入寮祭と、恋しぐれ:そのろく
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更新まで少し間が空いてしまいました。申し訳無いです。
続きです、どうぞお楽しみ下さい。
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「大丈夫ってどういう事だよ、マシバ! それに山本と太田に何しやがった!」
突然現れたカラハに成瀬が語気を荒げた。思わず立ち上がろうとする成瀬を鳩座が宥めて座らせる。
「まあ落ち着きなよ、彼はその──味方だ。話を聞けって」
「で、どういう事なの、カラハ?」
成瀬の代わりに口を開いたナユタにカラハは近付き、そして片膝を突いてしゃがみ込んだ。カラハはナユタの唇から一筋垂れたままの血を自分の親指で拭ってやりながら、口を開く。
「あの二人は気絶させただけだから安心しろっての。『種』は取り除いたし、それに成瀬だっけか、お前の事に関しての記憶はぼやかしといた」
「記憶を……?」
不審げな成瀬の表情には目もくれず、カラハは何気もない様子で続ける。
「あァ、別に記憶を無理に弄ったとか消したとかじゃねェから。ただ、お前が化けモンになるところとかをな、ちょいとぼやかして『気のせいだった』ぐらいに思うように、ちィっと軽いフィルターを掛けておいたってェか」
「……そんな事、出来るのか。つかマシバ何なのお前、お前もアラタと同じで陰陽師か何かなのか?」
「ま、似たようなモンだ」
カラハは牙を見せてニヤッと笑うと、そこで初めてじっくりと成瀬の顔を覗き込んだ。その心の中までも見透かすような視線に、成瀬はびくりと体を震わせて逃れようとするものの、魅入られたように目線を外せずにいる。
「あ、え、な、何……」
戸惑いに自然と成瀬の口から言葉が漏れる。カラハは不安に揺れる成瀬の瞳をじっくりと覗いた後、ふ、と笑んで成瀬の目の前でパチリと指を鳴らす。
瞬間、成瀬の身体から力が抜けた。
「あー、心配要らねェな。もう何も残っちゃいねェ、お前はもう化けモンにゃアならねェよ」
ヘナヘナとへたり込んだ成瀬を、後ろに居た鳩座が支える。成瀬の服に付いた黒い殻の残滓を手で払ってやりながら、鳩座は立ち上がったカラハを仰ぐ。
「マシバ・カラハ。彼はもうあやかしにはならないっていうのは本当なのか?」
「あァ、もう原因の種だか芽だかは残ってねェし、入り込んでたモンも全部綺麗さっぱりだ。ナユタの炎で浄化されたんだろ、大丈夫だ」
「……視ただけで全部解るのか。相変わらず君らは規格外だな」
呆れたように苦笑する鳩座に、ナユタもはははと笑う。そんな遣り取りを呆然と眺めながら、成瀬は力無く呟く。
「こんな、漫画みたいな事が現実にあるとか、信じらんねえよ。お前らみたいなのが普通に一般人に紛れてるのも、訳分かんねえ」
「まあ普通はそう思うだろうな。自分もそうだったし」
鳩座が少し遠い目をして同意した。
散らばっていたままの黒い殻はボロボロと崩れ、跡も残さずに消え始めている。成瀬の服ももうすっかり元通りで、焦げた跡などは見当たらなかった。
「で、どうする? カラハ」
術を解き、戦闘装束から元の服装に戻ったナユタがカラハを見上げた。そうだなァ、とカラハは成瀬を見ながら少し思案する。
「おい成瀬。お前が望むなら、今回の件に関する記憶を忘れさせてやる事も出来るんだが、どうするよ? もう化けモンにはなる心配は無ェし、全部忘れて元通りの生活が出来る。記憶をちょいと弄ったぐれェで別にどうにもなンねェ。……お前は、どっちがいい?」
成瀬が息を飲んでカラハを見上げた。その瞳には不安の色が滲み、自然と自らの胸に手を添える。成瀬は一度瞳を閉じ、そして今度はナユタを見た。
「なあ、アラタ。お前は俺を救ってくれた。悪い感情も全部焼き尽くすと言ってくれた。なのにこの胸に燻る焦燥は消えないんだ。何でだと思う?」
ナユタは成瀬の正面に膝を突き、その肩に手を添える。
「成瀬君。僕は、君の殻を焼いた。『種』によって増幅された負の感情を焼いた。爆発するような引火寸前の痛みを、苦しみを焼いた。自分自身を騙す嘘を焼いた」
「……ああ。でもまだ、痛いんだ、胸が」
「だからさ。それは、君自身の本心なんだ。君の本当の気持ちなんだ。それは誰にも焼けない、消せない。……僕も持ってる、おんなじ気持ちだよ」
「アラタも、同じ? でも」
ナユタは柔らかく笑んだ。その眼は寂しげで、陰を帯びて、それでも優しさを湛えていた。
「僕もね、叶わない事がいっぱいある。嫉妬もするし、苦しいし、後悔だって溢れるぐらい抱えてる。好きな人がいて、でもその思いは彼女には届かないし、生きるのに精一杯で、でも足掻いてる」
「アラタ」
「だから言ったんだ、僕も一緒だって。ね、同じでしょ?」
「……ああ」
成瀬の目から、ボロボロと涙が零れた。ありがとう、そう呟きながら成瀬は泣いた。
その涙はもう黒くはなかった。透明の雫は青白い炎を反射して、キラキラと輝いた。
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結局、成瀬は記憶を消さない事を選んだ。
「お前らの事も言いふらしたりしないから安心してくれ。まあ喋ったところで誰も信じないだろうけどよ」
「ま、そうかもなァ」
火を消し結界を解いた薄闇の中で、ナユタの代わりに後片付けを終えたカラハが笑う。空を仰いだ鳩座が肩をすくめて苦笑した。
「……ぼちぼち戻ろうか。入寮祭もそろそろ終わりだろうし」
「じゃ、後頼んでいいか? 俺ナユタ連れてくわ」
「分かった。後はうまくやっておくよ、お疲れ様」
カラハの頼みに鳩座は軽く頷いた。すまねェな、とカラハはおどけた敬礼をしつつ、ひょいともう片方の手でナユタを抱え上げる。
「え、カラハ、ちょっと何するの。自分で歩けるって」
「嘘つけ、ふらふらしてンじゃねェか。大人しく担がれてろ」
荷物のように肩に担ぎ上げられたナユタは抗議するものの、カラハは聴く耳持たずを貫くつもりらしい。
「じゃあせめて別の担ぎ方にしてよ、これじゃああんまりだ」
「別のって。……しゃアねェな、ワガママばっか言いやがって」
カラハはナユタの身体を落とさないよう注意しながら、するすると移動させて抱え直す。しかしそれは──。
「ひゃっ!? ちょ、ちょっとカラハ! これ!?」
「ンだようっせェな。黙って運ばれろ」
「だ、だってこれって、お姫様抱っこじゃないか! 恥ずかしいからやめて! 僕は男なんだ!」
「別にイイだろ、気にすンな。暴れると落ちるぞ」
「気にするよ! もしかしてこのまま講堂に戻る気!? やめて、恥ずかしいからやめて! 明日から僕のアダ名が『姫』になる! 自分で歩くから下ろして、お願い下ろして!」
「……あー、もう遅せェかもな」
ぼそり呟いたカラハの言葉に、腕に抱かれたままのナユタが引きつった表情の顔を上げた。
今はもう既に二号館の脇を抜け、講堂前の広場に差し掛かろうとしているところだった。それはつまり、講堂前の階段からならナユタ達の姿がもう見えてしまう位置にいる、という訳で。
沢山の女子達が、二人の姿を見てキャーッ! と黄色い声を上げた。キャアキャアと何やら無駄に喜ぶ者、顔を赤らめながらも凝視する者、ステキだ何だ歓声を上げる者、果ては携帯のカメラを向けてくる者までいる始末だ。
ナユタの顔は見る間に赤く染まり、余りの状況にカラハは狼狽えながら目を泳がせ、そしてナユタを地面に下ろした。そのままナユタはしゃがみ込み、両手で顔を覆った。
「もう駄目だ全部手遅れだ」
「悪りィ、すまん、ホンット申し訳無ェ。謝る、マジでゴメン。何つーか、見通しが甘かった」
「だから言ったのに」
そんな微妙な空気が流れる二人の許へ、走り寄る影が一つ。足音に気付きナユタとカラハがそちらを向くと、そこに居たのは息を弾ませ満面の笑みを浮かべたヒトミだった。
ヒトミはキラキラした目で二人の姿を見詰め、胸の前で両手を組んでまるで踊るように跳ねている。
「お二人がそういう関係だったなんて気付きませんでしたわ! ステキですわ! ああ、わたくし、お二人を全力で応援させていただきます!」
「あ? えっとだな、その。ヒトミ、何か勘違いしてねェか」
尚もうっとりと顔を赤らめ妄想じみた言葉を紡ぐヒトミに、カラハとナユタは大きく溜息を吐いた。
「僕もうおムコに行けない。カラハ責任取ってよ」
「その台詞、今は逆効果っつーか誤解をより加速させそうだから、やめといた方がいいぞ」
「まあ! これぞ禁断の愛ですわね!」
ナユタはヒトミの言葉に反論する気力さえもう残ってはいなかった。隣ではカラハが頭を抱えてうずくまった。
ヒトミの笑顔だけが、やたらと眩しかった。
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ヒトミちゃん実はちょっと、色々アレな子だったりします。
自分がヒトミをヒロインと位置付けているのは、主人公であるナユタがヒトミを好きだからというのが最大の理由なのですが、それ以外にもまあもろもろあったりする訳です。
まあそのあたりは追い追い明かされる筈、という事で。
ちなみにカラハが何でお姫様抱っこしたかと言うと、やり慣れてるからなんですよね。普通はおんぶとか、抱き上げるのでも他にもあると思うんですが、カラハは米袋担ぎか姫抱っこの二択っていう、つまり荷物か女かの二択。
あとカラハがイケメンなのは作中などでも明記してある通りなんですが、ナユタもそれなりに整った顔立ちをしています。雰囲気が地味だし度の強い眼鏡を掛けてるので目立たないのですが、裸眼だと目は意外とぱっちりしているし、小顔で顎がきゅっと尖っています。
ただあからさまにモテるタイプでは決してない(ナユタの事を憎からず思っている人はいない訳ではないが、真面目で奥手な子が多い)のと、身長が低めなのがコンプレックスで、自分はモテないと思い込んでいます。コミュ障ではないですが、基本陰キャで大人しいので。それに隣にカラハみたいなのが来たら余計そうなります、っていう。
そんな感じで入寮祭編は次話で終わりです。思ったより長くなってしまいました。
それでは今後とも宜しくなのです。
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