目覚め
(・・・これはどうした事だ?)
意識を取り戻した吉右衛門が目にしたのは仏像であった。
黄金に輝く阿弥陀如来座像。
吉右衛門は跳ね起きると正座して如来像を拝んだ。
(・・・ここは、あの世であるのか?)
その思いがある。
そして記憶が曖昧で思い出せなかった。
否、思い出せるのだが辻褄が合わない。
混乱していた。
(・・・これは・・・残り香?・・・女か?・・・)
「・・・目が覚めたようじゃな」
「・・・ッ!」
「そのまま、そのまま。まだ無理はいかんぞ」
吉右衛門が振り返るとそこには僧衣の男がいた。
壮年の僧侶だった。
その僧侶は阿弥陀如来座像を前に正座をすると一礼、お経を唱え始めた。
思わず吉右衛門も手を合わせていた。
一心に、祈る。
お香の匂いが鼻の奥を刺激していた。
吉右衛門は再び、己があの世にいるものかと疑い始めていた。
「御仏のご加護があって何よりじゃ。拙僧は釈真と申す」
「・・・拙者は・・・その・・・」
どう答えたものか?
吉右衛門には危惧する事があった。
果たして素直に名乗っていいものであろうか?
吉右衛門には追っ手がいた。
これまでに巻き込まれた者が何人もいたのだ。
迷惑を掛けてしまっては申し訳ない。
その思いが強かった。
「おお、元気そうで何より。善哉、善哉」
カカと笑い飛ばす釈真。
吉右衛門は呆然として返す言葉が無かった。
「ここは本堂でな。食事は庫裏に用意してある」
「・・・ハァ」
「だがまだ拙僧には朝のお務めがあるのでな。もう少しお待ち願いたい」
「・・・ハァ」
釈真は再び阿弥陀如来座像に向き合うと経典を手にお経を唱え始めていた。
吉右衛門は姿勢を正し、手を合わせる。
一心に、祈った。
それは何を祈っていたのか?
吉右衛門自身にも分からなかった。
ただ、脳裏には懐かしい面々が思い出されていた。
主人である吉田忠左衛門。
国家老の大石内蔵助。
辛苦を共にした矢野伊助。
大殿の浅野内匠頭。
瑤泉院。
そして討ち入りに参加した同志達の顔が次々と浮かんでは消えていった。
読経の声はどこか静寂を伴っていたように吉右衛門には感じられた。
いつの間にか、その頬に涙が伝い膝を濡らしていた。




