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最後の四十七士  作者: ロッド
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泉岳寺

 釈真の日課に新たに訪れる場所が加わった。

 寺坂吉右衛門の墓である。

 今日も墓前には近隣の子供達が供えた花々で溢れていた。

 ・・・武士の本文とは何であろうか?

 釈真もまた、武家に生まれた男であった。

 妾腹であったため、呼子衆に預けられ鍛え上げられた。

 僧籍を得る名目で薩摩国を出たのも諜報のためであったのだ。


 だが、仏法を学ぶうちに世の儚さを知った。

 今の世のあり方に疑問を持つようになった。

 だからこそ、真剣に修行に励んだのである。

 そして、吉右衛門と出会った。

 ・・・武家に生まれながら、武士の本懐を果たすのにどれだけ苦悩したのだろう?

 それを思った。


 釈真は出水郷の武家屋敷を抜け、野田郷に向かった。

 その途中にある三百塚の前で、武士のあり様を思った。

 三百塚。

 かつてここで、薩州島津家の武士が多数、腹を切って自決した。

 朝鮮出征から主君の亡骸と共に故郷に帰ってきた彼等がここで見たのは?

 変わらぬ風景の故郷であった筈だ。

 だが、そこに彼等の帰る家はなかった。

 太閤秀吉の命で薩州島津家は改易されていたからである。


(・・・思えば武士の生き様は厳しいものであるが)


 それでも天下太平の世で武士の本分を貫くのは大変な覚悟は要る。

 激しく、そして熱い情念がそれを可能としているように釈真には思えた。

 ・・・それが幸福な人生であったのだろうか?

 問い掛ける相手は既にいない。


(・・・それでも人の世は続く。その記憶は語り継がれるのであろう)


 改めて釈真は経典の一文を唱えることにした。

 時の果てまで、そして吉右衛門の元まで、響き渡るように。

 そう願うばかりであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 江戸、泉岳寺。

 その墓所に大柄な男がいた。

 寺の小僧にしてみれば巨大に過ぎた。

 赤穂浪士の墓、一つ一つに墓参りをするその姿に興味はあった。

 多分、力士だ。

 人気力士に会った、となれば他の小僧や住職様に自慢出来るだろう。


「・・・失礼ながら赤穂浪士に(ゆかり)のお方でしょうか?」


「・・・左様。奇しき縁がございましてな」


 寺の小僧は掃除の手を止めて、勇気を振り絞ってその男に声を掛けた。

 その大柄な男は見掛けによらず丁寧に、そして優しげな声で答えた。

 体も大きいが目も大きい。

 近くで見ると袴姿でありながら筋肉を感じさせずにいられない存在感があった。


「力士、なのですね?」


「左様。大坂で関脇を張っておりましてな」


「・・・では、江戸でも相撲を?」


「勿論」


 その笑い顔にはどこか愛嬌がある。

 ただ、近くにいると途轍もない圧迫感もあった。


「お名前を伺って宜しいでしょうか?」


「拙者、出水川貞右エ門と申す」


 貞右エ門は祖父の治五郎と祖母のお江から聞いた昔話を思い出していた。

 主人公は寺坂吉右衛門こと、山右衛門。

 ただその墓だけがここ、泉岳寺にはない。


(・・・武士の有り様とはかくも激しいものであるのか)


 天下太平の世にあって激しい生き方を選んだ人々が確かにいたのだ。

 それを思う。 

 そして遙か遠く故郷の出水郷に思いを馳せる貞右エ門であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハデさは無かったけど、色々印象的な作品でした。
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