新歓コンパと、朝帰り:そのさん
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お待たせしました、続きです。ボウリング編です。
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「んんおりゃあああああっ!」
ッッコーーーーン!
とても小気味よくピンを倒す音が、人が少なめの場内に響いた。イズミの投げた球は物凄い速さでレーンの中心を一直線に転がって行き、並んだピンのど真ん中だけをスパコーンッと弾き飛ばしたのだ。
「どうだ」
無い胸を張るイズミ、頭を抱えるライジン。笑いを堪えるのに必死な他の面々。
「あのねイズミちゃん先輩。あんなど真ん中いきなりブチ抜いたら、左右に残っちゃってあと一球で全部倒せなくなるでしょ」
「もう、ライジンは細かいな」
「別にええじゃないですか楽しけりゃ。本人の気が済むんならそれで、ね、イズミ先輩」
「うむ、漫才君の言う通りだぞ。私はこれで楽しいんだからライジンはゴチャゴチャ言うな。勝負なんて下らない事やるのはあの二人だけでいいだろ」
宮元の助け船にイズミは上機嫌に頷き、そして呆れた目を少し離れた灰皿傍のソファに座る二人に向ける。
この部で恒常的に煙草を吸う面子は二人しかいない。そう、カラハとオウズ教授だ。
イズミは出て来た球を再び構えると、また思い切り振りかぶってスパーンと投げた。レーンの右寄りを真っ直ぐに転がる球は右側に残ったピンだけを倒して消える。
その結果に満足げに戻って来たイズミを見上げ、ライジンは溜息をついた。
「もうちょっと工夫すれば、もっとスコア伸ばせると思うんすけどねえ」
「私はこれでいいんだ」
入れ替わりに立ち上がり球を掴み上げたライジンが、苦笑しながらレーンに歩み出る。隣のレーンでは二頭目をガターしたナユタが、照れ隠しに笑いながら席に戻っていくところだった。
「まあ、イズミちゃん先輩らしくて、あれはあれでいいっすかね」
独り言を呟きながら流れるような動作でボールを滑らせた。スピンの掛かった球は見事な軌跡を描きながら、多くのピンを薙ぎ倒してゆく。
「あちゃー」
一本だけ残ったピンを目にして、ライジンは肩を竦めた。
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あれからボウリング場に着いた部の面々は、四人ずつ二つのレーンに分かれてゲームを始める事となった。
片方が教授、レイア、イズミとライジンの四名で、もう片方が男子寮組である。
「さて勝負だ、マシバ・カラハ。よもや逃げるなどという腰抜けではあるまいな?」
教授の決闘じみた申し出に、レンタルのシューズを履き終えたカラハは眉間に皺を寄せながらゆっくりと立ち上がる。二人共とても上背があるのだが、カラハの方が教授より数センチ高かった。その僅かな差は離れていれば目立たないものなのに、至近距離では明らかな差異としてその事実が露わとなる。
「何で俺と教授は勝負する事になってるンすか? そいやカラオケでも勝負するとか何とか言ってたっスよね」
「理由はどうでもいいだろう? さあ受けるか受けないか、どっちかの答えを言え」
「……勝負ってンなら、何か掛けないんスか。ただ勝負するだけじゃ」
渋い顔のままポケットから出した煙草を咥えるカラハの言葉を遮るように、同じように煙草を取り出しながら教授は口を開いた。
「本音を言えば、私はただお前に勝ちたいだけなのだ。だから何を賭けるかなどという低俗な取り引きには興味が無いのだが、お前がそれでは本気になれないと言うのならば、何か考えてやってもいい」
「はァ!? ……マジすか」
教授の言葉にカラハは片眉を上げて驚くと、少し視線を彷徨わせてから軽く目を伏せ、そして溜息を吐いた。
「そういう事なら、俺もどっちでもいいンすけどね。ただやっぱ自分としては張り合いが無くなるんで、何か──そうっスね、教授が勝ったら俺、一日二日禁煙でもするっスよ」
「ふん、ヤニ中毒のお前にはいい罰だな。しかし万一私が負けた時にはどうする? 私はそこまで煙草に依存はしていないから、禁煙は罰にはならんぞ」
煙草に火を点けて深く吸い込みながらカラハは思案する。こちらが得をする事よりも、出来れば相手にダメージを与えたいというのが本音だ。しばらくの間、煙草一本分の時間を掛けて考えた後、カラハは何かを思い付いたらしく、楽しそうに牙を見せてニヤリと笑った。
「じゃア教授。俺が勝ったら、寮メシ食って下さい、男子寮のメシ。食った事無いっスよね? じゃあそれでイイっス」
「……寮の飯? 飯を食うのか? それでいいのか?」
「ああ、食ってくれるだけでイイっスよ」
楽しげなカラハの態度に不信感を抱きつつ、とにもかくにも教授は許諾した。
次いで二人は細かいルールを決め、周囲の皆もその条件での二番勝負の見届け人となることを了承した。
まずはボウリング対決の火蓋が切って落とされた。
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最初の勝負の勝ち負けは明確だ。三ゲーム目のスコアが多い方の勝ち。シンプルである。
一ゲーム目と二ゲーム目は肩慣らしという事で和気藹々としたプレイが続いた。皆それぞれにプレイに個性があって、観察するとその差がはっきりと出て面白い。
初心者丸出しなのがナユタと宮元の二人だが、それはそれで下手なりに楽しんでいるようだ。テクニカルなのがライジンとレイアで、軽めの球にスピンを掛けたりしてまずまずの本数を倒している。
それとは真逆のパワープレイなのがイズミとカラハ。イズミは直球ど真ん中剛速球でピンが残ろうが本人は気にした様子は無い。ボールを投げることそのものが楽しいのだろう。
カラハはイズミよりも幾分かマシなコントロールだがやはりピンが残り気味で、ストライクが取れない回はスペアは取れずかなりムラが目立つスコアだ。本人は別の事に意識を集中しているように見受けられるので、準備運動と割り切っているのかも知れない。
逆にバランスが良いのが年長者二人だ。教授も寮生長も若い頃は相当やり込んでいたと見え、確実にスペアを取って高スコアを叩きだしている。まだ酒が残っているとは思えない程の体捌きで、相当場慣れしている事が窺えた。
「どうだマシバ・カラハ。ギブアップするなら今の内だぞ」
「まだウォーミングアップにもなってないっスよ。戦う前から白旗とかありえねェ、本気出すのは本番になってからって決めてンでね」
二人の間に散る火花に、周囲の人間は生温かい視線を向ける。ともあれ一ゲーム、二ゲーム共に教授と寮生長がトップという結果となった。
──そしていよいよ運命の三ゲーム目、勝負本番が始まる。
他のメンバーはそれまでと変わらない態度でプレイを続けているが、その二人は明らかに雰囲気が違っていた。教授からはまるで殺気のような張り詰めた空気が漂い始め、一方のカラハは座ったまま目を閉じて意識の集中を始めている。
「カラハ、次だよ」
「教授、順番ですよ」
ナユタとレイアがそれぞれ声を掛ける。教授とカラハの順番は四人の中で揃えたように最後同士、二人同時に立ち上がり張り詰めた様子でボールを構えた。
「精々足掻くがいい。私の優位は変わらんがな」
「……勝手に吠えてろ」
カラハは教授の挑発にも動じる事無く、目だけを鋭く心を凪ぎさせている。教授はそんなカラハの様子を鼻で笑い、刺すような空気を纏ったまま綺麗なフォームで球を投げた。
完璧なコースを辿りボールがピンを弾いて行く。カラハもそれを追うように、先程までとは違ったしなやかな動きでボールを走らせた。
「おおっ、二人揃って初っ端からストライクかいな! こら力入っとるで!」
教授のレーンのピンが全部倒れるのに続き、カラハのボールも十本のピンが倒れる気持ち良い音を響かせた。
勝ち誇った顔をしていた教授の表情が、少し苦いものに変わる。カラハはそんな教授の鋭い視線を受けて口許を笑みに歪めたが、またすぐに凪いだ状態に戻った。
そんな第一投目から始まったゲームは熾烈なものになるだろうと、この場にいた誰もが予想し、そして事実そう進行していった。
──すなわち、二人共がストライクを取り続けたのだ。
最初は気付いていなかった他の客や店員も徐々に注目し始め、この勝負の行方はどうなるのかと皆が固唾を飲んで見守り始めたのである。こうなると堪らないのは二人以外の面子、とりわけナユタと宮元の下手っぴコンビだ。自分たちが注目されている訳ではないのは分かっているとは言え、素人丸出しの低いスコアを見られる事には閉口したし、いささか不甲斐ない気分を味わった。
そんな中、カラハと教授の二人はひたすらにストライクを取り続け、とうとう後一等でパーフェクトとなる処まで来ていた。
「おやおや、運が味方したか。よもや私と並ぶとはね」
「運も実力って言うだろォ。負ける気は無ェっスよ」
二人は同時に構え、そしてまるで示し合わせたかの如く、同時にボールを投げる。
二つのボールは真っ直ぐに、ピンに吸い寄せられてゆく──。
店内に居た全員が息を詰めて見守る中、ピンを倒す小気味の良い音だけが高らかに、響いた。
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さて勝負の行方はどうなったのか……!? 次回を乞うご期待!
この幕間話、字数が多くてすみません。出来るだけ話数を少なくしたかったもので。読み辛かったら申し訳無いです。
さて次回はカラオケ対決です。よろしくです。
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