口ずさむ歌と、三回目
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テストの終わった放課後、部室に集まった寮生達は皆ぐったりとしていた。
「二日連続とか堪ンねェよな」
「試験の勉強もしなきゃいけないのに、これじゃ集中出来ないよ」
カラハとナユタの言葉に皆が頷く。あやかしを倒す事に神経を使い体力を奪われ、その上テストの為の勉強もしなければならないのは、術士はもとよりサポート役の者にとってもかなりの負担であった。
「それでも昨日は幾つか収穫がありましたわ。ね、パパさん、ノコノコちゃん」
ヒトミが少しでも雰囲気を良くしようと話題を変えると、そうですね、と寮生長も軽く頷く。
「特にノコノコちゃんの撮影してくれた術式陣の画像は大手柄です。本部に解析をお願いしてますので、何か分かるかも知れませんしね」
寮生長に褒められて能古が恥ずかしそうに笑う。と、反対側のベンチで突っ伏す宮元が呻きを漏らした。
「こっちももっと陣の形が分かったら良かったんやろうけどなあ」
「いやいや、それでも陣が有る事そのものに気付けたのは収穫だ。直接戦っている僕らは戦いに気を取られていて気付けなかったのだから」
鳩座がフォローを入れると、そうですよ、とツクモも力強く頷いた。
しかしなあ、と皆の話を腕を組んで聞いていたオウズ教授が難しい顔で口を開く。
「これでそれぞれの寮内に術式を仕掛けた者が居るというのがほぼ確定した訳だが。さて、どうやってそいつを探し出すか……」
教授の言葉に皆が顔を見合わせる。それはあやかしを倒す事そのものよりも、随分厄介な問題だった。
「あの、俺っち思ったんすけど、もしかしたらその異空間の中でも動けるヤツが犯人なんじゃ? だったらそいつを探し出せば……」
いいこと思い付いた、と言わんばかりに瞳を輝かせてライジンが発言する。しかしそれを聞いた皆は顔を曇らせたままだ。ナユタがさも残念そうに首を振った。
「確かにライジン先輩の言う可能性もあるかもですけど、いちいち全部の部屋を探るには人手も時間も足りません。何せ陣も壊さなきゃいけないし大蛇も倒さなきゃいけないですし」
「それに、もしかしたらそいつは渡された術式を貼り付けてるだけで、そいつがあの中で動ける奴とは限らめェ可能性だってある。俺らが知らねェ時限起動式の術を重ねてあったなら、誰がやったかなんてアリバイもへったくれも無くなるからな」
カラハの意見に皆は大きく溜息を吐く。結局、議論は振り出しに戻る。
「……でも他に手も無いですし、男子寮は幸い私と宮元君が居ますから、駄目元で探ってみる事にします。もし何か分かれば御の字ですし」
寮生長がそう言うと、教授がそうだなと大きく頷いた。
「すまないが、それしか手が無いな。ああ、女子寮組はそれはやらんでもいい。能古一人で探らせるのは危険だからな。代わりにと言っては何だが、もし大蛇の方の陣が撮影出来れば頼む、但し無理はしないように」
「ははは、はいぃ、や、やってみます、がむばりますすすー!」
いきなり話を振られた能古がしどろもどろに答え、その噛み噛みの口調に部室内の空気が和らいだ。
「というか、今夜も起きる事前提なんですね?」
鳩座が溜息を吐くと、何を今更、といった風に教授が片眉を上げる。
「そりゃ、二度ある事は三度ある、と言うだろう?」
「教授、フラグ立てんで下さい!」
宮元が悲鳴のようにツッコみ、皆はまた、揃って溜息を吐いたのだった。
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『♪かけまくーもー、かしこきぃー、いざなーあぎのおおかーみぃー♪』
『つくしぃーのー、ひむかのたちばなの、おどのー、あはぎはらにぃー♪』
『みそぎはーらいたまいしときになりませる、はらえぇーどのおおかみたちぃー♪』
『もろもろぉーのー、まがごとぉー、つみけがれ、あらんをばぁー♪』
『はーらえーたまえー、きーよめぇー、たぁーまえぇえとぉー♪』
『もおすーことぉー、きこしめせぇーとぉー、かしこみかしこみもうまおすぅー♪』
その夜、寮内では奇妙な歌がこだましていた。
「……何だコレ」
カラハが怪訝そうに眉をしかめた。歌のフレーズは確かに『祓詞』、通称『かけまくも』と呼ばれるものに違い無かった。しかし奇妙なメロディが付けられて歌になっている。
「ああこれ? ホラ明日、祭式の筆記テストでしょ。試験内容の半分がかけまくもだから」
「それは分かるけどよ、何だこのメロディ」
ナユタの答えにカラハはますます顔をしかめた。確かに覚えやすいが、それにしても。
「これね、昔バンド組んでた先輩方が作ったんだって。かけまくもがテストに出るから覚えられるようにって。それが未だに受け継がれてるらしくて、この時期になると皆聴いてるんだよ」
「かけまくもぐらい短い祝詞、歌にしなくてもすぐに覚えられるだろうに。どうせなら大祓にしろよ、前期末試験にゃ大祓が出るんだろ?」
吐き捨てるカラハにナユタがはははと笑う。
「大祓は長すぎて曲にするの無理でしょ。戯曲になっちゃうよ」
「ストーリーあンだから丁度いいと思うがなァ」
下らない会話をしながらナユタとカラハは風呂上がりの廊下を歩く。テスト二日目の夜は相変わらず奇妙な雰囲気が広がっていて、どこか不安定な非日常が寮内に渦巻いている。
二人が部屋に戻ると、それを待ち構えていたかのように宮元がやって来た。──例の『かけまくも』を歌いながら。
「お前社家だろ!? かけまくもぐらい覚えてるだろ、何で歌ってンだよ!」
「いやあ、歌で覚えといた方が咄嗟に思い出せるかと思うて」
「実技の時につい歌っちまっても知らねェぞ」
「ははは、そらオイシいな!」
二人の遣り取りにナユタもはははと笑う。心が落ち着かないこんな時だからこそ、宮元の軽口はそんな気分を軽くしてくれる気がして、口には出さないが有り難く思った。
さて、とお茶でも淹れようかとナユタが立ち上がりかけたところで、またもや世界が暗転した。思わずナユタが、バンッ! とテーブルを両手で叩いた。
「畜生! やっぱりフラグだった!」
カラハと宮元は揃って肩を竦めたのだった。
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お久しぶりの更新です。お待たせしてすみません。
今回はだらだら回です。
そういえばイズミちゃん先輩は発言してませんね。まあ余程じゃないとあの人発言しないから……。
あとレイア先輩も発言してませんが、あの人は基本的にこういう時は発言を控えています。あくまで秘書スタンス。
そしてかけまくもの歌。
これ、実際に自分の一つ上の代の先輩らが造っておりました。自分もこれで覚えて、しかも未だにメロディ覚えております。
フォークロック的なノリの曲で、とても覚えやすかったので助かりました。ネットで落ちてないか検索してみたものの見付かりませんでした。
ちなみにそのバンドは他にも曲があって、全て大學の内輪ネタな内容でした。図書館司書必須の講義(土曜の午後に二コマ連続である)への恨み節とか。
一応、祓詞で検索したら某有名小説のアニメで使われているらしき歌がありましたが、あちらとは全くの無関係です。
そういえば裏で連載中の『黒き破滅のリベリオン』の二章冒頭で大人ナユタが歌ってるのもこれですね。かけまくーもー。
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