新歓コンパと、朝帰り:そのいち
▼
はい、幕間です。おまけの日常話です。
まずは神話伝承研究会の新入生歓迎会にまつわるあれこれです。
▼
*
「はーいじゃあ新歓コンパの相談会議始めるっすー。静粛にーっすー」
とある平日の夕方、パンパンと手を叩きながら部室で声を張り上げたのは、鴉天狗であるところの三回生のライジンだった。ざわざわとしていた皆が一斉に黙る。
今、神話伝承研究会の部室に集まっているのは五人。イズミとライジンの部長副部長コンビと書記の寮生長、ナユタにヒトミという面子であった。
教授と院生のレイアは忙しく、部会などの特別な時ぐらいしか来られないので居ないのは当然として、あと三名──新入部員のツクモと宮元、そしてカラハはそれぞれ別の部に行っている。ツクモは女子ソフト部、宮元は雅楽部、カラハは書道部だ。女子ソフト部と雅楽部はどちらも活動が盛んな部である。書道部はそれ程でも無いが、今日はたまたま何か話し合いがあるとの事だった。
寮生長、ナユタ、ヒトミはそれぞれ写真部、煎茶道部、華道部と兼部しているが、そちらの活動は通常の文化系部がそうであるようにかなり緩やかであるので、こちらに顔を出している次第である。ちなみにイズミとライジンは他の部活には入っていない。
「はい、じゃあまずは幹事決めっすね。今年は二回生に幹事全部やって貰うつもりなんで、覚悟してねー」
「ええマジですか」
思わず不平を述べるナユタをライジンはキッと睨む。
「あのね! 君達は三人いるでしょうが! 俺っちはね、昨年度ね、一人でずっと幹事ぜーんぶやったの! いやその前の年もね、イズミちゃん先輩がこんなだから実質は俺っちが殆どやってたの! わかる!?」
「ごめんなさい」
ライジンの魂の叫びにナユタは素直に謝った。しかしイズミの事については、本人を目の前にして言っても良いのか、と疑問に思ったが、目を遣るとイズミは一切反応を示していなかったのでスルーする殊にした。
「じゃあ折角ですし、三人で幹事やりましょうか。幹事長は私とナユタ君、どちらがいいですかね」
寮生長の言葉にヒトミが小首を傾げつつ口を挟む。
「あら、わたくしでは駄目なんですか?」
ああ、とナユタが補足する。
「女子寮は門限が早いからねえ。二次会とか、場合によっては三次会まであるからね、そっちは無理でしょ。ヒトミさんは一次会を重点的にってのと、女子寮生……ツクモさんの世話をお願い出来るかな」
「ええ、確かにそうですわね。では申し訳無いですが、出来る範囲でお手伝いさせて頂きますね」
そして花が咲くかのようなヒトミの笑顔に、ナユタはぎこちない笑みに顔を固まらせながら何度も頷いた。その分かりやすいナユタの態度に、しかし寮生長は気付かない振りでさらっと話を進める。
「ではナユタ君、幹事長お願い出来ますかね。三次会以降は私が担当しますので、メインの一次会二次会はそちらで」
「えっ」
「だって私、入寮祭とか色々で寮役の仕事が忙しいんですよ。それに当日は私、外泊許可取りますし」
「えっ何ソレどういうことなの」
突然の寮生長の暴投っぷりにナユタが真顔になる。しかし三十六歳のおじさんはこういう場面の上手な切り抜け方も心得ているようだった。
「ちょっと私、一度家に帰省したいんですよ。早めに済ませておきたい親族の野暮用がありまして」
「……パパっち、家どこだっけ」
そうなんだ、と納得しかけたナユタを不憫に思ったのか、すかさずライジンが意地悪なツッコミを入れる。寮生長は横目でライジンを見遣ると、溜息交じりに答えた。
「ああ、はい、四日市ですよ」
「近いじゃないか! ちくしょう騙されるところだった! 大人って汚い!」
激昂するナユタの言葉にライジンが笑い転げる。上手くいってたのに、と悪びれない顔の寮生長にヒトミがクスクスと笑った。
「四日市なら日帰りで充分ですわね! ああでも外泊許可取りやすいのは羨ましいですけど」
「ほんと大人ってずるい」
まだ愚痴を零すナユタの態度に皆はひとしきり笑った後、改めて寮生長が咳払いを一つ。
「まあ冗談は抜きにしても、ちょっと本当に今の期間忙しいので、宜しければ任せたいんですが。次の納会かOB会の時には私が幹事長やりますから、代わりばんこって事で」
「ん、まあ仕方無いよね。じゃあ今回は僕でいいです」
「よしナユタっちに決まりだね」
ライジンの音頭でパチパチと拍手が起こる。じゃあ次は、と飲み会幹事ベテランのライジンが、幹事が決めなければならない事、やらなければならない項目などを次々と三人に伝えて行く。
「もういっそライジン先輩が幹事やってくれた方が早いんじゃあ」
「ナユタっち、後で電気ビリビリの刑ね」
「すみませんごめんなさいもう言いませんから許して下さい」
ナユタの悲痛な叫びがこだました。
*
「で? 結局ナユタも宮元も外泊許可取ったって? 何やってンのお前ら」
「だってパパだけずるいというか。僕らも門限気にせず遊びたいじゃない」
「まァ俺が言えた義理じゃア無ェけどよ。で、理由は何て書いたんだ?」
「友人宅訪問、住所はパパん家で。そもそも許可出す寮監と寮生長がオウズ教授とパパだからまあ大丈夫なんだけどね」
そしてナユタは遠い目をしながらフルーツティーを啜った。甘酸っぱい香りを辺りに漂わせる今日のお茶は、仄かに甘いベリーミックスだ。
渋い普段使いの着物と上品な金彩が施された瑠璃色の磁器がミスマッチこの上無いが、人の趣味には口を出すまいと、カラハは茶請けのバタークッキーを口に放り込んだ。甘すぎない、バターのよく効いたクッキーは舌の上でホロホロとほどけ、ベリーティーの風味をよく引き立ててくれる。
「カラハも三次会まで来るでしょ? ていうかカラハこそ強制参加だよね、何なの平日だけ寮生って。委員とか全部免除されてるしそれで週末はマンション戻るとか、何なのフリーダム過ぎでしょ」
「俺に文句言われてもなァ。そっちのが都合イイからって、教授と寮生長が特例作って勝手に決めちまったンだ。俺ァ別にずっと寮に住むつもりなんて無かったのによォ」
「あれ、カラハがそうしたい訳じゃなかったんだ」
「ンな訳あるかよ。週末しか夜遊び出来ねェとか何の罰だっての、面倒臭くてしょうがねェって」
カラハのぼやきにナユタがふふっと笑う。これはもしかしたら、自由人過ぎる友人に首輪とリードを着けたかった寮監と寮生長の苦肉の策なのかも、と思い至ったからだ。今のところそれは成功のようで、現にカラハはふらふら遊び歩いたりする事も無く、大人しくナユタの部屋でこうして茶など啜っているのだから。
「でさ、話戻るけど。新歓コンパ、この週末の土曜日だから。三次会まで参加決定でいいよね? いいって言っとけ」
「だから強制なんだろ? んで二次会と三次会って何すンの?」
「二次会はボウリング、三次会はカラオケがうちの部のデフォなんだ」
「マジか。宴会の後全力でボウリングすンのかよ。馬鹿じゃねェの」
「それがいいんだろ」
げんなりした表情のカラハの様子にナユタは愉快で堪らない。型破りに見えて、カラハの感性は意外と常識人なのだ。いや、型破りとはまず型を知らなければ破れないのだから、そもそもそういう事なのだろう。
「そうそう、今回は教授も全部参加するって言ってたよ。カラハに『敵前逃亡は認めないからな』って伝えとけってさ! ガンバ!」
カラハはもう何も言わず呻きながらただ、天井を仰いだ。
*
▼
そんな訳で続きます。
新歓コンパの話は三話か四話で終わる予定です。よろしくです。
▼




