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唱える九字と、輝く眼



ナユタ班の続き、やってやろうじゃねェかとカラハが一人で神殿に飛び込みました。

タイマン勝負、戦闘開始です!


そんな訳で、恒例オススメBGMのコーナー。

ズバリ、GARGOYLEの『審判の瞳』をどうぞ!

これはカラハの隠れテーマ曲でもあります。


それでは、どうぞお楽しみ下さい。




  *


 広い神殿の中央、眠っていたかのように微動だにしなかった大蛇が、侵入者の気配にゆっくりと動き出す。


 ──まるでそこが自らのテリトリーであるかの如く、大きな紅の瞳を見開き、我が物顔で開け放たれた戸を見遣った。そこには鈍銀の燐光を撒き散らす術士が一人。


「よォ、蛇野郎ッ! タイマン張ろうぜッ! この俺、マシバ・カラハが相手してやる。そのデケェ図体塵に還してやるから、覚悟しろよッ!」


 カラハの口許には牙が覗き、皮肉めいた笑みが浮かんでいる。邪魔だと帽子を脱ぎ捨て三つ叉の槍を構えると、燐光に煽られたロングコートが翻る。ふわり靡く前髪の隙間から額に爛々と輝くのは──第三の瞳。


 大蛇はカラハを敵と見做したのか、顎を開くと白く大きな牙から毒液を滴らせた。巨大な体躯に並ぶ黒い鱗の表面に虹色が浮かぶ。とぐろを巻いていた胴を解き波打たせながら、長い尾をしゅるりと持ち上げ臨戦態勢を取った。


 轟、と音無き咆哮が空気を震わせる。あやかしや化け物という言葉では足りぬ、圧倒的な威圧感が場に満ちる。噴き出す瘴気は闇よりも黒く、先頃遭った蛇神と同等かそれ以上の禍々しさを撒き散らす。


「な、何やあの蛇……!? 昨日の奴と全然おとろしさが違うやないか……!?」


「圧が桁違いだ……! マシバ・カラハは本当にあんなのと一人で戦う気なのか!?」


 戸の影に隠れながら様子を伺う四人はその圧に色を失う。蒼褪めながら震え、寮生長と宮元は互いに手を握り合いながら耐える。鳩座は刀の柄を痛い程に握り締めて己を保ち、──そしてナユタは唇を噛み爪が食い込む程に拳を握り、祈るような気持ちでカラハの背を見詰めていた。


「無茶だカラハ、僕が……僕があんな事言ったから……!」


 昨日や一昨日の大蛇退治がお遊びだったと思える程の圧倒的な存在感に、誰もが身を竦ませて動けずにいた。


 ただ一人、カラハを除いて。


「へェ、ちったァ歯応えありそうじゃねェか。相手に不足は無さそうだな?」


 カラハの放つ霊気は黒い瘴気を押し止め、気のぶつかる境界では鈍銀と黒が渦を巻き圧が擦れて火花が散っている。カラハは片手で槍を持ち直すと、嗤いながらもう片方の手をスッと伸ばし、顔の高さで拝むように構えた。


「俺が蛇如きに負ける筈ァ無ェが──折角だ、全力でやってやらァ」


 立てられた左手が複雑な形を紡ぐ。滑らかに動く長い指が、次々と簡略化された印を結んでゆく。笑みに歪むカラハの口が、聞き取れない複雑な音の旋律を紡ぐ。


「あれは、九字、でしょうか。それにしても私が知っているどの形とも、どの音とも違う……?」


 カラハの仕草に、食い入るように見詰めていた寮生長が息を飲む。九字とは通常、退魔や集中、或いは祈願の際に唱える密教や陰陽道で使われる呪文のようなものだ。文字通り九つの文字で表されるそれは幾つかのバリエーションがあるが、カラハが今唱えているそれは、寮生長が専門書などで知ったどの形式とも違っていた。


 寮生長の驚きに同意するかのようにナユタが頷く。カラハから目を離さぬナユタの眼鏡は、目まぐるしくぶつかり合う瘴気の闇と霊気の光の描くマーブル模様じみた光景を静かに映していた。


「僕も一応、陰陽道や密教なんかの技や呪法も勉強してきたけど、カラハの使う印や真言はいつも僕の知識のどれとも違ってた。カラハの術は、僕らの知ってる現代に伝わる法よりももっと古い、根源的なものなのかも」


 四人の見守る中、九字を切り終えたカラハがその手を縦に振り下ろす。身体の中心に描かれた見えぬ線から光が溢れ燐光と混ざり、カラハの身体が輝きを増す。


「神威、解放ッ!」


 カラハが叫ぶと同時──場を支配する圧がグン、と増した。


 四人が同時に目を見開いた。いや、四人だけでなく、表情の見えない筈の大蛇でさえ同様の反応を示したかに見えた。


 それは、畏れ。神に対面した者が本能的に抱く、畏怖の感情。


「く、……くっくくくくッ! 俺を敵に回した事をたっぷり後悔しながら、塵に──いや、」


 カラハは笑っていた。第三の瞳を爛々と輝かせ、全身に鈍い銀の光を纏い、うねった髪を靡かせながら、カラハは笑う。


「──灰になるがいいッ!」


 槍が空間を薙ぐ。過去、現在、未来を示す三つ又の槍の三つの刃が、全てを切り裂く。


 大蛇はカラハの神気におののき、しかし己れを奮い立たせるように咆哮を上げた。太く長い尾を振り上げると鞭のようにしならせてカラハに襲い掛かる。


「無駄だッ!」


 カラハの気迫が鋭く響く。迫る尾に眉一つ動かす事無く槍を振る。


 槍の三つの刃はいとも容易く、尾を切り裂いた。爆ぜるかのように断面から光の粒子が噴き出す。痛みにか、大蛇が地響きの如き咆哮を上げる。びりびりと空気が震える。


「ははッ、ザマあ無ェなッ!」


 カラハの嘲笑に、大蛇の瞳の紅が怒りにか輝きを増した。尚も身体から粒子を噴き出しながらも、巨大な体躯を波打たせて大口を開けた頭でカラハに迫る。鋭い牙が毒液を飛び散らせながらカラハを襲う。


「カラハっ!」


 思わず上げたナユタの声が神殿に響く。凄まじい速度と圧で迫る大蛇に、カラハは微動だにしない。喰われる──と四人が息を飲んだ瞬間、カラハの姿が消えた。


 ガチン、と噛み合わされた牙は、ただ空を貫いたのみだった。ほんの一瞬前までカラハが居た場所には既に何も無い。


「ここだッ、ノロマ野郎ッ!」


 空中から声が降る。


 皆が一斉に振り仰ぐ。そこに、カラハは居た。


 跳躍で牙から逃れ、そして天井を蹴り身を翻してカラハは槍を振る。巨大な三本の斬撃が、輝く線となって大蛇に降る。


『ガ、ガ、ガアアアアアッッ!!』


 断末摩の絶叫が響く。斬撃はいとも容易く、まるで粘土細工を切るよりも簡単に、巨大な体躯を切り刻んだ。


 一瞬の静寂を経て、大蛇の身体が爆ぜ、あたかも燃え上がるように光の粒子が噴きあがる。黒い瘴気が渦を巻き、溶けるが如く消えてゆく。


 カラハはゆっくりと、その只中にふわり降り立った。その瞳に、未だ炎えるような輝きを宿しながら。


  *





鬱憤を晴らすかのようなカラハの圧倒的勝利です。

さて大蛇は倒したけれど……。


そして女子寮組はどうなるのか。

そろそろ前半(テスト期間編)も大詰めです。

次回も是非、乞うご期待、なのです!



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― 新着の感想 ―
[一言] GARGOYLEの『審判の瞳』をバックに読みました。 最近柔らかいヴィジュアル系を聞いていたので、GARGOYLEのような音はガツンときますね。 ヘビィに臨場感を盛り上げてくれました。 それ…
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