32 戦士
少し趣向を変えて。
真帆視点です。
《白河真帆視点》
彼は微笑むと、自分から死地に飛び出していった。
彼は凄い。
わたしは涙が浮かんでくるのに気づいた。
ひとつは、彼の頼もしさ。そして危うさに。
ひとつは、自分の不甲斐なさに。彼と肩を並べて戦うこともできない。足手まとい。ずっと守られているばかりだ。
そしてもうひとつは……彼の表情にゾッとしてしまったことに。
あの微笑みは、わたしを安心させようとしたのだろうけど、心底楽しくてたまらないような笑みだった。
子供の蛮勇とは違う。死線を潜り、死の恐怖を知った上でなおかつ生と死の境を楽しむような。
そんな人はいない。普通にこの平和な日本で暮らしていたら、まず見ないはず。
彼はなんなんだろう。どういう人なんだろう。
ただ……いまにして思えば前からそういうところがあったかもしれない。
文化祭の準備の時、不良からわたしと他の女子を助けてくれた時、驚いた。いつも冷めたような目をしていてそういうことをするタイプに思えなかったから。
不良が去っていった時に見た彼の表情は印象的だった。どういう感情なのか分からず、ずっと記憶に残っていた。多分彼自身も理解していない感情。
でも、今の微笑みを見たことでなんとなく理解できた気がする。
あれは退屈を感じていたんだ。裏を返せば、自分の想像を超えるなにかが起こることを期待してた。
このダンジョンにいる時の……強敵に挑む時の彼は、前とは比べ物にならないほど生き生きとしてる。輝いてる。
それはきっと自分の命を賭けた上でそれを取り戻す、そんなことに喜びを感じているから。
そんなの、普通じゃない。
わたしは身震いした。
わたしの目は、そんなことを考えながらも彼の姿を追っている。
彼は岩の竜のブレスを掻い潜って懐に潜り込み、真下から飛び上がって喉のあたりに斧を打ち付けた。斧が砕け散る。
空中でバランスを崩した彼に向かって竜が前脚を振り上げた。爪のあたりが赤い光を纏う。
「詠介くん! 【魔矢】! 【連射】!」
姿を現したわたしの放った6連射が竜の腕に着弾した。一息で撃てる限界。矢の衝撃にバランスを崩しかけた竜は、それでも強引に腕を振り切る。
詠介くんは魔法の盾を作り、攻撃を受け止める。赤い光が炸裂した。
こちらに20メートル近くも跳ね飛ばされた彼を見てわたしは小さく悲鳴を上げたが、【魔手】を使って空中で上手く姿勢を取って着地した。
「大丈夫!?」
「悪い、助かった! 援護がなかったらやられてた。すごい威力だなアレ、【魔撃】ってヤツか」
駆け寄ったわたしに詠介くんはまたも不敵に笑った。これだ。この笑みがわたしの体を震わせる。
「弱点は分かった。やっぱり顎の下にひとつ、反対向きの岩がある。あの下にコアがあるはずだ。けど……」
「斧が壊れちゃったよね? どうするの?」
「……プランBでいこう。確実を期して岩を剥がしてから槍をぶち込みたかったが、岩を剥がすのに槍を使う。ゴーレムのコアは柔らかかったからきっと刀でも壊せるはずだ」
「警戒されてそうだけど……」
これだけ話していても攻撃してこないのは、下手にブレスなどを撃ってさっきのように懐に入られることを警戒してるから、に見える。
首を低くしてこちらを睨み据えたまま動かない。ひょっとしたらいきなり姿を見せたわたしもその要因かもしれない。
このままでは、懐に入れない。
「わたしが囮になる」
「……冗談だろ?」
「大丈夫。アイデアがあるから。信じて!」
わたしの意思を込めた視線に、詠介くんは少し考えた後、溜息をつきながら同意した。他に作戦が考えつかないみたいだ。
「そろそろ来るよ、詠介くんは隠れて!」
「……無茶するなよ」
まったく、どの口が言うんだか……
詠介くんは岩柱の影に隠れて気配を消した。【隠密】だ。
向かって来る岩竜に対して、わたしも正面からずかずかと歩いて向かっていく。
西部劇の決闘シーンを思い出す。
抜きな! どっちが早いか試してみようぜ!
なんてね。
足が震える。腕が震える。これは恐怖じゃない。彼を見たからだ。
わたしは。
ああ、わたしは、彼のようになりたい!
岩竜がエサにするかはわからないけどーー貧弱な小娘が堂々と近づいてくるのを見て竜は戸惑っていたみたいだった。それでも10メートルくらいまで近付いたところで口を開いた。
最初にブレスを【障壁】で防いだのは見られてた。だからきっとーーやっぱり、口の中から岩の槍がせり出してくる。ここだ。
避けられるか。【岩槍】のスピードは速い。【敏捷Lv1】のわたしには難しい。
【魔矢】で迎撃もダメ。最大6連射では岩に突き立てたとして破壊まで持っていけない。
【障壁】。もちろんダメ。簡単に割られてしまうだろう。一枚なら。
岩が発射される。それがわたしを引き裂く寸前にーー
「【障壁】! 【連射】!」
普通なら【障壁】は一枚しか張れない。同じ位置に展開することになるため、重ねがけすると相殺してしまう。でも、割れた瞬間に新しいのを張ることはできる。
ビキビキビキビキッ!!
物凄い音を立てて6連射された【障壁】が割れていき、【岩槍】も削れていく。
6枚目が割れ、岩が胸の前に交差させた腕に激突した。
「くうっ……!」
なんとか腕は折れずに済んだ。6枚の【障壁】に勢いを殺された【岩槍】にはもう勢いが残っていなかった。
岩竜は!?
顔を上げると、凄まじい轟音が響き、岩竜の残骸が床にバラまかれるところだった。岩の雨だ。
「詠介くん!?」
岩の山から腕が出て、ヒラヒラと手を振っている。
埋もれてしまったけど、無事のようだ。
わたしは駆け寄りながら笑顔になるのを感じた。
きっと彼と同じ笑顔だ。




