火の花園と、蛇の人
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更新です!
という事でナユタ組の続きです。
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ナユタの担いだ二つの鉄箱の前面、蜂の巣のように並んだランチャーの銃穴から一斉に無数の弾が射出される。蒼白い炎を纏いながらそれらは結界の膜を突き破り、炎の雨となって蛇のあやかし達へと降り注ぐ。
着弾した刹那、──炎が弾けた。鳳仙花の名そのままに砕けた弾片と共に炎は散り、蛇達を次々と襲い、花が咲き乱れるように燃え広がってゆく。
さながらそれは、炎の花園、或いは地上で弾ける花火の絨毯。破片が突き刺さり飛び散る炎に灼かれ、蛇達は声なき叫びを上げながら次々と倒れ片端からその身体は光の粒子と化してゆく。
「うっわ、えげつね。焼夷榴弾かよ!」
「一網打尽にしろって言ったの君らだろ。──散弾銃じゃ威力弱くて取りこぼしが出るし、火炎放射器じゃ範囲が狭いからね」
蒼く弾ける炎に紛れ、光の粒が次々と散り消えて行く。その幻想的な光景にしばし三人は見とれ、しかし炎で揺らぐ闇の向こうに何かが蠢くのを鳩座は不意に見咎めた。
「何か、居る。──二人とも、油断するな!」
ふらり、黒い影が現れる。炎に照らされている筈なのにそれは尚も黒く、先程までの黒い蛇達とは比べ物にならない、おぞましい気配がした。
ナユタがランチャーを袖に仕舞い後ろに身を引いた。剣と刀をそれぞれ構えたカラハと鳩座が進み出る。
「雑魚が大量に居るより、強いの一体の方が戦い易いってなァ!」
得体の知れない敵を目の前にして、カラハは嗤う。牙を剥き出しにしたその笑みに、つられて鳩座も獰猛な笑みを浮かべた。
「全く同感だね。さあ、一体どんな奴が相手なのやら」
蛇を全て焼き尽くした炎は既にその勢いを緩め、芝生のようにちろちろと床を焦がすのみとなっている。
その炎を踏みにじるが如く、あやかしは歩みを進める。蒼き光に照らされて浮かび上がるその姿は──。
「……蛇の親玉って事か? ははッ、あの大蛇と言い、とことん蛇で固めて来るんだなァ」
カラハが緊張を解かぬままに顔をしかめ鼻で嗤う。──その異形の顔は爬虫類そのものだった。長い尾を引き摺り二足歩行をする姿は、ファンタジーに出て来る蜥蜴人などと同種のように思われた。
「リザードマン? いや、ドラゴニュートなんていうのもいたな。でも顔はトカゲというよりやはり蛇そのままな気がするな」
「蛇なら、ナーガラージャとか言ったかな、インドのやつ。エジプトにもいたっけ? 或いはもっと別の……クトゥルフにもいたね、そういう感じの」
鳩座とナユタも考察を述べはするが、皆一様に真剣な面持ちのままそのあやかしを凝視している。それ程までに放たれる瘴気は強く、威圧感は凄まじい。
ピタリ、とあやかしの歩みが止まった。距離にしておよそ四メートル、絶妙な位置での停止にカラハと鳩座は心の中で舌打ちをする。強く踏み込んでも一歩では届かない距離、二人の間合いの僅か外であった。
そのあやかしの瞳は巨大なルビーの如く爛々と紅く輝いていた。黒い鱗が照らされ光る身体をじっくりと観察し、ナユタは少しばかり後悔した。よく見ると、腕と足は小さな蛇が無数に絡まり合って形成されていたのだ。そのあまりにおぞましい造形に、ナユタは鳥肌を立てながら唇を噛む。
扉に描かれていた陣はナユタの砲撃に巻き込まれ既に消え失せている。そう焦る必要も無かろうと思ったのか、カラハは一旦構えていた剣を下ろした。
「なァ、お前、何モンだ? もし喋れるならよ、ちィと答えてくれねェかな。さっきの陣の事とか、あのでっけェ大蛇の子ととかさ」
「──カ、カラハ……!?」
突然あやかしに話し掛け始めたカラハの挙動に、ナユタは動揺し驚きの余り声を上げそうになる。それを制止したのは、未だに構えを解かず緊張したままの鳩座だった。彼はあやかしから眼を離さぬまま、小声でナユタに囁いた。
「アラタ・ナユタ、少し様子を見よう。……僕らには余りにも情報が無さ過ぎる。もし何らかの情報を得られれば万々歳、そうでなくとも駄目元だろう?」
「で、でも。危険じゃないかな。もし何かあったらカラハが」
「マシバ・カラハもそんな事は重々承知の上だろう。それに彼程の者がそうそうやられる筈が無い、そうは思わないかい?」
鳩座に諭され、ナユタは渋い顔で頷いた。──これではまるで自分がカラハを信頼していないみたいじゃないか、呟いて唇を噛んだ。
二人が話している間にも、カラハとあやかしの間には重い時間が流れていた。
大きな蛇じみたあやかしの顔からは表情は読み取れず、しかしその大きな瞳は僅かに色を変える。カラハの質問を聞いて何かを考えているのか、瞳の色は些か明るくなり口からは二股の舌がチロチロと覗いた。
その様子にカラハは目を細め、推し量るように瞳を覗き込む。
「無論、無理にとは言わねェ。話せる事だけで構わねェし、そも話せないなら諦めるし。どっちみち俺ら、領域を侵されるなら排除しなけりゃなんねェんだ。でも進んで戦いたいとも思っちゃいねェのも真実なんだよ」
再びカラハが言葉を紡ぐ。それを聞いているのかいないのか、あやかしは表情を変えぬままだ。
「カラハ、返答も無いようだし、いつまでもこうしてる訳には──」
業を煮やしたナユタが声を上げようとした刹那、──その声は聞こえた。
『──お前は神か。神を宿す者か。それは王か』
低く何重にも響く声。地の底から、時の彼方から、波のように折り重なる不気味なそれは、恐らく目の前のあやかしが発したものなのだろう。
それを聞いたカラハは怯む事無く、牙を見せて笑った。
「あンまりだんまり続けるモンだから、てっきり喋れねェのかと思ったぜ」
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榴弾とは、爆発して破片などが飛び散る炸裂弾の事です。焼夷弾は炎と燃料を撒き散らし周囲を焼く効果のある弾。ナユタが使ったのは、その両方の効果がある弾でした。
えげつないですね。ただ、爆発力の強い爆弾のようなものだと周囲をまるっと吹き飛ばしたり仲間を巻き込みかねないので、これを選択したのだと思います。
そして何やら新たな敵が。謎の言葉を発しつつ、次回更新をお楽しみに、です。
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