五百円玉と、追う背中
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今回で第一章は完結となります。
さてオススメBGMというか、一章の最後なのでエンディングテーマ曲という感じで。
小林太郎『花音』
をお薦めしておきます。
それではどうぞ、お楽しみ下さい。
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丁寧な謝罪──そんなカラハの行動に、教授は少しだけ訝しむ。
「何故謝る? 何を謝る? それをはっきりしてくれないと、謝罪は受け取りかねるな」
教授の問いに、カラハは頭を下げたまま言葉を紡ぐ。その口調はいつもよりも落ち着いて、驚く程に丁寧で。酷く冷静なトーンの謝罪に、皆が息を飲む。
「──言葉尻に気を取られ、冷静さを欠きました。喧嘩腰で噛み付き、礼節を欠きました。俺の発言で皆の心を乱し、部の空気を悪くしました。ひとえに、俺の精魂の至らなさが招いた事です」
静かなカラハの言説に、誰もが言葉を失った。いや、教授だけは反応した。笑いを消してカラハに向き直る。
「何故、謝る気になった」
「ナユタのお陰ッス。自分の為に必死で喋るナユタの姿で、俺は冷静さを取り戻せた」
そしてカラハは頭を上げた。罰が悪そうに少し目線をずらすカラハの姿に、教授は鼻を鳴らした。
「はっ、お前の入部を認めてやる、皆に感謝するんだな。だがあれだけ大口叩いたんだ、個人的に許さないから覚えておけ」
「教授、戯れが過ぎますよ。器が小さく見えるからそういう言い方はどうかと思います」
捨て台詞めいた脅しをレイアにたしなめられて、教授は肩を竦めた。おもむろに立ち上がると、ポケットをまさぐり数枚のコインを机に落とす。
「──私はそろそろ行かねばならん。これは私からの差し入れだ、下の自販機で茶でも買って親交を温めるといい」
そして悠然と出口へと向かう教授に、皆が口々に謝意を述べた。扉を開けて振り向いた教授が片手を挙げる。
「それでは失礼する」
「お疲れ様でした!」「しゃーっした!」「お疲れ様です」「ありがとうございました」
揃わない皆の挨拶に苦笑しながら、教授は扉を閉めた。堂々とした靴音が段々と遠ざかってゆく。
足音が聞こえなくなってから数秒。──皆が示し合わせたように一斉に、大きな溜息を吐いた。
「つ、疲れたっす……」
ぼそりと呟いたライジンの言葉が、皆の気持ちを代弁していた。
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「……さっきはありがとな」
クラブハウスの中央階段下、一階の自動販売機で皆の分のジュースを買いながら、カラハはぼそりと呟いた。
「改めて礼なんて要らないから」
カラハの取り出すジュースを袋に詰めながらナユタは返す。手際良く機会にコインを投入するカラハの仕草に、ナユタはふと首を傾げた。
「そういえば教授、何で千円札じゃなくて五百円玉なんだろ。いつもそうなんだけどさ」
「ああ、そりゃここの自販機がコインしか使えねェって知ってるからだろ」
「えっ」
驚くナユタに、何でも無い事のようにカラハは笑う。
「あの人、ああ見えて結構気配り凄ェっていうか。ありゃツンデレの域だな」
「……マジで」
最後の一本を受け取りながら真顔になるナユタに、カラハは声を挙げて笑う。
「さ、戻ろうぜ」
二つある袋の片方を当然のようにひょいと掴むと、カラハはトントンと階段を上がってゆく。その背中を見上げながら、ナユタは階段を登り始める。
──僕は、あの背中に追い付けるんだろうか。僕よりも圧倒的な力を秘めた彼に……。ふと浮かんだ疑問に袋を握る手は固く拳を作り、無意識にナユタは唇を噛む。
それでも、いやそれだからこそ──浮かんだ疑念を打ち消すように、ナユタは階段を駆け上がる。踊り場で追い付き肩を並べたカラハが、空いた左手でナユタの背を叩いた。
「──これからも宜しくな、『相棒』」
カラハの手の平は熱くて、強張った心が溶かされていくようで。ナユタは噛んだ唇を、握った拳を人知れず綻ばせる。
偶然から始まった共闘、成り行きで組んだ相棒の筈だった。──しかし二人の間にはもう、確かな絆が芽生え始めていた。
だからナユタは少し照れながらも、はにかんだ笑顔をカラハに、『相棒』に向け、そして改めて言葉を紡ぐ。
「……こっちこそ。今後とも宜しく、『相棒』」
二人は廊下を並んで歩きながら、顔を見合わせてハハッと笑った。
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これで第一章、無事終了となります。
零章と合わせて十万字越えとなりました。
お読み頂いて感謝感謝です。
これからキャラ紹介などの設定資料紹介のページ、それと幕間の短い話を幾つか経て、二章に入る予定です。
今後ともお付き合い頂ければ幸いです。
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よろしくお願い致します。
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