新歓コンパと、朝帰り:そのに
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お待たせしました、続きです。
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そしてその週の土曜日、午後六時。駅前のとある鳥料理専門店の奥座敷に彼らはいた。
「えー、それでは皆さんお揃いのようですし、そろそろ始めたいと思います」
今回の酒宴の幹事長たるナユタが立ち上がり、慣れない風情で司会進行として挨拶を始める。皆の注目を浴びていささか緊張を覚えるものの、所詮は総勢十人のコンパクトな会だ。すぐに緊張などする必要が無いことに気が付き、ナユタは笑顔を取り戻す。
「──それでは教授、乾杯の音頭をお願いします」
合図を聞き、一番奥の上座に座ったオウズ教授に隣席のレイアがグラスを手渡すと、教授はおもむろに立ち上がり、そして他の参加者も次々と腰を上げた。皆、淡い金色に輝く液体の弾ける小さなグラスを掲げている。
「それでは、我が部の今後の発展を祈って。──プロージッット!」
プロージット! と皆の声が重なる。同時にグラス同士の軽く触れ合う涼やかな音がそこかしこで上がり、そして杯が空になると同時に拍手が起こった。
カラハとツクモも慣れない手順に見よう見真似で杯を干し、一方宮元には戸惑う様子は見られない。音頭が日本語かドイツ語かなど多少の差異はあれど、礼儀作法に厳しい部の宴会の手順というのは大体似たようなものなのだ。
この会、名前こそ『新入部員歓迎コンパ』となっているが、一般に想像するであろう『コンパ』とは少し違うものである。
この規律を重んずる大學において、部活、とりわけ『武道部系』と呼ばれる居合や空手を始めとするコンバット系部活や、祭式研究部・雅楽部などの作法を重んずる部においては、およそコンパというイメージからはかけ離れた飲み会が行われている。全員が黒スーツを着用し礼の角度にすら気を遣う様は、さながら任侠のそれを思い起こさせるものだ。
神話伝承研究会の飲み会はそれら程は厳しくはないものの、それでも一昔前の会社の歓送迎会程度には堅いものであった。決してコンパと付いているからと言って、合コンのようなものを想像してはならないのだ。
「しかしこれ、スパークリングワイン? 凄ェ美味いんだけど。もっと無ェの」
「カラハ、それ乾杯用だけのやつだから。飲み放題には入ってないから我慢して。あとこれから挨拶だから黙ってて」
堅苦しいのは抜きで、と皆が座り直したところでのカラハの無礼講振りに、ナユタがキレ気味に突っ込む。少し口調に棘があるのは、幹事で気を張っているせいだろう。
ちなみに乾杯とは言え、本物の酒が注がれていたのは成人である六名だけであり、未成年の四名はノンアルコールのスパークリングワイン風の飲料だ。こうした細かい気配りもライジンの指導のたまもので或。
「よし、人数も少ない事だしな。皆順番に自己紹介だ。ああ、冷めるから食べながらでいいぞ、遠慮するな」
教授の発言によりレイア、イズミと上から順に改めて自己紹介をする事となった。とは言うもののそこまで格式張った会でもなし、和やかな雰囲気で話は進んで行く。美味しい料理と飲み放題の酒があるとなれば尚更だ。
──しかしながら、何事も無く無事終わりますように、というナユタの祈りはどうやら天には届かなかったようだった。
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「おいマシバ・カラハ。酌をしろ」
この大學の飲み会では、下級生は上級生など目上の者に酒を注いで回らねばならないルールがある。指名があれば余程何か無い限り、断る事は出来ないのがしきたりだ。通生だったとは言えカラハはそういった事に鈍感ではない。
仕方無くカラハはニヤニヤと待ち受ける教授の下座に膝を突く。隣席の筈のレイアは女子同士で固まっているのが見えたので、ここに座っても問題は無いだろう。
「失礼します」
差し出すグラスにトクトクとビールを注ぐと、今度は教授が余っているグラスをカラハに突き出した。
「よもや私の酒が飲めんとは言うまいな?」
「……頂きます」
返杯を受けながらカラハは、厄介なのに目を付けられちまったな、と心の中で悪態をついた。何か切っ掛けがあるたびに突っ掛かってくるオウズ教授にうんざりし始めていたのだ。
グラスの中身を一気に呷る教授に倣い、カラハもグラスを傾けた。久し振りに飲んだ瓶のビールは、どうしてもアルミ臭が鼻につく缶と違い、癖が無くまろやかな泡が喉を通り過ぎて細かく爆ぜる。
「そうだ。マシバ・カラハ、お前何か芸出来るか? ちょっと肴代わりに芸をやれ」
無茶振りはなはだしい台詞に、カラハは思わず出そうになった舌打ちを堪えた。
「突然っスね……何でもいいなら出来なくは無ェっスけど、んン、狭めェしなァ」
「歌は無しだぞ、後でカラオケで勝負するんだからな」
勝負すンのかよ、と心の中で苦々しく吐き捨てながら、カラハはそれでも無茶振りに対応しようと二畳程のスペースを眺めながら思案する。
「道具も何も無ェし、……ああ、ジャグリングとかどうスかね」
「ほう。出来るんならやってみろ」
立ち上がり前に進み出たカラハの行動に皆も気が付き、何だ何だとわさわさと集まってくる。
「えと、芸やれって事でジャグリングすンだけど、何ンかお手玉するモンのリクエストあるスかね? 無ェなら煙草の箱とか……」
皆を見回すカラハの言葉に、教授だけが当然と言わんばかりに野次を飛ばす。
「ジャグリングと言えば刃物か火が定番だろう! 臆病で無理だと尻込みするなら仕方無いがな!」
「教授!? それは駄目ですよ! もし失敗したらお店に迷惑が掛かります!」
慌てて声を上げる寮生長に、教授は詰まらない物を見るような視線を流し、更に煽りを続けた。
「失敗しなければいいだけの話ではないか。やる前から失敗を前提にするなど、それこそ臆病者の所業だろう?」
ナユタとヒトミが息を飲み、ライジンは何かを言おうとして言葉にならずに口をぱくぱくさせている。寮生長と宮元は諦めたように溜息を吐き、レイアとイズミが冷めた視線を教授に送る、そんな中。
「──あ、あの。それではこんなのは、い、如何でしょうか……?」
おっかなびっくりな言葉と共に、ぽん、と何か輝く物が一つ、二つ、三つと幾つも空中に出現した。突然の事にぽかんと皆が注目する、その所業をやってのけたのは──この場で唯一の一回生であるツクモだった。
「──それ、鬼火……いや、狐火か」
カラハの指摘にツクモは頷き、少し恥ずかしがりながらも更に火の玉を出現させる。
「あの、あたし、狐憑きなので。えっと、温度とか、実体か霊体かの調整も出来るので、手に持つと熱いけど畳や服は燃えないように、って出来るんです」
へええ、と皆から感嘆の声が漏れる。先程まで困ったように眉間に皺を寄せていたカラハが一気に上機嫌になり、牙を見せて笑った。
「それイイな、凄ェな、それイイ、それでいこう!」
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結論から言うと、カラハとツクモのショーは大成功を収めた。
カラハが幾つもの火の玉をお手玉しつつ、横からツクモがアシスタントよろしく新たな狐火を渡したり受け取ったりと、これが打ち合わせなどしていないというのに息がピッタリで非常に見応えのある出し物となったのだ。
皆やんややんやの大喝采で、盛り上がりにつられてうっかり目撃した店員さんが卒倒するなどのアクシデントはあったものの、口の回る宮元が上手く誤魔化し言いくるめて無事事なきを得た。
教授は満足した様子だったがそれを素直に認めるのが悔しいらしく、まあ悪くはなかったな、などと憎まれ口を吐いた。そいつァどーも、などと流しつつカラハは、自分の分のデザートであるアイスの小皿をポンとツクモの席に置いた。
「さっきはありがとよ。これ、良かったら食べてくんねェ? 俺甘めェの得意じゃなくてな」
「いいんですか!? じゃあ遠慮無くいただきます!」
幸せそうにスプーンを握るツクモの仕草に、カラハは楽しげに笑う。それを見て隣に居たヒトミも嬉しそうに笑った。
「カラハさん、ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちの方だ。なんせこいつのお陰であの教授の無茶振りを切り抜けられたんだからな」
そう言ってカラハは無意識にツクモの頭をくしゃくしゃと撫でた。ひゃあ、とツクモは小さく悲鳴を上げ、顔を耳まで真っ赤にしてヒトミの腕にしがみ付く。
「ひゃ、せ、セクハラですぅ!」
「あァ、つい、悪りィ悪りィ」
そのツクモの様子が余りにも可愛らしくて、周囲の皆はどっと笑ったのだった。
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「それではお先に失礼します。ご馳走様でした」
「お先に失礼します! ありがとうございました!」
タクシーに乗り込みながらヒトミとツクモは皆に頭を下げる。
無事一次会も終了したところだが、女子寮生の二人の参加はここまでである。門限の都合で早めに帰らなくてはならないのだ。名残惜しいが致し方無い。
「じゃあまたね、おやすみー」
「おやすみなさーい」
口々に挨拶を述べてタクシーを見送り、そして一行は駅のロータリーで各々一息をついた。
「えー、みんな揃ってる? それではこれから二次会のボウリング場に向かいたいと思いまーす」
頃合いを見計らってアナウンスするナユタの声に、カラハと教授が吸っていた煙草を同時に灰皿で揉み消した。
さあ、新たな戦いの始まりだ。
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次はボウリング対決! です!!
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