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頼れる味方と、叫び声


  *


 慎重に廊下に出たカラハは目を凝らす。周囲には黒い、ただ黒いだけの闇がどろりと空間を埋め尽くしている。


「こいつァ──ただの停電って訳じゃなさそうだな」


 舌打ちを一つ零すと、カラハは右手で前髪を掻き上げて額を露出させた。左手の薬指を噛み切ると、その血でスッと縦に一本、額の中心に線を描く。


 耳を澄ますが物音は一切聞こえない。停電が起これば皆が騒ぐ筈だし、寮役だの寮母だのが何らかのアクションを起こす筈だ。それが全く無いというのは、これが普通の停電ではない事を示している。


 カラハは溜息を零すと気を引き締め、血が零れるままの左手で簡単に印を組み、手短に真言を唱える。


 ──ふわ、と身体に気が満ちる。血が淡い燐光となって零れ、そして額に引いた線がゆっくりと開いた。


 それは第三の眼。カラハの力の象徴たる『瞳』がその威を現わすかのように、鈍銀の燐光を零した。


「こんな時に全く、迷惑なこった」


 独り言を漏らすと、カラハは無人の廊下をゆっくりと歩き始めた。


  *


 気配を探りながら確実に進んでゆく。廊下の形状などは現実のものと変わりないようだが、部屋の扉などは開かないらしい。ナユタと宮元を部屋に残して来た事を一瞬後悔したが、あの二人ならもし何かあっても大丈夫だろう、と直ぐに考えを改める。


「しかし、……妙な匂いがすンな。これ、どっかで嗅いだような……? 思い出せねェな」


 すんすんと鼻を鳴らすと、おぼろげに何かの匂いが鼻を掠めた。しかしその正体を掴めないままに、その気配は霧散する。


 ふと、静寂だけが支配していた世界に、微かな音が聞こえた。それはパタタン、パタタンと軽快な、次第に大きくなる音はそうまるでスリッパで階段を降りるような──。


「──ああ、マシバ・カラハ。やはり君は此処でも動けるようだね」


「……鳩座か。ああ、そうか。お前なら『こちら側』に来ててもおかしくねェか」


 カラハは構えていた緊張を緩めた。恐らく敵ではないだろうと予想した通り、近付いてきた足音の主は少なくとも仲間と言って差し支えないものだった。半あやかしとなった鳩座が愛用の居合刀を携えて声を掛けて来たのだ。


「寮生長も居たけれど、部屋でじっとしてるように言っておいたよ。アラタ・ナユタは一緒じゃないのかい?」


「こっちは丁度宮元が居てな。二人で部屋に居るよう言って置いてきた」


 成る程、と鳩座は頷いて周囲を見遣った。その眼は紅く輝いているところを見るに、どうやらこの闇の中でもきちんと視えているようだ。居合の腕前も確かなものだし、取り敢えずの相棒としては申し分無い人物だろう。


「俺を探しに来たって事は、これを解決すンのに協力する気がある、って解釈で構わねェんだな?」


 一応の念押しをすると、はははと笑って鳩座は肩を竦めた。


「こんな状態じゃテスト勉強出来ないからね。早く解決して、早く勉強終わらせて、早く僕は寝たいんだよ」


「うっし、オッケー了解だ。じゃあサクサクッと原因突きとめちまおうぜ」


 軽くカラハが言うと鳩座は頷いて、よろしく頼む、と微笑んだ。


 二人は暗闇の中を再び歩き始めた。


  *


「それでよ、なんか匂うような気がすンだよな。お前は何か感じねェか?」


 カラハの問い掛けに鳩座は鼻を鳴らす。眉間に皺が寄り、顎に手を当てて何かを考え込んでいるようだ。やはり何か感じるらしく、再度鼻を鳴らし確かめている。


「確かに何か微かに……思い出せないけれど、ううん、何だろう……」


「やっぱお前もか。俺もなんか思い出せねェんだわ」


 ぼやきながら先へと進む。手掛かりが無い以上は当てずっぽうで探すしか無い。


 取り敢えずカラハは玄関へ向かおうと決めていた。外界との扉があるならば玄関の確率は高いだろうし、もし他に『こちら側』に来ている者が居るならばまず目指すのは玄関に違い無いからだ。


「それにしてもその『眼』、凄いね。第三の眼なんてまるで漫画みたいだ、中二病の奴が見たら卒倒モノだろうな」


「そう言うお前も、紅い眼光らせて刀持って、イザとなりゃア翼生やすンだろ? それはそれでナカナカだぜ」


「お互い様って事かな。……ああ、それにしてもこの状況自体がまるでダンジョン探索系のゲームみたいだ。君と二人でビジュアル的にもますますゲーム感マシマシだね」


 鳩座の発言にカラハは鼻で笑った。そう言えば昔、友達がやっていたゲームでそんなのがあったな、と思い出す。悪魔を仲間にして迷宮と化した街を探索するゲーム。ああ、今の状況はまさにそれにそっくりだ、カラハは皮肉げに牙を見せて笑う。


 やがて暗闇に見えて来たモノがあった。


「あれは──ホワイトボード?」


「みてェだな」


 そう、玄関脇にあった巨大なホワイトボード。テスト期間の為に寮生達の必死の思い、一縷の望みが所狭しと書き殴られたそれが、闇の中にぽつんと浮かんでいる。


「でも、様子が変だ」


 鳩座が指摘した通り、それはおかしかった。ぞわぞわと何かが表面で蠢いている。


「文字が、線が、──動いて、何かに」


 ぼろぼろと線だったものが剥がれ落ち、何かに変化して闇に溶ける。それはのたうち、うねり、細長い身体を撚り合わせながら、何かへと変貌してゆく。


「蛇か。念の籠もった線で出来た蛇たァ、こいつは──手強そうだな」


 カラハが笑う。そう、現れたのは蛇。ホワイトボードに書かれた線よろしく黒々と、その線一本一本を鱗のように折り重ねながら築いた身体からは瘴気が噴き出す。


 一方で鳩座がホワイトボードを眺めて呻く。


「残った線が、あれは、何かの紋様か魔法の術式か……まずい、早く消さないと」


 カラハが眼を遣ると、線が剥がれ落ちた痕に残った黒が、何かの術式めいた形を描き出していた。曼荼羅のように複雑な、それでいて旧い魔術のように優美な、偶然めかして描き出された巨大な紋様。


 それが闇の中で、輝き始める。


「ヤベェ、何かは分かンねェけどヤベェのは間違い無ェ! 停めるぞッ、鳩座ァ!」


「分かっている! 僕が蛇を受け持つ、走れ、マシバ・カラハ!」


 鳩座が巨大な蛇に対峙する。その脇を、カラハが『瞳』を輝かせながら全力で走る。


 そこへまた幾匹もの鎌首がもたげられた。闇から溶け出すように、十匹を越す数の蛇が姿を現しカラハの前に立ち塞がる。


「一匹じゃねェのかよ!?」


 カラハの絶叫が響いた。


  *





あれですね、作中に出て来たゲームは『女神転生』系列ですね。

ダンジョン物と言えばウィザードリィが代表格だと思いますが、絵面的にメガテンですよね、今回のは。とか思ったり。あ、作者はどちらも大好きでした。


それにしても今回は蛇がテーマというか敵モチーフです。零章は虎、一章は鳥でしたが、今回は蛇というので少し不気味さが増した感じです。

ぼちぼち更新、次回も宜しくです。



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