差し入れ
(・・・全く、あの男共ときたら)
お江は酒の用意を終え食事の片付けをしつつ舌打ちしていた。
吉右衛門の譫言から赤穂浪士であるのを父の与五郎に告げたのはお江である。
赤穂浪士の吉良邸討ち入りの事件はお江の耳にも届いていた。
だがお江にはそれを称揚するような気分になれなかった。
何故?
お江自身、分からなかった。
否、分かりたくなかった。
女の身でありながら、男以上に働ける自信があるお江であった。
だからこそ怒りがこみ上げてくる。
それが理不尽なものであるのだとも、分かっていた。
「・・・あんた達の分じゃ」
お江は軒先にお膳を置く。
その上には握り飯が六つに湯呑が三つ。
周囲に人影はなかった。
「・・・姿を見せぬならこちらから参るぞ・・・」
そうお江が呟いた次の瞬間。
お江の姿が消えた。
(・・・何ッ?)
六月田の与右衛門は驚愕していた。
まさか、潜んでいるのを悟られていたのか?
この屋敷に身を潜めていたのは与右衛門だけではない。
朝熊の弥助。
関外の治五郎。
俗称、呼子衆。
彼等の任務は吉右衛門の監視と護衛。
一挙手一投足に至るまで、見届けるのが与五郎から与えられた任務であった。
吉右衛門が赤穂浪士であると聞いているが、幕府の密偵である可能性は捨てきれない。
だからこそ、気配を消して監視していたのだが・・・
(・・・!)
庭に何かが出現していた。
地面に叩き付けられた音が聞こえた。
続いてお江。
どうやら投げられたのは治五郎か?
首元を押さえつけられてしまい身動きが取れないようだ。
「・・・他の二人も出て参れ」
与右衛門は動けなかった。
お江から感じるのは、怒気。
その理由が分からない。
否、その怒気が、消えた。
(・・・!)
お江の姿が消えた、と知るや何かが背後に迫っていた。
与右衛門は振り返ることをせず、駆けた。
起き上がろうとする、治五郎の元へ。
(・・・何、だと?)
だが横合いには既にお江の顔があった。
その姿もすぐに消える。
与右衛門は自ら跳んだ。
風景が回転している?
足を掬われた、と知れる。
避けた筈なのに避けきれていない、だと?
「・・・クッ!」
息が、そして声が漏れていた。
不覚。
いや、屈辱であった。
続けて地面を転がる与右衛門の腹に衝撃。
蹴り飛ばされ、と知れる。
感情を噛み殺して僅かな月明かりの中に立つお江を見た。
そこには鬼女がいた。
「お江! 止めぃ!」
「・・・治五郎か!?」
「お前の言う通りに致す! 今は、止めぃ!」
治五郎がお江の腰に縋る形で押しとどめようとしていた。
必死の形相である。
「弥助様!」
治五郎の呼び掛けに弥助が姿を現した。
気配を消しているから存在感がない。
その顔は無表情であるが内心はどうであっただろうか?
山に棲む鬼とまで称される呼子衆、三人が三人ともその存在を察知された。
そればかりか先制されるとは如何なる事態か?
(・・・弥助、治五郎。静かに致せ・・・)
(・・・承知)
(・・・申し訳なく・・・)
(・・・お江もじゃ。よいか? よいな・・・)
お江は動きを止めていた。
だがその目に宿る狂気は収まっているように見えなかった。




