13 加速
俺は子供の頃、ご近所では評判の神童だった。
そう言われていた、というだけだ。
実際はただ、勉強が好きで他の子よりちょっと早く進んでいたというだけだ。
進学塾に通い、そこでも最初はトップだった。
だが、すぐに思い知った。
全国には俺より出来る奴なんて沢山いた。
より上を目指せ。
先生達にそう強制され、俺は勉強が嫌いになった。
塾も辞めた。
親は特に何も言わなかった。
万事その調子だ。
野球も、サッカーも。
剣道も、空手も。
興味を持って齧っては、すぐに飽きてやめた。
今の世の中、いくらでも逃げ場がある。
本気でなにかをしたことなど、一度もなかった。
すぐに逃げればそれ以上傷付くことはなかった。
今までは。
そのツケを払う時が来たのだ。
走馬灯、というやつだろうか。
いや、違うか。
心を占めているのは、これまでの出来事ではなく、後悔だ。
やり切っただろうか。
俺はその力の全てを出し切っただろうか。
まだだ。
俺はまだ、生きているーー
逃げ場などない、理不尽な世界。
だが、誰もがきっと、その理不尽の中でもがいているのだ。
逃げ場がないなら、立ち向かえばいい。
絞り尽くせばいい、最後の一滴まで。
今までの俺にはなかった、それが燃え上がった。
意地か。
ヤケクソか。
なんでもいい。
魂を燃やせ。手段を尽くせ。
最期の一瞬まで、戦い抜け。
それがーー生きる、ということだ。
生き延びるために音を立ててフル回転する脳は、意識の片隅に燦然と輝いたそれをいつのまにか手にしていた。
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加速Lv1 10SP
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俺は目を見開く。
【魔手】を地面に叩き込み、反動で体を起こす。
目の前にウォルズがいた。槍が恐るべき勢いで俺を貫き、バラバラに砕くーー
その寸前、体を捻って紙一重で躱す。
【加速】が発動している。思考が加速し、全てがスローモーションに見える。
ウォルズの体の下に潜り込む。
激しく駆ける脚を避け、胴体の中央ーー峰に手を添えた刀を縦に構える。
強烈な反動に歯を食いしばって耐える。歯が欠け、全身の傷から血が噴き出したが、手は緩めない。
ウォルズの身体が裂かれていく。
GYYYYAAAAAHHHH!!
甲高い、名状しがたい悲鳴をあげ、ウォルズは突進の勢いをそのままに横倒しになって地面を跳ねた。
震える手でスマホを操作し、ヒールポーションを取り出して一息に飲み干した。
体が熱くなり、傷が塞がっていく。
完治とはいかないが、動くには支障はない。
さあーー第2ラウンドだ。
俺はニヤリと笑う。
全てを捨てる、覚悟ができた。
どこまでも付き合ってやる。
俺か、お前が、死ぬまで!
ウォルズは身を起こし、雄叫びをあげる。
どこから声を出しているか知らないが、本気になったか。
残りMPは20を切った。長期戦は不利だ。
畳み掛ける!
槍をこちらに向けて弾けるように駆け出してくる。
それに合わせて俺は流れるように腰から【切り裂きの短剣】を抜き、脚の付け根を目掛けて投擲した。
ウォルズは右に横っ跳びでそれを避ける。初めて見せる回避行動だ。
さっきの一撃が余程痛かったようだ。警戒されている。
だが、それが付け入る隙となる。
突進の勢いを削がれたウォルズに対し、【魔手】を死角から回り込むように伸ばして後脚を掴み、間髪入れず【雷掌】を発動する。
バヂィ!ーーと激しい音と閃光。
脚の力が抜け、膝から崩れ落ちる。
俺は刀を構えて槍の方に走り出す。
さっきの俺はヤツの巨体と奇襲を退けた蹴り、そして突進に面食らって距離を取ろうとしてしまった。
それでは、ダメなのだ。
一瞬が生死を分ける、接近戦にこそ活路がある!
ウォルズは目にも留まらぬ速さで槍を内から外へ振り回して迎撃する。
【加速】を発動。世界がスローになる。
俺は軽く跳んで槍先を躱し、懐に潜り込む。
空振りで体勢を崩したウォルズの右前脚を斬り飛ばした。
体勢を崩したところに支えを失った巨体は地響きを立てて倒れ込んだ。
トドメを刺すべく刀を振りかざして跳び上がると、倒れたまま左の盾で殴りつけられた。
「ぐ、えッ!」
俺は血反吐を吐きながら宙を舞った。
何もかもが上手くいくことなどない。
だが、まだだ。
俺はもう折れない。
【魔手】を伸ばしてウォルズの上半身に絡み付け、そのまま自分の体を引っ張る。
その勢いを利用して胸に刀をーー
ウォルズは吼え、半透明のバリアを展開する。
構うか!
一瞬の抵抗。
刀はバリアを砕き、胸を貫いた。
AAAARRRRYYYYYY!!!
ウォルズは耳をつんざく悲鳴をあげた。
「こいつもやるよ」
目を覚まさせてくれた礼だ。
刀を捻りながら引き抜いて胸に空いた穴に、懐から取り出した【爆発】の魔石に念を込めて突っ込んだ。
ウォルズの体を蹴って距離を取る。
3、2、1……0!
ウォルズの上半身が爆発を起こした。
鼓膜が破れるかという爆音に、俺は耳を塞いだ。
爆煙が収まると、そこには上半身を失った巨体が倒れ伏していた。
俺の勝ちだ。




