鍛錬
(・・・おかしなことになったものじゃ)
お江の目の前で木刀を振る吉右衛門がいた。
近隣の子供達と一緒に、である。
剣の腕前は正直言って吉右衛門も子供達も似たようなものであった。
(・・・本当にこの男が討ち入りしたのか?)
お江は何度も吉右衛門の話を盗み聞きしている。
その話の信憑性は高い。
(・・・それにこの男、怯えが見えぬ)
お江は確信していた。
確かに吉右衛門は死線を越えてきた男であるのだと。
死生眼。
短刀の切っ先を突き付けてもビクともしない。
見切っている訳ではない。
いつ斬られても構わない、そんな覚悟が常にある。
そうとしか思えなかった。
お江は祖父であり剣の師匠でもある庄右衛門の戒めの言葉を思い出していた。
お江よ、お前は強い。
だが世の中には強くはなくとも怖い者がいる。
それは死を厭わぬ者達だ。
・・・お江はそんな者が実際にいるとは思えなかった。
人の姿をしていながら獣か化生とも言える呼子衆ですら、違う。
信じていなかった。
だが、目の前にいる吉右衛門は確かに死を厭わない者であるのだろう。
生に執着していない、とも言い換えた方がいいのかもしれなかった。
「「「「「お江様! 終わりもした!」」」」」
素振りを終えた子供達の声が心地よかった。
単独で山に入って鹿を仕留めるにはまだ若いが、そう遠からず成し遂げるだろう。
問題は吉右衛門である。
「・・・お、終わった・・・のか?」
「・・・次は立木稽古じゃ」
「「「「「ハイッ!!」」」」」
吉右衛門の返事は聞こえなかった。
地面に突っ伏したまま、動かない。
・・・剣の腕前だけで言えば、弱い。
お江は自らの価値観が揺らぐのを自覚していた。
「・・・大人が子供に負けてどうする?」
「・・・面目ない」
吉右衛門は齢五十をゆうに超えている。
体力は衰え気力も続かなくなっている。
だが、楽しかった。
子供達の明るい声に救われているような気がする。
そしてお江がどこか楽しそうなのも、よかった。
(・・・強引に誘ってみて、よかった・・・)
吉右衛門は心の底からそう思った。
天空を見上げて寝転び、笑う吉右衛門に大量の水が降りかかる。
「!?」
「ほれ、子供達に負くんな!」
目を細めて傍らを見る。
木桶を手にするお江が、いた。
笑っている。
吉右衛門にはまるで太陽を直視しているように思えた。
とても、眩しかった。




