明日はテストも無いし、と微動だにせず付け加えた。


「うーん、でも状況を聞くに、確かにそれがベターな方法っしょ。ね、教授はどう思うっすか」


 思案顔のライジンも寮生長の提案に支持を表明する。腕組みをしながら沈黙していたオウズ教授も眉根を寄せて頷いた。


「確かにそうだな、それが今取れる一番良い方法なのは否めない。──イケるか、イサミ・イズミ」


「さっきも言った通り、私は問題無い」


「よし。では滞在の方法などは寮監である私が何とかしよう」


 イズミの返答を聞き、教授が深く頷く。


「……あのー」


 話が纏まりかけた所へ、おずおずと手を上げる者が居た。視線が一斉に集中する。全員の注目を浴びて、小さく挙手した宮元が慌てて手を下ろした。教授の鋭い視線に宮元は身を縮こまセル。


「何だ宮元浩次。言ってみろ」


「あの、今日もあやかしが出るって保証は無いでっしゃろ? 出んのやったら骨折り損のくたびれ儲けっちゅう事になるんちゃうかって……」


 宮元のもっともな疑問に、全員が教授を見遣る。男子寮と違い女子寮は規律が厳しく、万逸不法滞在が露見したら大問題に発展しかねない。そのリスクを冒してまでイズミが女子寮で待機するメリットはあるのか──皆の無言の問いに、教授は口許を歪めニヤリ笑った。


「その事についてだが、皆に朗報だ。未来視のお告げが出た。──一連のあやかしの出現は今日で終わる、とな!」


 寮生の間から歓声が上がる。未来を視る事の出来る謎の四回生、その人物の正体は最重要機密扱いで、教授以外誰にも知らされていない。──しかしその予言が外れた事は一度たりとて無いのだ。


「よし、根性入れて行けよ、貴様ら!」


 おおーっ! と気合の声が重なる。その表情は皆一様に明るい。先の見えなかったこの謎の現象にようやく終止符を打てるのだ。


 しかし、ライジンが不用意に放った一言によってその意気揚々とした空気は台無しとなった。


「これで明日っからはテスト勉強に専念出来るっすね」


 一瞬にして部室内に静寂が訪れた。非難めいた視線がライジンに集中する。誰とも無く大きな溜息が聞こえた。


「……ごめんっす……」


 いたたまれなくなったライジンは、消え入りそうな、とても小さな声で謝ったのだった。


  *





という事でテスト期間話はクライマックスに突入。

さてさて、イズミ先輩が加わっての女子寮組の活躍や如何に。そしてチームワークが期待される男子寮組の戦いも気になるところ。

次回も乞うご期待、なのです。


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