覚悟
(・・・あの佐平次が、負けたか)
弥助が知る限り、呼子衆の中で宇都野々の佐平次は最強であった。
野山を駆け回るのがやや不得手である以外は理想的と言える。
その佐平次を鍛え上げたのはお江の祖父であり与五郎の父だ。
丸山庄右衛門。
武士でありながら呼子衆に身を置き続けた男。
(・・・お江はその最後の弟子、という訳か)
弥助も庄右衛門と手合わせしたことが何度もある。
この男には、勝てない。
一生努力し続けても、勝てない。
そう思える程、隔絶した実力差があった。
宇都野々の佐平次も強い。
強いがその師匠とも言える庄右衛門に比べたらその技は児戯に等しい。
ではお江はどうか?
・・・分からない。
弥助の目では差が分からなかった。
翌日のお江はどこか晴れ晴れとした顔をしていた。
少なくとも、吉右衛門にはそう見えた。
だがそれも吉右衛門と視線を合わせた次の瞬間に消えている。
・・・吉右衛門には心当たりがなかった。
だが、日々を過ごすうちに思い当たることならばあった。
女の身でありながら、あれだけの剣の腕。
それなのに男のように活躍する場はない。
その上、呪われた娘として忌避され嫁にも行けない。
吉右衛門の見る所、器量で不足はないと思うのだが・・・
本人の意識がそうさせているのだろう。
男になど、負けない。
その自負がどうしても、表に出てしまっているようなのだ。
「・・・儂が言うても致し方なし」
与五郎も匙を投げる始末である。
与五郎としても江戸屋敷に詰めていた間、お江を預けていたのが悔やまれる。
武士であり主家に仕える以上、仕方ないのである。
だが父と娘の間に溝が出来ていたことを見ていなかった。
そこは気付くべきであったと思う与五郎であった。
(・・・どうにか出来ぬかのう)
吉右衛門はそう思った。
釈真和尚のように説法が出来る吉右衛門ではない。
出過ぎた真似であるのかもしれない。
それでも吉右衛門は力になりたい、と思った。
(・・・儂に恩を返せるとしたらこの程度じゃろうしな)
だから、お江と会話してみようと吉右衛門は思った。
元々、吉右衛門は口下手ではある。
ただ最近は語る機会が多くなっている。
その面では問題ないだろう。
別の問題ならあるのだが・・・
(・・・どう話しかけたらよいかのう・・・)
お江はどこか吉右衛門に思う所があるらしい。
男だから、とは思うのだがそれだけではないかもしれない。
(・・・何、一度は死を覚悟したのだ。出来ぬことではあるまい)
そう思う吉右衛門であった。




