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最後の四十七士  作者: ロッド
35/36

米沢

(・・・殿・・・)


 佐久間源八、相馬甚兵衛、宍戸小平次の三名は米沢藩の上杉家廟所にいた。

 旅装のままである。

 本来であれば上杉家当主の吉憲公に目通りすべきなのであろう。

 だが、三名共にそうする気は皆無であった。

 確かに寺坂吉右衛門は、死んだ。最期の赤穂四十七市は、死んだ。

 だが彼等が討ち果たしたのではない。

 源八が介錯をした、それだけに過ぎなかった。

 仇討ちを果たした、と吉憲公に告げるのは簡単であっただろう。

 出来なかった。

 出来る筈もなかった。

 彼等もまた、吉右衛門に似た心境に達していた。

 武士としての忠義は亡き綱憲公に捧げたものであった。

 その忠義を尽くして、最早この世に思い残すことはない。

 残るは死に場所、それだけである。


「・・・甚兵衛、小平次。先に参るぞ」


 綱憲公の墓前に吉右衛門の首を納めた壺を供えると源八はその場に座り込んだ。

 前をはだけると、短刀を腹に突き立て横に裂く。

 その顔には笑みが浮かんでいた。


「御免ッ!」


 介錯をしたのは小平次であった。

 続けて甚兵衛が源八の隣で腹を切る。

 小平次は泣きながら、介錯を果たした。

 泣きながら彼もまた、後を追うように腹を切る。

 そんな小平次は歪む風景の中、人影を見ていた。


「・・・介錯仕る」


「・・・か、(かたじけな)く・・・」


 小平次にはそれが誰なのかは分からない。

 ただ、感謝の気持ちだけが溢れていた。

 その想いも、すぐに断ち切れていた。



「・・・これが、武士か」


「そうじゃ、お江。武家の男とはこんなものじゃ」


「・・・不憫なものじゃな」


 お江の言葉は誰に向けられたものであったのか?

 山右衛門こと寺坂吉右衛門であったのか?

 それとも目の前で切腹した、上杉家の武士達であったのか?

 治五郎には分からなかった。

 呼子衆の一員である治五郎は武士ではない。

 武士ではないが、何となく分かる気がした。

 恐らく、お江には理解出来ないだろう。

 薩摩国出水郷からここ出羽国米沢に至るまで、治五郎とお江は夫婦を演じてきた。

 だから、分かる。


「・・・遺体を清めねばならぬか?」


「うむ。終えたら法音寺に行ってこの者達の供養を頼もう」


「・・・その後は、どうする?」


 お江の言葉に治五郎も考え込んだ。

 与えられた任務は上杉家の武士三名の行く末を見届けること。

 それは果たされた。

 後は出水郷に戻るだけであるのだが・・・


「江戸に立ち寄ろうか」


「・・・ならばやっておきたい事がある」


「何を?」


 費用(ついえ)ならばかなり余裕がある。

 そもそも食料はここまで自前で調達しているお江と治五郎であるのだ。

 旅籠(はたご)も使わず野宿で済ませていた。

 旅費は殆ど使っていない。


「・・・武家の棟梁の顔を見ておきたい」


「本気か?」


「・・・お主には出来ぬ、とでも? 我だけでもやってみせる」


 治五郎は暫し考え込んだ。

 面白い。

 今の将軍様は吉宗公か。

 その寝顔を見たともなれば下手な土産物より上等なのだと思った。


「やる」


「・・・そうでなくては、な」


 久し振りにお江が笑っていた。

 呼子衆である治五郎の中で、人間らしい感情が膨らんでいた。

 例え呪われた娘であってもいい。

 お江であれば呪われても構わない。

 そんな心地であった。


「・・・もう暫くは夫婦でおらねばならんか」


「いや、いっそ本当に夫婦にならんか?」 


「・・・それを今、言うか?」


 しくじったか?

 お江も治五郎も遺体を清めている途中であったのだ。

 勇み足もいい所だと思ったものだが・・・

 お江はまだ、笑っていた。

 治五郎は少しだけ、救われた気がしていた。

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