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最後の四十七士  作者: ロッド
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羨望


 半年後、吉右衛門は丸山与五郎の屋敷で寝起きするようになっていた。

 毎日のように与五郎の家で赤穂事件を語るうちにそうなってしまっていたのだ。

 何度も、何度も語り明かす毎日である。

 語る相手は与五郎のみではなかった。


(・・・これでよいのであろうか?)


 誰もが吉右衛門の話を聞きたがった。

 誰もが興味津々の体である。

 誰もが怒り、悲しみ、喜んだ。

 誰もが他家の出来事と笑い飛ばしはしなかった。

 羨ましがっていた、とも言えただろう。


「武士に生まれたならばな、武士らしい生き様をしたいものじゃ」


 与五郎のその言葉通りなのだろう。

 今や武士が活躍する機会はないに等しい。

 与五郎達、野間之関を守る武士達ですらそうなのだ。

 実際に人を斬った数で言えば呼子衆が圧倒している。


(・・・しかし、面妖な・・・)


 吉右衛門には気になっていることがあった。

 与五郎の娘、お江である。

 以前から睨まれている、とは思っていた。

 それが徐々により厳しい目を向けられているかのように思える。

 まるで親の敵を見るような目であった。

 ・・・それはまるで吉良上野介を目の前にした時の赤穂の仲間達と同じであった。

 何故なのかは知らない。

 聞くことすら出来なかった。


「あの娘御はな、お主が羨ましいのであろうな」


「・・・羨ましいので?」


「山右衛門殿は武士としてこれ以上ない生き方を全うしたと言ってよいのでな」


「・・・はあ」


「お江が男であったなら、と拙僧も思わなくもないのう」


 釈真和尚にそう言われても納得しかねる吉右衛門である。

 だが、それをお江に言える度胸は吉右衛門にはない。


(・・・あの娘御は恐ろしいぞ・・・)


 あれ程の殺気を放つ者を吉右衛門は知らない。

 ただ近い雰囲気を持つ者ならば知っている。

 堀部安兵衛。

 赤穂藩士の中で随一の剣士。

 高田馬場の決闘で名を馳せた人物であり吉良邸討ち入り前に人を斬った経験者は彼のみであった。

 これに惚れ込んだ浅野家の家臣、堀部金丸が養子としている。


 ・・・実は吉右衛門、吉良邸討ち入りの折に誰も討ち取っていない。

 吉田忠左衛門と共に裏門を固めていた。

 やった事は数度、吉良邸内へ物見と伝令を兼ねて走った程度である。

 その際に安兵衛の様子を見ている。

 悪鬼羅刹が如き有様であった。

 討ち入り前に死を覚悟していた吉右衛門であったが、思わず身を震わせた。

 これ以上に恐ろしい存在はあるまい。

 そう思っていたが、違った。

 お江はあの時の安兵衛よりも恐ろしく思える。


(・・・だが震えはしない、か・・・)


 吉右衛門は確かにお江に対して恐怖を感じていた。

 だが、体が震え上がるようなこともなかった。

 最早、この世に未練はない。

 上杉家の刺客に討たれるのはご免であったが、いつ死んでもよいとさえ思っていた。

 だからなのかもしれない。


 吉右衛門は朝になると釈真の元に赴き行動を共にするようになった。

 そのついでに近場で手伝いをするようになっていた。

 様々な作業をしたが多くは農作業になる。

 出水郷の人々に恩返しをすべきだと思ったからでもある。

 ただ、体を動かしていると気が紛れる。

 その意味の方が大きかっただろう。

 吉右衛門は読み書きも出来た。

 時折、釈真の手伝いで近隣の子供達を相手に指導するようになった。


(・・・何ということじゃ・・・)


 いつしか吉右衛門はそう思うようになった。

 ここの子供達は違う。

 明らかに違っていたのである。

 吉右衛門は足軽の身分であったとはいえ武士であった。

 武家の子供達は外見こそ普通であるのだが、中身は違う。

 まるで化生のように思えた。

 農民の子供達も同様にどこかおかしい。

 吉右衛門の価値観からはどこか外れていた。

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