決闘の日
決闘当日の朝が、遂に来た。
佐久間源八、相馬甚兵衛、宍戸小平次の三名は身だしなみを整え終えると互いの目を見る。
各々の覚悟を確認するかのように。
返り討ちになるかもしれない、という想いを振り払うかのように。
これまでの長い旅を思い返すかのように。
そこには武士としての誇り、そして意地があった。
(ここで殿の無念を晴らす・・・そして・・・)
彼等に仇討ちを果たした後のことは念頭になかった。
ただ、寺坂吉右衛門を討つ。
それのみである。
「時間でござるぞ!」
「「「応ッ!」」」
いつの間にか梵鐘の音が響いていた。
案内の武士の声に応じて彼等の中に殺意が膨らみ始めていく。
肌に感じる空気はどこか痛みを伴っていた。
決闘の場は上ノ馬場であった。
吉右衛門も何度か、剣の稽古で訪れている。
見物人は、多数。
武家屋敷のある場所なのだから当然であった。
「・・・本当に、よいのか?」
「はい」
見届け人の丸山与五郎の声に応じる吉右衛門の様子は平静そのものである。
腰に大小の刀を差し床几に腰掛け、沈思黙考。
否、そう与五郎に見えているだけで吉右衛門の脳裏にはこれまでの記憶が駆け巡っていた。
(・・・赦して下さるであろうか・・・)
それは誰に向けてのものであっただろうか?
浅野内匠頭。
大石内蔵助。
吉田忠左衛門。
赤穂浪士の面々に留まらない。
出水郷の人々。
釈真和尚、お江、与五郎、呼子衆の面々、そして子供達。
(・・・我が意を通すのもこれで最後・・・)
我が儘なのだと思う。
自らの生き方を全うしようとするならば、誰かを悲しませずには済まない。
かつて亡き殿である浅野内匠頭の仇、吉良上野介を討つと決意した時も同じであった。
妻子と離縁して江戸に向かった。
それを後悔する気持ちは今でもある。
会いたい、とは思わなかった。
顔向け出来ない、という思いが強い。
(・・・せめて士分であったなら・・・)
そう思う吉右衛門であった。
なればこそ、今の自分には望むことがある。
出来るならば、果たしたい。
心配なのは、お江であった。
顔見知りとなっていた呼子衆の面々に頼んではあるが・・・
特に関外の治五郎にはよく言い含めてある。
大丈夫、だと思いたい。
「・・・では、参る!」
与五郎に声をかけると吉右衛門は立ち上がった。
不思議と緊張していなかった。




