17 奇遇だね
【加速】発動中の俺の目には全てがスローモーションに見える。
犬が飛び掛かり、床に倒れた女の子は左腕で顔を庇うように肘を突き出している。
まずいな。このコースだと腕を掻い潜って喉に食らいつかれる。
俺は咄嗟にダッシュの勢いのまま飛び蹴りをぶちかました。
胴体に蹴りを食らった犬は吹っ飛ん……スローモーションなのでまだ途中だな。
問題は髪に噛み付いて女の子を引きずり倒しているもう一体だ。俺は飛び蹴り中なので角度的に犬だけ切り離すのは難しい。前足に髪が絡まっており、力づくで引き剥がすのも難しそうだ。
ーーごめん!
刀を振るい、噛み付かれている髪を切り離した。刀が床に食い込んだので手を離す。急に抵抗のなくなった犬はそのまま後ろにひっくり返った。
着地した俺は女の子を背中に庇う形で残りの犬達と対峙する。
と、そこで【加速】が解け、蹴りを受けた犬が悲鳴を上げながら吹っ飛んで壁に激突した。効果時間は1秒にも満たないのだ。
初めて見る敵だ。
毛のないヘルハウンドとは違って全身が剛毛で覆われ、額には短い角があり、白目をむいて涎を撒き散らして唸り声をあげている。
俺は犬好きだって言ってんだろ。嫌がらせか。
強くはないのだろうが、【解析】結果を見ておこう。
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マッドドッグ
レベル 5 MP: 0 / 0
敏捷Lv1
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……短剣は腰の後ろに装備しているが、飛び掛かってくるところをなます切りにしては返り血を浴びてしまうな。女の子をこれ以上怯えさせたくはない。正気を失ってしまうかもしれない。
一体が回り込もうと横に動く。
俺は【魔手】を発動して阻止するように掴み、最初に蹴飛ばした一体にぶつけるように放り投げた。
もう一体は俺の喉笛を食い破ろうと襲い掛かってくるが、ウォルズと較べると欠伸が出るほどに遅い。予備動作の間に避ける動作を完了できるほどだ。
空振りした犬の首を左手で掴み、こちらも同じ方に投げた後、先の【魔手】で三体まとめて【雷掌】を浴びせた。
手放していた刀を拾い、ひっくり返っていた二体目が起き上がったところを切り捨てる。
戦闘終了だ。
念のため、感電した三体が仲良く重なっているところを刀で串刺しにしてトドメを刺した。ワンコ三兄弟だ。
「大丈夫ですか?」
ふう、と息をついて女の子の方を振り向くとポカンとこちらを見ている女の子と目があって……ギョッとした。俺が。
「白河!?」
「笠木くん……?」
襲われていた女の子は隣のクラスの白河真帆だった。
何を言うべきか分からなくなってしばらく見つめあっていると、白河の目に徐々に涙が溢れてきた。
「笠木くん……!」
胸に顔を埋めるように抱きつかれた。
頭に血が上っていくのを感じる。チェリーボーイには刺激が強い。
大丈夫、素数を数えて落ち着くんだ……
2、3、5、7、9、
あっ間違えた。
泣きじゃくる白河を控えめに抱きしめ、落ち着くのを待った。
胸のドキドキは聞かれないだろうな……
ーーー
「…………白河」
嗚咽が止まってしばらくして声を掛けた。
俺としても名残惜しいが、ずっとこのままいるわけにもいかないだろう。
「あっ……ゴメン! ごめんなさい!」
白河がピョンと跳び離れる。
今日は日曜なので私服だ。
七分袖のTシャツにショートパンツ、レギンスにスニーカーといった出で立ちだ。
目が腫れぼったい。……涙と鼻水の跡が気になるが、ジロジロ見るのは失礼だよな。目を逸らした。
あれっ、俺の服に付いてる?……まあいいけど。
「話は後にしよう。とにかく、安全な所まで行こう。怪我はない?」
「うん、大丈夫」
白河は神妙な面持ちで頷いた。
地下1階の休憩室を目指して移動する。
敵の気配があれば俺が先行して仕留めるようにした。
Lv3まで上がった【気配感知】のおかげで問題なく休憩室まで辿り着いた。
「髪の毛、ごめん。危なかったから、切らせてもらった」
休憩室で俺の渡した水を飲む白河を見ながら俺は言った。濡れタオルで顔を拭いて少しスッキリした顔をしていた。かなり落ち着いたようだ。
無残な状態の髪を見ながら謝罪した俺に、白河は慌てて首を振った。
「全然いいの! 死ぬとこだったもん。助けてくれてありがとう」
「……よく、あんなところまで行けたなあ。階段を降りてるとは思わなかったよ」
「隠れながら怪物の反対の方に行ってたら、階段を見つけて……そこでトカゲみたいなのに見つかっちゃって、階段に逃げちゃったの」
白河はわたわたと身振り手振りを交えながら説明した。動きが小動物みたいだ。
「笠木くんはなんで……その、助けに来てくれたの?」
「……正直、白河とは思ってなかった。外にバッグが落ちてて、ああこれ」
インベントリからバッグを取り出して手渡すと驚いた顔をしてバッグと俺とスマホを視線が彷徨う。
さっき水とかを出した時は見せてなかったな。
「……ああ、そっから説明するよ」
二日前にこのダンジョンに迷い込み、アプリの助けでなんとか突破して帰宅したこと、今日来てみたらバッグが落ちていたから救助に来たことを説明した。
「ここに入って来た時に手に持ってたから驚いて落としちゃったんだけど……あった」
白河はバッグから自分のスマホを取り出し、操作する……「これ?」と見せてきたのは、例のアプリ、『ダンジョンアシスタント』だった。
俺は頷いて、自分のスマホを出してアプリを起動する。すると両方のスマホに同時にメッセージが届いた。文面は「フレンド登録しますか?」だ。
こんな機能があったのか。
顔を上げて白河を見ると、こちらをチラチラ見てモジモジしている。ははあ、これは……アレか。
「トイレか? あそこにあるぞ」
部屋の端の箱を示したが、グーパン食らった。解せぬ。
「あれトイレ? なんであんな所に……ってそれも気になるけど、フレンド登録。していいの?」
フレンド登録って男から言いにくいよね。そんな状況じゃないけどなんか照れるな。
俺と白河は頷きあうと『はい』のボタンを押した。するとメニュー画面に『フレンド』の表示枠が追加され、白河の名前が表示された。
試しにメッセージを開いてみると、
『オンライン:1人』
になっており、白河の名前がリストにある。文字を入力して送信してみると、ちゃんと届いたようだ。圏外なのだが。
「普通のアプリじゃないんだね」
白河も不思議そうな顔をしている。
まあ今更だな。
「白河はなんでこんなところに?」
白河は少し考え込むように俯いた後……顔を上げ、ポツリポツリと話し出した。




