首無し鳥と、石の殻
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「そうだ、カラハっちは……!?」
首を失くしたコカトリスを見上げ呆然と佇んでいたライジンが、はっと我を取り戻し慌て叫ぶ。彼は弾かれたように駆け出すと、石像と化したカラハの傍へと近付いた。
ライジンは勢いのままカラハだったものの腕を掴み、そしてビクリとその手を離し大きく息を飲んだ。
「っ、これじゃまるで──」
見た限り、確かにその彫像は生きているかのようだった。今にも動き出しそうな躍動感に溢れて、直ぐにでも色を取り戻したカラハが喋り出すのではないかと感じさせる程に。
しかし──ライジンが触れたその表面は、とても冷たかった。滑らかながらも石そのものである温度と触り心地に、命を感じられず恐怖を抱き、彼は手を離したのだ。あたかも自分の感じたものを信じたくないとでも言うかのように。
「ライジン先輩、カラハは、カラハの様子は」
後からやって来たナユタの呼び掛けに、ライジンは身を震わせ目を逸らし、そして彼に無言で場所を譲った。ナユタはライジンの様子に何かを察し、唇を噛んでそれでもカラハだったものに触れる。
「……冷たい。完全に、石じゃないか」
そしてナユタもうなだれてそっと手を離す。
──彼を助けるには何が必要だろうか。高度な解呪術式か、奇跡の如き癒やしの力が必要に違い無い。そのような技術を持つ者などおよそナユタには心当たりが無かった。組織に直接掛け合えば可能かも知れないが、それには時間が掛かりすぎる。身体だけならまだしも、魂まで完全に石化してしまえば、復活は叶わないのだ。
せめて何か使える術は無かっただろうか、そんな事をナユタが考えていた矢先、響いたのはまたしてもイズミの凜とした声だった。
「二人共、何を狼狽えている」
ライジンとナユタがハッとして顔を上げると、イズミは仁王立ちのまま苛立たしげに二人を睨み付けていた。何かを言おうとして口を開いたライジンよりも先に、イズミは叫ぶように言葉を続ける。
「どうして表面だけしか見ない? どうしてナッツの人を信用しない? 貴様達は何者だ、術士だろう。気配を、霊気を探ってみろ。ナッツの人は──ちゃんと生きている!」
二人はイズミの言葉に顔を見合わせ、恐る恐るカラハの石像に手を伸ばした。触れて目を閉じると、固い石の殻の向こう、ゆっくりと深層に煌めく燐光の輝きが見えた。
それは真空にも似た純黒に抱かれて、さざ波めいてうねり、或いは薫風じみて揺らめき、カラハの形をした石の中でしなやかに星雲のように渦巻いているのだ。更により深い部分ではカラハの内宇宙の中心で、規則的な速度で走る波紋の如き雫の響きが重なる。それはあたかも脈打つ根源、そう、心臓の鼓動めいていた。
二人は同時に瞳を開いた。どちらともなく、はーっと溜息が漏れる。
「生きてるね」「生きてますね」
被った言葉が笑いを誘う。緊張が少しはほぐれた二人は、緩い笑顔を見合わせてから、同じタイミングで肩をすくめた。
「でもこれ、どうしたらいいんですかね。どうやったら回復しますかね」
ナユタは再びカラハの石像を見上げる。生きている事が確認出来たとは言え、のんびりもしてはいられない。カラハの事もそうだが、開きっ放しの扉もどうにかしなければいけないのだ。
「昔っから、眠り姫を起こすのは王子様のキスって決まってるっしょ」
不安げな表情のナユタに対して、ライジンはハハッと笑ってそんな台詞でおどけて見せる。しかしナユタは真顔でライジンを見返した。
「ええっ、先輩がするんですか? カラハにキス? 止めはしませんが、僕は勘弁です。正直言って引きますよ」
「しないって! 冗談だって! ……それはともかく、殻を壊せばいいんだよね多分。俺っちがやってみてもいいかな」
「冗談言ってる場合じゃ無いでしょう。でも、お任せ出来ますか。僕の銃やイズミ先輩の力じゃ、強すぎて中身まで壊してしまいますから」
両手を合わせバチバチと小さな雷を周囲に発生させながら、ライジンが真剣な表情で頷いた。目を合わせて頷き返したナユタが後ろに退くと、一歩カラハに近付いたライジンが手の中の雷を大きく広げてゆく。
雷は縦横無尽に、茨の如く絡み合い広がりながら、光を弾けさせ閃光を散らした。ライジンは火花を飛ばすその雷の強さを加減しながらも、金に輝く網めいた電流の細工を、一瞬のためらいの後に一気に石像に放った。
「雷花繚乱<ライカリョウラン>……!」
石像を覆った雷の蔦が、閃光の花を撒き散らしながら一気に弾けた。術の出力を抑えての発動とは言え、生身の人間が浴びたならば即死しかねない程の電流が、石の表面を焦がし傷付け、そして衝撃を与えてゆく。
ピシ、ピシリ、──ビキ、ビキビキビキ、バリ、ビキビキビキ──。
見る間に彫像の表面に何十もの亀裂が走る。ボロボロと剥がれ始める石の殻、細かく砕けた欠けらが立てた砂煙、崩れ始めた像の中から現れたのは──。
「カラハ……っ!」
ナユタが思わず叫ぶ。その声は、驚きと喜びに満ちている。
翻っていたコートは重力に従いふわり裾を下ろし、柔らかに戻った髪はさらりと流れ、そして色を取り戻した肌は生き生きと、口許に最高の笑みを浮かべた。
ゴトリ、と彼と一緒に石と化していた蛇の頭が落ちる鈍い音すら気にせずに、刻が動き出したカラハはすくりと立ち上がり、内に宿す純黒と同じ色の瞳で皆を見返した。
「ヘタこいちまった、悪りィな心配掛けて」
「い、生き返った」
「死んでねェっての」
今にも泣き出しそうなナユタの縁起でも無い言葉に、それでも笑って軽く地を返すカラハの様子を眺め、ライジンははあと安堵の息をついた。カラハは半泣きで見上げるナユタの頭にチョップをかまし、次いでライジンに歩み寄ると、ニヤッと牙を見せて軽く肩を叩いた。
「先輩、手間掛けさせちまって申し訳無ェ。助けてくれてサンキュな、カッコ良くてシビレたぜ」
「……ぬかせっての。俺っちは先輩だから後輩を助けるのは当然だっての」
ライジンはフンとそっぽを向いた。が、耳が赤くなっているところを観るに、素っ気ない態度が照れ隠しであるのは明白だ。
カラハはそんな先輩の様子に笑いつつ、イズミの方を観た。──と、瞬間、カラハは緩んでいた口を無意識に引き結んだ。
イズミはまだ、警戒を解いてはいなかった。それどころか仁王立ちのまま首無しのコカトリスを睨みながら、霊気を練り続けている。
──まだ、終わってはいないのか。
ぞくりとした悪寒に身を震わせ、カラハは後ろを振り返った。開いたままの扉の手前、紅い光に照らされたコカトリスの巨体。
その首の無い、死んだと思っていた雄鶏が、ぶるりと大きく身体を揺らした。
「ライジン、メガネ君、下がれっ!」
イズミの声に二人は後ろを振り返り、そして転がるようにイズミ達のいる方へと走り込む。
「く、首が無いのに、何で」
あわあわとしたナユタの驚きに、イズミは何でも無いように答えた。
「お前達、鶏を潰した事は無いのか? 普通の鶏でも、頭を落としても数分は平然と走り回ってるんだ。あんな大きいのなら、動いて当然だろう」
絶句する三人を前に、コカトリスは巨体を不安定に揺らしながら、ズン、と重い足音を響かせて一歩前に歩み出た。その光景を睨みながら、イズミは不敵に笑う。
「やっと、私の出番だ」
そして長い髪をふわり靡かせ、溜めに溜めた高純度の霊気を一気に放出した。
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カラハふっかぁーつ!
で次はいよいよイズミ先輩が変! 身!! です!
乞うご期待!
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