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咲け神風のアインヘリア:皇国の防人達よ異界の声を聞け  作者: 神宅 真言
第一章:不機嫌続きのバースディ
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存在理由と、平手打ち



瑠璃子先輩再登場!

今回は包丁は持ってないのです。




  *


「よォ先輩。今は包丁持ってねェの?」


 カラハの軽い口調に、瑠璃子は馬鹿にするような嘲りの笑みを浮かべた。翼の羽ばたきが風を起こし、グラウンドの土を舞上げる。


「お陰様で、そんなの必要無くなったの。──ねえ見て、私、『ホンモノ』になったのよ。力だって使える。もうあなたにニセモノなんて言わせないわ」


「ホンモノ、ねェ」


 小さな嵐がカラハの長めの髪を、ロングコートの裾を乱し、はためかせる。しかしカラハは気にも留めずに、牙を見せる笑みを崩す事なく、片眉を上げた歪つな表情のまま瑠璃子から視線を外さない。構えるでもなく自然体のままの立ち姿は挑発的な雰囲気を全身で表すもので、その態度に瑠璃子は余裕めいた表情を保ちつつも内心で強く唇を噛む。


「……試してみる?」


 瑠璃子は強気な笑みを浮かべカラハに近付こうと大きく翼を動かした。が、それを呼び止めようとする者がいた。


「瑠璃子先輩、駄目です。相手の挑発に乗っては」


 控え目で大人しい、しかし冷静さを保った男の声。──離れた処から遣り取りを見守っていた、瑠璃子と同じように背中に翼を生やした男のものだ。


『……あれが鳩座君だよ』


 イヤホンからナユタの声が聞こえた。カラハは得心すると瑠璃子よりも更に遠く、鳩座と呼ばれた男に視線を移す。


 彼はカラハに探るような視線を投げながらも、チラチラと瑠璃子に心配げな目を向けていた。一方、瑠璃子は鳩座の存在など意にも介していないのがあからさまに見て取れる。カラハはニヤリ、心の中でほくそ笑む。


「ホンモノがどれ程のモンだってンだ。所詮、他人に与えられた付け焼き刃なんだろォ? 見せてみろよ、ホンモノだってんならよォ!?」


 ますます笑みを深くするカラハに、瑠璃子は余裕をかなぐり捨てて可愛らしい顔を怒りに染めた。


「何ニヤニヤ嗤ってるのよ! そうやって人を馬鹿にして、ニセモノだって決めつけて! 見せ付けてやるんだからぁ、私の力!」


「ああっ、駄目です、先輩──」


 瑠璃子は鳩座の制止も聞かず一気にカラハとの距離を詰める。大きく巻き上がる砂塵がカラハをなぶり、そして瑠璃子の手には紅く光るしなやかな──妖力で出来た、風を切る長い一本の鞭が現れた。


 瑠璃子の茶色くふわふわとした巻き髪が靡き、白いフリルとレースだらけのドレスの裾がひるがえる。白いレースのニーソックスに合わせたパールホワイトのバレエシューズと相まって、翼さえ白ければまるで天使のようだった。だが、残念ながらその翼の色は闇に近い焦茶で、その手には金のラッパではなく血色に光る鞭が握られている。


 カラハの身体を鈍銀の燐光が覆う。霊気の壁で強い風を受け流しつつもカラハは笑みを崩さない。


「後悔するといいわ!」


 瑠璃子は小さな身体を目一杯使って大きく鞭を振りかぶり、カラハ目掛けて強い一撃を放った。


 鞭がカラハの右肩に当たる瞬間、強い濃銀の燐光が散った。微動だにせず霊気の防御だけで鞭を弾き飛ばす姿を見て、瑠璃子は一瞬驚きに目を見張り、そして悔しさに歯噛みする。


「その程度かァ? そんなんじゃ俺に掠り傷一つ付けらンねェぜ、センパイ?」


「……っ! 馬鹿にして!」


 激昂した瑠璃子は感情に任せて何度も何度も鞭を振るう。しかし、幾ら振り下ろそうとも、その攻撃が、力が、痛みがカラハに通る事は無い。何度も何度も繰り返すうち、彼女の鞭は弱々しさを増してゆく。


「どうしてっ、どうしてよ……! 私、ホンモノになったのに! 力を、手に入れたのに! どうしてよ、どうしてよ──」


 いつしか瑠璃子の目からは涙が溢れ、叫びは泣き声に変わりつつあった。振り下ろす手はまるで駄々をこねる幼児のように、鞭は力無くでたらめにカラハを打つ。


「なんでよ、みんないつだって、馬鹿にして。ニセモノだって、エセだって、ペテンだって、──いつだって一番力が欲しかったのは私なのに、私自身なのに、どうして、どうして……」


 瑠璃子はとうとう泣きながら鞭を取り落とし、ぼろぼろと涙を零しながらカラハに体当たりをした。カラハは避けることもせず静かに彼女の身体を抱き留めて、ただ黙って彼女の言葉に耳を傾ける。


「……今だって、力を貰っても、どうして、全然歯が立たないの。なんでなの。やっぱり私が、ニセモノだからなの……?」


 彼女は今まできっと、『他人と違う自分』を演出する事でアイデンティティを保ってきたのだろう。カラハに否定された後に何の因果か力を手に入れてホンモノになれたと思った矢先、再びカラハに打ち砕かれたのだ。自分の存在理由すら崩壊した今の彼女にはもはや何も残らず、ただ泣きじゃくるしか術が無いに違いない。


「ぐす。わ、わたしなんて……ひっく、ぐす、なんにも、ぐす、なんにもなくて、なんにもできなくて……わたし、惨めで、ぐす、もう、……」


 胸の中でひたすらに泣き続ける瑠璃子の姿に溜息をつくと、カラハは片手を瑠璃子の頬に添え無理矢理顔を上向かせる。一瞬きょとんと見上げる瑠璃子の唇に、カラハは突然、自らの唇を重ねた。


「──っ!?」


『は!?』


 鳩座とナユタの二人が同時に驚嘆の声を上げる。当の瑠璃子も突然の出来事に固まり泣き止んで、一瞬の後に羞恥で耳まで赤く染まってゆく。キスが終わった後も三人は瞬きしか出来ず、沈黙が場を支配した。


 カラハだけが一人涼しい顔で固まったままの瑠璃子の涙を拭い、屈託無く笑った。


「ピーピーうっせェんだよ。力だ何だそんなモン無くたって、アンタは可愛いんだから、そンだけで充分だろォ?」


 カラハの言葉に、瑠璃子は耳どころか全身が真っ赤になった。わなわなと身体を震わせ、瑠璃子はカラハの顔を見上げた。お前がそれを言うか、そんな理不尽めいた気持ちだけが瑠璃子の茹だった頭を埋め尽くした。


 ──パァン。


 瑠璃子の平手が、カラハの頬を打った。


 目に一杯涙を溜めて、真っ赤な顔のまま、瑠璃子は手の平のジンとした痛みを感じていた。生まれて初めてキスをして、生まれて初めて人を殴った。


「……痛ッてェ」


 カラハは頬を押さえ笑う。


 そんなカラハを見て、馬鹿、と瑠璃子は小さく呟いた。


  *





カラハはヒドい奴です、作者ながらそう思う。

そして鳩座君とナユタには次話で頑張って頂きます。今回空気だったので。



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