第三十一話
そこは暗闇ではない。
周囲は弱い光に照らされているが松明とかではない。
コケのような物が岩場にまとわりついていて、薄暗い緑色の輝きをしている。
その明るさは、一応周りを見渡して何があるのか、誰がいるのか位は判別可能な程度となっている。
そして前後には道があり、どうやら此処は何処かへ向かう通路の途中らしい。
「まさか落とし穴とはな……」
「スガタ~そっちは駄目だって~知らなかったの~」
俺とテイトはすぐに起き上がって状況把握につとめているが、スガタは倒れたまま起き上がる様子を見せない。
「知ってたのか?」
「全部じゃないんですけど~左側の~道だけは~駄目だって~載ってました~」
罠的な落とし穴にハマった所を見ると、この後に待つのもきっと禄でもないのはわかる。
別段この落下にダメージが無いので、スガタも同様だろう。
なら、可能性としてはミスったから起きあがりたくないだけか?
「スガタ~?」
「早く起きた方がいいぞ? 今ならそんなに精神ダメージは低いだろうし」
予想通りに勢い良く起き上がって飛び上がって土下座をするスガタ。
あれがジャンピング土下座か。始めてみたな。
「マジけ!? すまん! ほんますまんかった!」
「許しません~この失態は~私達に~一生~尽くす事で~償いなさい~」
脊髄反射と言うか、スガタの謝罪すぐにゆったり断罪の言葉を吐き出すテイト。
「重い! 悪かったと思うけど、それはあまりにキツいで!?」
「なら~」
「ま、いいじゃないか。とりあえずどんな事があろうと、それも経験だろ?」
このまま隣でテイトの毒舌を聞いてると、何故か俺に大量の精神ダメージが与えられるから出来るだけ避けたい。
「ほんまか! ありがとう、シュール! ほんま恩に着るわ」
「仕方ない~次は~ないから~」
ほっ、よかった。俺とスガタが同時にため息をつく。
まだまだクエストが続くのに、心が死んでしまったら……想像するだけで恐ろしい。
何でこのゲームはこんなに戦闘以外で恐れる物が多いのだろう。
「テイト、ワイあんま見とらんかったが、この道の先は何があんねんな?」
「サイトに~出てるんだから~最後まで~見ときなさい~」
ぐ、やはりその一言一言が俺の精神もすり減らす。
「プレイの一環の~お兄さんは~いいです~ですが~スガタ~貴方は~駄目です!」
「んな、んな理不尽な!」
スガタ扱い悪いな、でも俺があの立場だったら耐えられない。
そう思うと俺は何も言い出せない。
すまん、スガタ。俺も頑張っていくから……。
「すまん。何や納得できんが……しゃーない」
「まあ~いいです~この道の~先に~待つのは~確か~ネクロマンサーネモ~です~」
ネクロマンサー……って事は俺と同じサモン系の相手か。
「あちゃーほんまか……最悪やないか。二人共、ほんっま、すまんかった!」
「ん? そんなに問題があるのか?」
「はい~私達は~三人でも~ネモは~サモンスキルを~使いますから~」
まあ、予想通りだよな。数で押し負けるって事か?
でも、それだけで一番厄介って言えるのか?
「でも、問題はそこやないんや。ほんまに怖いのは数やない、質や。スケルトンやゾンビは……わい等はともかく、並のプレイヤーのなら数が多くても敵やあらへん。その中にグールが混ざる事、ネモが闇属性の攻撃魔法も使う事や」
グール……ゾンビとかよりは高位のアンデッドか。他のゲームならそこそこのレベルのモンスターだったが……。
「難易度も~段違いです~他の二つの~道の~クエストボス~リザードマンソルジャーフカクの~推奨レベルが~15~ロックゴーレムダインが~13~そして~ネクロマンサーネモが~」
言いよどむように言葉を区切るテイト。今の言葉から先の二体より高いのは間違いないだろうな。
俺達のレベルって、推奨レベルに合ったクエストボスいなくね?
「……ネクロマンサーネモが?」
「……不明です」
「不明? どういう事だ?」
「このクエストはランク制限があるから、やるプレイヤーのレベルはあっても15位や。だから上がってるのは失敗報告ばかり……こいつは倒せない、選択自体が失敗のバグモンスターとも言われてるんや」
「未だ~倒された事のない~モンスターなんです~どうしますか~?」
どうするか? どうしようがあるのか? 外れボスか?
「キャンセルでも出来るのか?」
「後ろの道を進めば、街まで戻ってクエストを受け直せるんや。勿論死に戻りでもいいんやけどな」
……倒せないクエストボスか。で、それに運営が取った対等策がクエストの受け直しって事か。
「ま、やってみてもいいんじゃないか? 負けても別に構わないだろ」
「お兄さんが~そう言うなら~」
「済まんなぁ、ワイがミスったばかりに」
やることは決まった。
クエストボスまでの道のりだからだろうか?
モンスターは全く現れない。何にもしないまま広場までついてしまった。
そこには三人組のプレイヤーが暇そうにこちらを見ていた。
「先には何もない……で暇そうなプレイヤー、意味ありげな魔法陣があるって事は……順番待ちか」
「そう~みたい~ですね~」
その中の一人がこちらに歩いてくる。
「よっ、あんたらは誰を選んだんだ?」
「誰? テイト……こいつは一体何を言ってるんだ?」
随分馴れ馴れしい、全身アイアン系と思われる装備に身を包んだその男の言うことが理解できず、小声でテイトに意味を確認してみる。
「どの~クエストボスを~選んだのか~と~言うことだと~思います~」
「俺達はロックゴーレムダインだ。ま、時間的に前のパーティーももうすぐ終わるだろうから、俺らがすぐに終わらせてやるからっ……て……お前……スガタじゃねえか? まだ、ラグナロクやってやがったのか!?」
俺の返答を待たずに話を続けだした男は、スガタを指差して随分驚いている。
驚いているにしてはいうことが随分だな。
「誰や?」
「なっ!? お前、お前が寄生してたパーティーの恩人の事も忘れてんのか!? どんだけ恩知らずなんだよ!」
「予想はつくが……ネットでの情報を鵜呑みにしてる馬鹿は、皆こんなに馬鹿なのか?」
「そうですね。大半はこんな低脳ばかりです」
テイトに確認して思わずため息が出る。
これじゃあ、ラグナロクの楽しさなんて半減以下だよな。
全く、屑は屑か。
「あーー!? テイトだな! あんたがパーティーから抜けてすぐにスライムはゆたーさんが急に引退したぞ! あんた、一体何をしたんだ!」
「言ってる意味が~分かりませんし~誰ですか~」
こっちはこっちでなんか訳の分からない事になってるし……言いがかりじゃねえか。
「なあ、あんた、こんな奴らと組むのなんか止めときな、絶対後悔するぜって、もう、後悔してるか」
「そもそも、ゲーム内であんなに挙動不審になって精神的に不安定になるわけないだろ! お前が何かしたに決まってる!」
何で、二人共そんなに俺に迫ってくるんだよ。邪魔だよ、余計な世話だ! どっちも消えろ! 後後者の奴は病院に行け!
「あのなぁ……」
「お前達、いい加減にしたまえ」
俺が切れる前に、向こうのパーティーの最後の一人が初めにいた場所から動く事なく二人を叱責する。
ビクリと震えるように恐る恐る背後を振り返る目の前の二人。
「明太子ミラクルは、他のプレイヤーを貶める言動をするプレイヤーったのか? それに竜☆天然は自分の言っている言葉がおかしいとは思わないのか? 自分で何も考えずに他人に迷惑をかけることしか出来ないなら、君達は私のギルドに必要ない」
「団長、違うんです!」
「待ってください! 団長!」
二人の言を全く無視して立ち上がって俺達……と、言うか俺の前に立つ。
「君がパーティーリーダーだね。私はエンフィレンス、うちの元団員が不快な思いをさせたと思う。済まなかった」
「いや、俺は別に構わんが……」
「いえ~気にしてないです~」
「そうや、あんさんが気にすることやあらへん」
言葉から、彼等よりかなり上、ギルドマスターレベルの立場だろう。そんな人間がわざわざ頭を下げたことに驚いてしまった。
「そうか、君達の恩情に感謝するよ。よければ、君達の名を聞いてもいいだろうか?」
今までの言動から、彼は信頼出来ると判断して俺達は自己紹介をする。
「シュールにスガタ、テイトか。次に会った時は、ゆっくりと話をさせてくれ。では、私は帰らせてもらう。ああ、そこの二人、君達は今、この瞬間からギルド、虹色の竜炎のメンバーから除名させてもらう。短い間だが君達を少しでも見所があると思ってしまった私と二人を紹介したランスロートへの評価をさげなくてはならんな。では、私はこれで」
そのまま、色々喚き立てる二人を無視しながら本当に去っていったエンフィレンス。
当然喚いたままついていく二人。
暫くしてそこに静寂が訪れた。
「……凄かったなぁ」
「はい、あんな人もいるんですね」
「あいつ、ただもんやないで」
今起こった事に呆気にとられたまま俺達の時間は過ぎていった。




