猿叫
(・・・ここは言葉の要らぬ国なのか・・・)
意識を取り戻してからの吉右衛門は善光寺に寝泊まりする事になった。
静かな、そう、あまりにも静かな時間。
読経すらもどこか天上から降り注ぐ雨の如くであり心地良かった。
それは吉右衛門にとって、別世界であったのだ。
釈真は吉右衛門を連れて出水郷の各所に出向くようになっていた。
吉右衛門は釈真の荷物を持ち同行するのだが・・・
出水郷の民は釈真を見掛けると手を合わせて拝む。
釈真もこれに手を合わせて返礼する。
それはまあ分かるのだが・・・
皆、同行する吉右衛門も同様に拝むのである。
吉右衛門も丁寧に会釈を返すしかなかった。
(今日も永福寺、加紫久利神社、乗願寺からだが・・・)
釈真の巡る経路は決まっているようでこの三箇所が固定であった。
そこから先は毎日、変えているようである。
(・・・む?)
路傍に佇むその像はまるでお地蔵様のように見えた。
だが、何かが違う。
僅かに違和感があった。
右手に持っているのは錫杖ではなかった。
「これはの、田の神様じゃよ」
「・・・田の・・・神様?」
「うむ。島津様ご領内で稲を作るのはしんどいものでな。豊作祈願じゃよ」
「・・・成る程。手にお持ちなのは?」
「メシゲ・・・いや、しゃもじじゃ」
このように釈真も吉右衛門の問いに答える。
そう、それはまるで案内をするかのようでもあった。
「「「「「「「チェァァァァァァァァーーーーーッ!」」」」」」」
(・・・一体、何じゃ?・・・怪鳥か? 猿か?)
それが裂帛の声であるのはすぐに知れた。
異様である。
以前、間近に見た丸山与五郎の放った一撃。
その際に聞いた裂帛の声に似ている。
否、やや若い声であるようだ。
「ふむ。童共が鍛錬をしておるのじゃろうて」
「・・・左様で・・・」
吉右衛門が目で問うと釈真はそう答えた。
だが吉右衛門には信じられなかった。
童が、こんな声を出せるものだろうか?
甲高い声は屋敷が建ち並ぶ小高い丘から聞こえていた。
吉右衛門は釈真の後を付いていくしかなかった。




