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最後の四十七士  作者: ロッド
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酒宴

「よいから近う寄れ」


「・・・しかし」


「構わぬ吉・・・いや、山右衛門。内密にせねばならぬのであろう?」


 吉右衛門は何故、自分がここにいるのか分からなかった。

 目の前にいるのが島津の殿様?

 信じられなかった。

 確かにこれまでも与五郎を始めとした出水郷の武士達を相手に語ってきた。

 だが目の前にいるのはお殿様である。

 吉右衛門自身、浅野内匠頭に目通りしたことはない。


「・・・ハッ、それでは」


「与五郎も近う寄れ」


 与五郎としても居心地が悪かった。

 しかも吉貴には酒が入っている。

 吉右衛門にも与五郎にも酒が振る舞われていたが楽しめる筈もない。


「それにしてもよう(つこ)うてのけたものじゃな!」


「・・・はあ」


 吉貴はと言えば爽快極まりない心地であった。

 赤穂四十七士による吉良邸討ち入りは既に十年以上前の出来事である。

 それでも江戸では今でも語り草となっていた。

 吉貴は事件当時、島津家当主ではなく嗣子(しし)であり江戸屋敷にいた。

 与五郎もまた江戸屋敷に詰める共周りの一人であり、事件の様子を探りに走ったものである。

 そして島津家の吉良家に対する心証は最悪であったと言ってよい。

 高家という格式だけは上位で武家というよりも貴族のような振る舞いをするからだ。

 そして吉良上野介はその代表格であった。

 対して島津家といえば鎌倉時代にまで遡る古い武士の家ではあるが、田舎者であるのは否めない。

 故に浅野家浪士で吉良邸討ち入りに参加した吉右衛門に好意的になるのも無理のない話ではある。


「稀に見る痛快事であったわ! 正に武士の鑑じゃ!」


「・・・殿、お声が大きゅうございますぞ」


「おっと、いかん」


 酒杯を与五郎に差し出す吉貴。

 仕方なく酒を注ぐ与五郎である。

 こればかりは致し方ない。

 だが吉貴はそれだけで済ませはしなかった。

 自ら徳利を手にして与五郎と吉右衛門の酒杯に酒を注いでくる。

 ・・・長い夜になりそうであった。


「では、話を聞かせて貰おうかの」


「・・・」


 吉右衛門の視線が与五郎に向けられている。

 無論、与五郎が吉貴の前で首を振ることなど出来はしなかった。

 そして吉右衛門もまた断ることなど出来はしないのであった。



「・・・ところで与五郎」


「ハッ」


「・・・上杉家の者という者達じゃが・・・少々、面倒じゃの」


「・・・」


 既に直訴状の中を改め吉貴に報告してある与五郎である。

 その心境は複雑であった。

 直訴状の中身は予想通り、寺坂吉右衛門への仇討ち、である。

 ・・・主君の無念を晴らすために寺坂吉右衛門を討つ、とあるのだから仇討ちには違いない。


「吉右衛門にはまだ知らせておるまいな?」


「ハッ」


「うむ。では今暫く、吉右衛門を借りるぞ」


「・・・殿」


「そんな顔をするでない、与五郎」


 吉貴もまた与五郎がどのような男であるのかは承知していた。

 主君への諫言も辞さないどころか、いざともなれば実力行使すら躊躇しないだろう。


「・・・出来るならば召し抱えたい所であるがな」


「吉右衛門がこと、島津家中で承知する者は少ない方が宜しいかと」


 ・・・ただ、出水郷内で吉右衛門の素性を知る者達は多い。

 そう仕向けた過去の自分に苦笑するしかない与五郎であった。

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