部室会議と、増える謎
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「おーう、テストどうだったよ、宮元」
「あーカラハ! バッチリやで! お前のノートのお陰や、ありがとさん!」
翌日の四講目のテストが無事終了した。同じ教室内でテストを受けていた宮元が、伸びをしながらカラハに近寄って来る。カラハが鞄を肩に掛けながら声を掛けると、満面の笑みで宮元はカラハの肩を叩いた。横に居たナユタも荷物を片付けて立ち上がる。
「じゃあ行こうか、部室。鳩座君と合流出来ればいいんだけど……確か女子寮組も、一回生の子をもう一人連れて来るって言ってたけど」
「マジか、可愛い子やったらええなあ」
ワイワイと喋りながら三人は部室へと向かう。歩いているとロータリーの辺りで先を行く鳩座と寮生長の背中を見付けた。
「おーい、パパ、鳩座ァ。一緒に行こうぜ」
カラハの呼び掛けに気付き、振り返った二人がナユタ達と合流する。
「お疲れ様です、皆さん。テストどうでしたか?」
「まあまあだよ、そっちは?」
「まあまあだね。可は間違い無いかな」
鳩座が苦笑しながら肩をすくめる。五人になった男子寮組は再び歩き出し、どやどやと部室棟を目指した。
足を踏み入れると意外とプレハブの中は喧騒で満ちており、部活が無くともクラブハウスは活気に溢れているようだ。階段を上り一番端の神話伝承研究会の部室に近付くと、先に誰かが来ているようで、開いたドアからは話し声が漏れ聞こえる。
「ちィっす」「失礼します」「こんにちはー」「お邪魔しまんにゃわ」「失礼致します」
五人が部室に入ると、中には既にオウズ教授とレイア、そしてイズミとライジンの先輩コンビが何やら話し込んでいる。テーブルに広げた資料から察するに、どうやらイズミの卒論のテーマについて相談していたようだ。
「おう、遅いぞ。さっさと座れ」
「遅い言うても、ワイらテストありましたよってに」
尊大な態度で教授が顎をしゃくる。それに苦笑しながらツッコミを返す宮元に、ああそうか、と教授は納得はしたものの謝る素振りは無い。
窓際のベンチには教授とレイアが、その対面のベンチにはイズミとライジンが定位置のように座っている。男子寮組は入って右のベンチにカラハ、ナユタ、宮元、鳩座が身を寄せ合って座り、反対のベンチの一番奥に寮生長が腰を下ろした。
「ああ、そいつが例の」
教授の視線に気付き、鳩座が立ち上がり腰から折れる見事な礼をする。
「二文、鳩座です。この度の寮での出来事について仔細を聞きたいとの要請を受け参じました」
「わざわざすまんな」
鷹揚に教授が頷き、座るようジェスチャーを受けて鳩座は再び腰を下ろす。と、廊下の向こうから何やらかしましい話し声が聞こえてきた。
「ホントだこんな部活あるの知らなかった! うきゃーほんとラノベの世界だよう凄いよ!」
「ノコノコちゃん興奮しすぎだよう、越えおっきいよう」
「ほらお二人とも急がないと、皆さんきっともう集まっておいでですわ」
「だってヒトミ姉様、トイレがあんな混んでるなんて予想外ですよ」
「ツクモちゃんお外で姉様は禁止って言ってるでしょ? それに大声でトイレトイレって、はしたないでしょ!」
そしてようやく扉の前に現れた三人に、全員が注目した。廊下での会話を聞かれているとは露知らず、ヒトミは澄ました顔で綺麗な礼をした。
「遅れて申し訳ございません。女子寮三名、参りました」
続いてツクモと能古も頭を下げる。
「……まあ、座りたまえ」
毒気を抜かれた顔で教授が溜息と共に頷いた。
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寮生長の座っている方のベンチに、ヒトミ、ツクモ、能古が腰を下ろし、ライジンが扉を閉めて結界を作動させると、ようやく話し合いが始まった。
昨夜あった出来事の一通りの流れをナユタとヒトミが報告し、皆はその二つの出来事の微妙な違いに首を捻る。
「じゃあ女子寮の方には術式陣や小っこいほうの蛇は現れなかったんだな?」
「ええ、確認した限りでは見られませんでした。少なくとも一階を、狐火で照らしてみた限りでは、ですけれど」
ふうむ、と皆が首を捻る。あ、そういえば、とツクモが授業のように挙手をした。
「何だツヅキ・ツクモ。言ってみろ」
「はい、その。何か変な匂い、しませんでした? ちょっと甘いような、酸っぱいような」
その言葉にカラハと鳩座が顔を見合わせる。ヒトミが驚いたようにツクモを見遣った。
「ツクモちゃん、そんな匂いしてたの?」
「ヒトミ先輩は感じなかったんですね。あたし多分鼻がいいからだと思うんですけど、なんかそんな匂いがしてて。でも微かだし、明るくなったら消えたから気のせいかと思ったんですけど、一応と思って」
恥ずかしそうに首を竦めるツクモに、カラハと鳩座が口々に言う。
「こっちもだ。どんな匂いかははっきりとは分かンなかったが、確かになんか」
「どこかで嗅いだような気はするのだけれど、思い出せないんだ」
三人の証言にまたもや皆が首を捻る。
「アラタ・ナユタやヒビキ・ヒトミ、それに能古ののこが感じられなかったというのは、匂いが微かだったからか? それとも何かそこにも法則性があるのか?」
眉根に皺を寄せる教授に、ライジンが小さく挙手して口を開く。
「でも匂いに気付いた三人と気付かなかった三人、どちらにも共通するモノが無いっすよ。だから鼻がイイか悪いかの違いだけじゃないかと思うんっす。どうっすかね?」
うーん、とやはり皆が頷きつつ首を傾げる。そんな最中、不意にずっと黙っていたイズミが立ち上がった。教授がびくりと肩を揺らし、動揺を隠せないまま発言を促す。
「な、なんだイサミ・イズミ」
「寮にはそもそも建物自体に結界がある筈だ。なのにいきなりその事象が起こりあやかしが現れたという事は、何者かが内部から手引きした可能性があるのではないのか」
イズミは言い終えると、仕事は終わったとでも言わんばかりにすとんとまたベンチに座る。呆気に取られて黙っていた皆が、一瞬の後に一様に息を飲んだ。
「た、確かに……」
呻くような教授の呟きが場に転がる。
更に深まってしまった謎に、皆は揃って溜息を吐いたのだった。
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集まってはみたものの、イマイチ実りの無い会議。
イズミちゃん先輩が相変わらずオイシイとこ持ってくだけの話です。
さて初日のテストは無事終わりましたが、これからどうなることやら。
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