違和感
「・・・和尚様、あれは?」
「ほう、なかなか大きな猪じゃなぁ」
四人の子供達が猪がぶら下がった棒を担いで行進している。
吉右衛門は子供達が仕留めた鹿を運ぶ様子を何度か見ていた。
だが猪は初めて見る。
・・・釈真の様子から見てもそう驚くべき出来事ではないらしい。
罠か何かで猪を捕らえたのであろう。
そう思いたい。
先頭の子は血塗れの鉈を持っているが、きっと血抜きんみ使ったのだろう。
きっとそうだ。
そもそも子供達がおかしいのは大人達がおかしいからだ、と吉右衛門は思う。
肥後者を領内で見掛けたら斬れ、と子供達に教えている。
・・・子供達が?
そう、子供達ですら短刀や鉈を手にし弓矢を携えて山に入る。
確かに無防備で山に入るのは言語道断だが・・・
おかしい。
釈真ですら、どこかおかしい。
「拙僧もな、薩摩国を出て修行をしたがおかしいと思ったものじゃ」
カカと笑う釈真だが果たしてそれでよいのであろうか?
分からない。
(・・・これではいかん・・・)
吉右衛門はいつしかそう思うようになった。
これでは子供達はいずれ修羅の如き化生と成り果てるばかりとなる。
何とかしなければ、と思う吉右衛門であった。
「山右衛門様は偉かなぁ」
「そうじゃいげなぁ」
以来、子供達への手習いに熱心になる吉右衛門。
殊に人の道を説くようになってしまっていた。
子供達や釈真のみならず、大人達にまで感心されるようになるのにそう時間は掛からなかった。
その日も吉右衛門は与五郎達と語り明かしていた。
酒も入って久々に酔いが回っている。
気分は、よかった。
・・・厠から座敷に戻る途中で、蹲るお江がいた。
その様子が、おかしい。
「・・・ッ?」
「・・・見たな?」
吉右衛門の首元に包丁が押しつけられていた。
包丁を手にしているのは間違いなくお江だ。
その目には涙が浮かんでいるようであった。
そのまま吉右衛門を押し倒し、馬乗りされた。
吉右衛門にはその涙の意味が分からなかった。
「・・・お前のような者が・・・いるからっ!」
「・・・申し訳ない・・・」
吉右衛門としてはそう返すしかなかった。
恐怖は、ない。
何故かお江が哀れに思えた。
「お江! 何をしておるかッ!」
与五郎の怒声、その次の瞬間。
お江が与五郎に飛び掛かった。
吉右衛門はまるで夢でも見ているかのようであったが・・・
(いかんッ!)
そこから先は無我夢中であった。
お江を取り押さえる、その一心であったが・・・
何度、お江に蹴り飛ばされたであろうか?
結局、お江をおとなしくするのに大して役に立っていなかった。
そう思う吉右衛門であった。




