はったりの王と、鳥の姫
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はい、という事で今度はナユタ組からのお話です。
不思議な蛇のあやかしに遭遇した彼らはどうなったのか。
それではお楽しみ下さい。
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『お前は神か。神を宿す者か。それは王か』
カラハの言葉には応えず、再びあやかしの声が響く。牙を見せて笑うカラハは落ち着いたまま、胸を張り挑発するように口を開いた。
「そうだ、王だッ! 虎を屠り、蛇を巻き、灰を被り、全てを見通す瞳を持ち、それでも尚苦行に立つ存在ッ! 俺の中の神は王だッ!」
堂々と言い放つカラハの言葉に、あやかしは目を閉じた。そして一瞬の逡巡の後、──蛇のあやかしは地にひれ伏す。
『王よ、認めよう、お前の中の神は王だ。我はお前には敵わぬ、今は退くとしよう』
不気味な声色の響きが空間を揺らす。仁王立ちのカラハはあやかしを見詰め、口許を歪めた。
「今は、と言ったな?」
『我らにも大願がある。主からの命には抗えぬ。いずれ再び相まみえる。祝祭を待て』
──そして不意に、あやかしは掻き消えた。不穏な言葉だけを残して。
廊下に満ちていた圧が消え、再び静寂が訪れた。張り詰めた糸が切れたように、ナユタと鳩座の身体から力が抜けた。全身から汗を噴き出した鳩座は刀を杖にして膝を突き、ナユタはへなへなとへたり込む。
そんな二人の様子に、カラハはふうと溜息をついてしゃがみ込んだ。額から流れた汗を拭い、はは、と力無く笑う。
「カラハ、さっきのは、一体……」
呆然とナユタが呟く。カラハが二人を見遣ると、鳩座も黙ってはいるがナユタと同じ疑問を抱いていると顔に書いてある。
ふう、とまた大きな溜息を吐いて、カラハは立ち上がった。元々ずば抜けている身長が、いつにも増して二人には大きく見える。
「ありゃア……恐らくは下等な蛇神の類いだな。一連の騒ぎはあれが起こしてるに違ェねえ。多分だが、寮生の誰かに取り憑いて寮内に侵入したんだろうよ」
「では、何で消えたんだ? マシバ・カラハ、君を王と認めあがめていた。君が何か手引きした訳じゃあるまいな」
探るように睨む鳩座の視線に、カラハは首を竦める。と、突然ダンッと床を叩く音が聞こえた。カラハと鳩座が目を遣ると、座り込んでいたナユタが拳で床を殴り付けた音だった。
「鳩座君! 僕は、僕はずっとカラハと一緒だった! カラハにはそんな事をする理由が無いし、そんな素振りは無かった! だから、だから……っ!」
唇を噛み震えるナユタの剣幕に、鳩座はやれやれと溜息をついた。ゆっくりと立ち上がると二人に向かって頭を下げる。
「悪かった、疑うような事を言ってすまなかった。撤回する」
「あ、……いや、僕の方こそゴメン、つい」
気まずさを覚えて目を逸らすナユタに、はは、とカラハが笑う。申し訳無い、と謝罪を重ねる鳩座に、もういいって、とカラハは首を竦めた。
「少なくとも俺は関与してねェし、あれについちゃア知らねェ。ただ俺の中の神格があれより上だっただけで……まあハッタリが効いて助かったって感じだな」
よろよろと起き上がるナユタに手を貸しながら、カラハはぽつりぽつりと言葉を零す。鳩座はそんな二人を眺めながら、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。
「ハッタリにしては堂々とし過ぎじゃないかな。何か確信があったのではないのか?」
「まあ、無かった訳じゃねェけどな。神話級のクリーチャーならともかく、名も無き蛇ってンのなら負けねェ自信はあらァな」
先程床に打ち付けたナユタの拳の様子を診ながら、カラハは自嘲めいた笑みを漏らす。そんなカラハの顔を見上げ、そういえば、とナユタは呟いた。
「カラハも使ってたよね、黒い蛇。カゲトラの鎖にしたりしてたけど……」
「……何が言いたい、ナユタ」
「え、あ、いや、僕は……その」
無表情の深淵めいた瞳に見下ろされ、ナユタの瞳が揺れた。少しぎこちない空気に溜息をつき、鳩座が声を上げる。
「寮生長達からも連絡は来ないし、そろそろ行かないか二人共。先程の戦闘で随分時間を取られてしまった事だし、待たせていたら悪いだろう」
「ああ、──そうだな。行くか」
カラハがナユタの手を無造作に手放した。歩き出す大きな背を見詰め、ナユタは唇を噛む。
──きっと、一番カラハを信じたいのは自分で、でも一番不安に思っているのも自分だ。だから鳩座に怒ったその舌の根も乾かぬ内に疑念を口にする。本当は、カラハにきっぱりと否定して欲しいのに……ナユタはうじうじする自分が嫌になる。拳がじんと痛む。
ちらり心配そうな鳩座の目線に大丈夫だと頷いてから、ナユタは二人の後を追って歩き出した。──自己嫌悪と焦燥に、胸を焦がしながら。
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『──お前は神か。神を宿す者か。それは王か』
ヒトミの視線の先、貞華寮二階西の突き当たり。非常用出口の扉の前で、黒い蛇のあやかしが陣を前に声を発する。
「ひ、ヒトミねえさま、これは、このあやかしは一体……!?」
「ツクモちゃん、油断しちゃ駄目。わたくしがやるわ、下がって。支援お願いね、──それともし隙があったら狐火で陣を攻撃してみて欲しいの、でも無理はしちゃ駄目よ」
緊張した面持ちで双剣を構え、ヒトミは全身から白い霊気を迸らせながらツクモに告げる。戦闘になれば恐らくツクモでは敵わない筈だ──強く凝った瘴気を霊気で押し止めながらヒトミは奥歯を噛み締めた。
狐の獣人の姿となったツクモの尻尾が坂だっている。元々ボリュームのあった六本の尻尾が、恐怖と緊張でいつも以上に大きく膨らんでいる。
能古に至っては遠く離れた位置で壁にへばり付いていた。その顔色は真っ青で、歯の根が合わずカチカチと音を鳴らしている。少し霊力があるだけのほぼ一般人の少女なのだ、腰を抜かしていないだけでも大したものだろう。
──それ程までにあやかしの威圧感は凄まじかった。
『お前は神か。神を宿す者か。それは王か』
再び不気味な声が響く。ヒトミはあやかしを正面から見据えると一層の気迫で睨み、凜と胸を張って声を上げた。
「わたくしの中には鶴姫の魂が在ります! 姫将軍は即ち将、つまり王! わたくしは王を宿す者です!」
芯の通った美しい声が高らかに告げる、王であると。──その答えに満足したのか、蛇のあやかしは膝を折り礼の姿勢を取った。
『姫よ見事だ、お前の中の神が王であると認めよう。今は退くとさせて貰う、白き鳥の王よ』
「それは……何よりですわ。わたくし達は、何も戦いを望んでいる訳ではありませんから」
ヒトミが構えた剣はそのままに、些か霊気を和らげた。あやかしの瘴気はもうすっかりとなりを潜めている。
『ではいずれ、再び相まみえる時までさらばだ。祝祭を待て』
そして──あやかしの姿は掻き消えた。呪いの如き、再会を約束する言葉を残して……。
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そんな訳でナユタ君は、心が少し揺れています。
カラハを信じたいのに、あれ、でも……と考え始めるとどんどん疑念が膨らんでいく、そんな状態です。
一方女子寮組ではヒトミがあやかしに相対しました。
鶴姫は姫将軍、将軍だから王でも間違いじゃないだろう、という適当で短絡的な言い切りです。でもこういう時は勢いが大事。言い切ったモン勝ちです。
場慣れしてるだけあってヒトミさん、肝が座ってます。流石ねえさま。
そんな訳でそれぞれの思惑をはらみつつ、三日目の夜は続きます。
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